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隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第一章
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塔の番人 ①

 その灰色の塔は広大な砂漠に建っていた。

 周囲数100メートルは高い壁で囲われており、外壁には3つの出入り口(ゲート)があるが、普段その門は固く閉ざされている。

 日が昇ると、灰色の塔はきらきらと光を放つ。

 それは塔に嵌められた窓ガラスに日光が反射した光である。


 この日も、窓から差す光によって一人の青年――トウモリは目を覚ます。

 全八階層ある塔の第三層にはトウモリ、塔の番人の寝室があった。

 ベッドの近くには観葉植物が植えてあり、自動で適量の水が撒かれる。

 トウモリはそのうちの1つのサボテンに、小さな水滴がついていることに気付いた。


(水やり機の故障か、もしくは空調の方か……)


 その一滴を見ているうちに、脳裏にふと何かの光景が過る。


 それは誰かの顔、零れ落ちる一滴の涙。

 髪が黒くて長い、女性の頬を伝った涙だった。

 それを抱きしめる、白衣を着た男性の姿、不思議とどこかで見たことのある顔だ。


(これは、誰だろう……)


 トウモリは時折、覚えのない記憶に悩まされる。


(『ライブラリー』で見たドラマだったか……)


 10年以上も前なら記憶も薄れるし、その可能性もあるだろう。

 外に広がる砂漠を眺める。

 壁の外に広がる砂丘の形は、風によって毎日少しずつ姿を変える。

 それは漂う雲の形のように思い出として残ることもない。

 やがて、トウモリは曖昧な記憶を繋ぎとめることを諦め、洗面所へと向かった。



              ♢   ♢   ♢



 トウモリは顔を洗うと、ショートブレッドと飲料水で朝食を済ませた。

 その後、寝間着から青い外套へと着替えた。

 細長い体を、模様の入った分厚い外套はすっぽりと覆い隠す。さらに透き通るような銀色の髪のうえに、これまた大きな青い帽子が乗っかる。


 この服を着ると、トウモリはファンタジーの魔法使いになったような気分になる。

 実際、トウモリはこの世界に伝わる魔法のような力を使うことができる。

 トウモリはエレベーターで塔の第二層にある『植物園』に移動した。

 自室から持ってきた一本の杖を構える。


――カチッ。


 杖の先にある灰色の球体についたダイヤルが回り、青い光を放った。

 トウモリが杖を振るうと、鍵盤を弾くような柔らかい音が流れた。

 動きの速さに合わせて音程はゆっくりと変化していき、やがて1つのメロディを形作る。

 そのとき、球体が青く光り、空中に透き通った水の塊が出現した。

 メロディに合わせ、水の塊は細かく弧を描くように広がり、やがて霧散して地面へと降り注いだ。


 これはこの世界において、〝奏導術(そうどうじゅつ)〟と呼ばれる技術だった。

 音によって、隔たれた世界――精神世界と呼ばれるもの、そこに住む精霊――に干渉して、力を引き出して現実世界に干渉する術のことである。

 奏導術を発動させるには、3つの要素が必要となる。

 それは〝精霊石(せいれいせき)〟と呼ばれる鉱石、音、生き物の持つ〝アイナ〟と呼ばれる生命力だ。

 奏導術の使用者は精霊石が近くにある状態で、音と同時に使用者の心を震わせ、内なるアイナを消費する必要がある。

 この際に発動したい奏導術の種類と、精霊石の種類、メロディや音の性質、使用者の素質や精神状態が合致していなければ、思うような効果や威力が得られない。

 そのため、説明ほど発動は容易ではない。

 トウモリは毎朝、ルーティンとして奏導術を軽く使い、その日の体調や精神状態が万全かを確かめる。

 この日も無事、奏導術による水遣りは終わった。



              ♢   ♢   ♢



 トウモリは塔の番人としての仕事を始めるため、第四層にある『管理室』へと向かった。


〈おはようブラザー!〉


 部屋に入ると、陽気な声が聞こえた。


「おはよう、グレイム」


 声の主の方を向くと、そこには巨大な石像が立っていた。


〈相変わらずローテンションだな! 表情のパターンが2つくらいしかなさそうだぜ〉


「そういう無表情な人間の、細かい感情の変化がいいんじゃないか?」


〈自分で言うのかよ。たしかに、そこがブラザーのいいところでもあるが〉


 ずんぐりとした体に灰色の鉱石でできた目。そのモンスターのように見た目に反して、ノリはどこまでも軽快で人間臭い。


「問題が発生した。少し調べたいことがある」


〈おう。なんか悪いところでもあったか? たまには外に出て日光を浴びないと、ビタミンDが生成されないで体力が落ちるぜ〉


「私は健康だ。それに、この砂漠の強すぎる日差しなんて浴びる方が人体に悪い。ちょっと部屋の空調の調子が悪いようでな」


