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隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第四章
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盗賊 ④

 外の喧騒に反して、塔の内部は静かだった。

 トウモリは医務室のベッドで、木製の箱『フェアリーハウス』を開いた。

 そこには真珠のような小さな宝石と、金色のシリンダーが見えた。


 備え付けのゼンマイを回すと、シリンダーが回り金属板を弾いて優しい音色を奏でる。

 白い宝石が輝き、粉雪のような精霊が周囲に集まっていく。


 トウモリはヴァルトルーデが歌で集めていた精霊たちの姿を思い出した。

 人を傷つけない。願いを叶える白い精霊たち。

 おそらく、その性質ゆえに再現性に乏しく、神話のような存在になったのだろう。


「たのむ。スナマユを救ってくれ……」


 トウモリの言葉に応えるように、白い精霊たちはスナマユの体を包み込んだ。

 傷口から硝子の破片が抜き出される。

 精霊たちは体を優しく癒し、傷口を繋ぎ、苦悶に歪んでいたスナマユの表情が緩んでいく。


 メロディが止まり、白い宝石にヒビが入って割れる。

 しばらく、精霊たちはその場に残ったが、やがてどこかへと消えていった。

 トウモリは呼吸を整えて、医療品による治療を始めた。

 精霊たちの奇跡は、トウモリに冷静になる時間を与えてくれた。

 治療を終え、トウモリはスナマユの手を強く握った。


「スナマユ、元気になってくれ」


 すると、僅かにスナマユの指に力が入り、トウモリの手を握り返した。

 涙が溢れ、トウモリは顔を伏せた。



              ♢   ♢   ♢



 翌日の早朝、スナマユの容態が落ち着いているのを確認し、トウモリは戦場の様子を見るために第四層の『管理室』へと移動した。

 トウモリは戦場の様子を見て絶句した。

 破壊された外壁、無残な人間の骨と血の残骸、遺された衣服と武器、それらは掃除ロボットで回収しきれていないほどの量で、戦場で起きた惨劇を想像させた。

 窓ガラスが割れ、傷だらけの軍用車両も残っていた。


「……グレイムはどこだ?」


 トウモリは治療の前に聞いた、塔全体を包み込む不穏な曲を思い出した。

 曲こそ違うが深夜に塔が奏導術を使い、全体を修復するときと同じ感覚があった。


「グレイムが塔を使って奏導術を発動させたのか?」


 無数の液晶の中から、ようやくグレイムの姿を見つけた。

 そこは戦場の外れに設置されている、塔への挑戦で出た戦死者の墓地だった。


 トウモリが『管理室』を出て、墓地につくとグレイムはシャベルを使い静かに穴を掘っていた。

 その穴の隣には、すでに新たな墓が一つ建てられ、花が添えられている。


「それは……」


〈ハドリーが殺されていた。スナマユにやったことは許されないが、あいつの事情は分かっていたからな。分かっていたのに、オレは止めることができなかった……〉


「えっ……」


 トウモリはショックのあまり、しばらく無言で墓地と花を見つめることしかできなかった。


「……詳しく説明してくれ」


〈何から話す?〉


「グレイム、お前は盗賊たち相手に何をやったんだ? 塔の奏導術で何をした?」


〈そうだな。ちゃんと順を追って話すぜ〉


 グレイムは墓石の方を向いたまま話す。


〈昼間のハドリーの動きを不審に思ったオレは、ミウマビに尾行をさせ、トウシラ・タウサツ・エプシテの3体をリウギクに送った。以前からハドリーは武装集団『シラナミ』に目を付けられていて、そいつらがリウギクに巨大な軍事施設を持っていることは知っていたからな〉


 トウモリは自分が盗賊に杞憂している裏で、グレイムはすでに敵の根城まで掴んでいることに驚いた。


〈ハドリーは盗賊たちに捕まり、しかし、砂馬車の様子までは分からなかった。そんな中、奴らの根城では潜伏したエプシテたちがハドリーの娘が囚われているのを発見した。オレは娘の救出を指示する一方で、ハドリーが捕まった砂馬車を監視していたミウマビに1人で襲撃させるか、ネイシズを送るか迷っていたところであの爆発が起こった〉


 トウモリはグレイムが『管理室』で、タブレットをいじっていたことを思い出した。


〈おそらく、このとき既にハドリーは砂馬車の中で殺されていた。それから、盗賊たちはこの塔を攻め始めた。でも、実弾装備した『機械兵』と、制限解除した『精霊機獣』の相手じゃなかった。塔の脅威を知っていた割には、その防衛力を甘く見ていたな〉


 トウモリも塔の管理者側だから、グレイムの言っていることが少しは分かる。

 地下の工場にある『機械兵』の備蓄、10年前に発見された『精霊機獣』の制限解除、塔自体の防衛システムーーすべてを使えるとなれば、塔の攻略難易度は試練の比ではない。

 それこそ、国家レベルの軍事力が必要だろう。


〈最後に塔の奏導術だが、ブラザーも知っての通り、塔の第六層には『砲台』と呼ばれる巨大な奏導術発生装置がある。あれは塔の修復以外にも使える〉


「……この塔は兵器だったのか?」


 記事で見た宇宙開発プロジェクトというのは、その隠れ蓑だったのかと胸が重くなる。


〈答えはイエスでもありノーでもある、ってやつだな。だが、結果としてこの塔は人殺しの道具として使えるのも事実だ〉


 外れてほしかった予想が当たっていた。

 塔の鳴らした音はいつものように穏やかなメロディではなかった。

 赤の奏導術特有の高音と不吉な旋律は、今でもトウモリの脳裏に響いていた。


〈オレはタウサツが送ってくれた情報を頼りに、塔の奏導術を使って、アジトの方にいた『シラナミ』の連中を皆殺しにした。ハドリーの娘は無事だ。もう、あいつらに報復する力は残っていない――話は以上だぜ〉


 一件落着、というにはあまりにも血が流れ過ぎている。

 その重みがトウモリの体を冷たく包み込んだ。

 体が微かに震えた。


「……そうか」


 相談してくれれば、とは言えない。

 トウモリにはこんな事態になった今でも、盗賊たちを殺す覚悟があると強く言えない。


「グレイムは全部、汚れ役を背負う気だったんだな」


〈オレだって、ここまでやるつもりはなかったけどな。相手がここまでしてくるほど馬鹿だとは思ってなかった。考えが甘かった〉


「……掃除を手伝う」


 トウモリはそれから、グレイムやロボットと一緒に戦場やゲート前に散らばった遺体を片付づけた。

 盗賊たちの遺体は燃やし、遺骨をまとめて1つの墓地に供養した。

 軍用車両や武器は解体して地下工場に廃棄した。


「なあ、グレイム」


 トウモリは塔に戻る途中、グレイムに言った。

 日はほとんど沈み、空には微かに星の輝きが灯り始めていた。


〈どうした、ブラザー〉


「スナマユが元気になったら、話をしよう」


〈ああ、全部を話そう〉


 グレイムはトウモリの方を見ないまま言った。


〈この塔の秘密も、オレの正体も、ブラザーが生まれた理由も――〉

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