〈そうか、無理もねえな。塔の外壁や支柱は奏導術で全快できても、中の機械類に関してはもう10年単位でしか交換してないからな〉


「『地下工場』から部品を回収して、メンテナンスロボットを派遣するよ」


 トウモリは部品の輸送を手配して、次の作業に移った。

 朝の仕事は気象情報の確認や、カメラによる塔の内外の巡回である。


「……異常はなさそうだな」


 ざっとログも確認したが、塔に近付く影一つ見当たらなかった。


〈ああ。近頃は挑戦者もいねーからな。退屈で仕方ねえぜ〉


「いいことだ。この塔だって、いつまでも今の戦力で防衛できるとは限らない」


 トウモリは安堵したように呟く一方で、どこか虚しさを感じた。

 砂漠に建つこの灰色の塔は、近隣諸国から見て飛び抜けたテクノロジーを有している。

 この塔で生まれたトウモリは、グレイムに教えられるがまま、塔の番人として生きてきた。

 塔に人が近付かないということは、仕事がないということにも繋がる。


〈今日はどうするんだ、ブラザー?〉


「まずは『機械兵』の整備でもするよ」


〈午後は暇か。たまには『タワーディフェンス』で遊ばないか? 戦績はオレの99勝0敗で止まってるけどよ〉


「……いや、『ライブラリー』で勉強でもするよ」


〈おい、拗ねるなよ。ブラザー、たまには誰かと話さないと心を病むぜ〉


「遊ぶとしたら、勉強が終わってからだ。この世界について知っておかないと、いざというとき足元を掬われそうでな」


 トウモリは誘いを断り、地下一層にある『地下工場』に向かった。

 エレベーターに向かって白い廊下を歩く。

 この塔の内部は何もかもが白く、常に美しさを保っている。


 トウモリは生まれてからずっと青年の姿をしていた。

 塔の番人を始めて10年以上経つが、その姿は一切変化していない。

 髪は伸びても髭は生えず、どれだけ表情を変えてみても、皺ひとつ増えない。

 知識が増えるほど、周囲の人や国の動向を目にするほど、自分や塔の異質さを理解する。


 この日もトウモリは白い廊下を歩く。

 変わらない塔の中を、変わらない姿のまま――。



              ♢   ♢   ♢



 その日の夕方、変化の兆しは突然現れた。

 静かなチャイムが鳴り、トウモリは視聴中の動画を止めた。


〈ブラザー、きな臭い連中が塔に向かってるぜ〉


 グレイムの声がスピーカー越しに聞こえる。


「人数は?」


〈10人前後。軍用車両に乗ってきてる。見える範囲では全員がカーキ色の軍服を着てるぜ〉


「軍服……〝ハクタナ〟か」


 トウモリは砂漠を囲む4つの国の1つ、北東にある軍事国家の名前を出した。

 大量殺戮兵器の使用による奏導術の暴走と文明の半壊――90年前に起きた『亡者の嘆き』と呼ばれる事件以降、国際的に一部兵器の所持及び使用が禁止され、それ以外の近代兵器の使用に関しても多くの国が慎重だ。

 そんな潮流に反して、近年積極的に旧世紀の技術を取り返そうとしているのがハタクナだ。


「この塔はロストテクノロジーの塊のようなものだ。ついに国を挙げて……いや、それにしては人数が少ないか」


 トウモリは入口に置いた杖を手に取り、第五層の『展望』へと移動した。

 エレベーターから出ると、乾いた温い風が頬を撫でる。

 第五層の『展望』は頂上である第七層以外では唯一、一部が外に露出しており、そこから目視、あるいはモニター越しに外の様子を見ることが出来た。

 トウモリはモニターの前に立つと、その上部についたカメラと向かい合った。


「何をしに塔へとやってきた?」


 液晶の電源が入り、軍服を着た1人の男が映し出される。

 年齢は40代前半くらいだろうか、立派な口ひげを生やし、その真っ直ぐな姿勢と顔つきからは厳格な性格が見てとてる。

〈わたくし、サムイル・ゲネラロフと申します。ハタクナ共和国のウラノフ代表の命により、塔の脅威を調べるべくやって参りました〉

 サムイルと名乗る男は、精霊石の嵌め込まれた古い小銃を背負っていた。


「つまり、この塔に〝挑戦〟するということだな?」


〈はい。こちらは12名で参加する所存です〉


「いいだろう。2分後にゲートが開く。慈悲は期待するな」


 トウモリは通信を切り、代わりに『管理室』にいるグレイムに話しかけた。


「これからはこちらで操作する。グレイムは彼らが第三エリアに到達し次第、『支配者』として立ち塞がってくれ」


〈了解したブラザー。奴ら、本気で塔を攻略する気かね?〉


「おそらくな。12人という人数からして、しっかり情報も集めてきているようだ」


〈そうかい。じゃあ、全力でお相手するのが礼儀ってもんだな〉


 トウモリがモニター下の台を2回タップすると、内側からキーボードが出現し、モニターが外壁内部の『戦場』の全体図を映し出した。


「ああ、それが私たちの――塔の番人の仕事だ」

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