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隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第四章
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盗賊 ③

 同時刻、『展望』ではグレイムが端末を起動させて、ゲートと映像を繋いだ。


〈――何をしに塔へとやってきた?〉


 そこには普段から挑戦と称して、部品を普段から回収している盗賊の長が立っていた。

 盗賊の長は下手糞な愛想笑いを浮かべた。


「夕暮れ時にすいやせん。ちょっとオタクらの耳に入れたい情報がありましてね……」


 映像の端には、グレイムにとって見たくないものが映っていた。

 それは人の死体だ。

 見慣れた男――ハドリーが血まみれで息絶えていた。


〈…………〉


「この男があんたらの塔に爆弾を送り込んだとか話してましてね。おれは許せなくって殺してしまいました。その後、オタクらが無事か……それだけが気になりやしてね。よかったら、おれたちを塔に入れてもらえやせんか?」


〈…………〉


「もしかしたら、こいつのこれまで送りつけた商品にも爆弾が残ってるかもしれやせん。でも幸いなことに、おれたちはこの男の娘と今、連絡を取ってましてね。どうやら娘も共犯者らしいんですが……こいつから情報を聞ければ、爆弾は全部始末できるってわけです」


 グレイムは戦いの下準備をしながら、盗賊の長い説明を聞いた。

 薄っぺらい即興劇を。


「正直なことを言わなければ、殺すよう脅しています。どうか、俺たちを塔へ入れてはくれませんか?」


〈……いいぜ。塔に入れよ。防衛プログラムは起動させない〉


 グレイムは盗賊たちの待機するゲートの扉を開けた。


〈ただ、形としては、お前らは塔の挑戦者になる。このまま『第三エリア』を抜けて塔の中まで入れば、例外として塔の試練の突破ってことになる。お前らがこの塔の新たな『支配者』になる。そうすりゃ、塔の権限をそのまま得られる〉


「話が早くて助かりやす」


 盗賊の長はそう言いながらも、警戒は緩めなかった。

 部下のうち腕利きの六人に戦闘補助用のパワードスーツを装備させ、ゲートから戦場へと入れる。

 組織の中でも奏導術と武器の取り扱いに長けた精鋭だ。

 自身は砂馬車と電話を持つ連絡役の近くにいて、ハドリーの娘という盾を維持する。

 さらには、周囲の部下たちにはいつでもルールを無視して、『戦場』に入れるよう武器の準備をさせた。

 加えて、大型車両には荷台には〝切り札〟も積んである。


 元より彼らが仕掛けているのは略奪だった。

 塔の力を考えた場合、爆弾の小細工や人質だけで足りるとは思っていない。


(……なんて、思ってるんだろうな)


 だが、グレイムからすれば、それでも盗賊たちは準備不足だった。


〈なあ、世間話なんだが……〉


 六人の盗賊たちが『第一エリア』を慎重に進む中、グレイムが長に話しかけた。


「はい。なんでしょうか?」


〈あんたらはリウギク国出身だよな。だから、この塔の正体を知っている。そういう解釈でいいんだな? だが、オレは政府の人間とは不可侵条約を結んでいる〉


「……その密約を交わした政党は、ハクタナの敗戦のせいで権力を失った」


〈それは知ってるぜ。別に国の方針が変わろうがそんなことはどうでもいいんだ〉


 グレイムは彼らが自分たちの軍事力を過信していることを教えてやりたかった。


〈どうして、国が自分たち所有の塔相手に独立を許したか……その理由を考えなかったか?〉


「……ふっ。あんたは俺たちが塔の脅威を軽く見てると思ってるんだろ」


 グレイムは図星だったので黙った。


「ハクタナとの戦争で俺たちは変わった。ちょっとやそっとじゃ『亡者の嘆き』みたいな悲劇は起こらねえ。今のリウギクは俺たちのような外れ者でさえ、ハクタナ顔負けの軍事力を持ってるってことだ」


「アニキ、喋りすぎです」


 連絡役が盗賊の長の言葉を窘める。


(話し方からして、こいつらはリウギクを代表してるわけじゃねぇんだな)


 グレイムとしても国を相手にするとなると、流石に立ち回りを考えなくてはいけない。

 すでに把握してる盗賊とだけなら問題ない。

 権力者との繋がりがあったとしても、たかが知れてる。


(それに塔の恐ろしさの半分も理解していない。それならいいんだ)


 グレイムは心の中で呟く。


――ピロリン。


 間の抜けた着信音が鳴る。

 グレイムは画面をタップして通話をオンにする。ゲートとの通信はミュートにした。


〈遅いぜ、お前ら。首尾はどうだ〉


〈無茶を言うな。わしらだって、外に出るのは久しぶりなんじゃぞ〉


〈準備完了よ。いつでもやれる〉


〈サンキュー。エプシテ、トウシラ〉


 グレイムは通話を切ると、さっそく戦場のミニマップをタッチした。

 ゲートが閉じ、『機械兵』が起動する。



              ♢   ♢   ♢



 壁の向こうから、銃声と悲鳴が響き渡った。

 あまりにも激しい戦闘音、6人だけが発砲している音じゃない。

 おそらく、『機械兵』は実弾を装備しているだろう。


「……残念だよ。ガキを殺せッ!」


 連絡役を通すまでもなく、その声は携帯越しにリウギクへと届いた。


〈――……はい〉


「おめえら、ここが正念場だ!」


 長の叫びを聞いて、40人の待機していた盗賊たちが銃器を構える。

 彼らは外壁に向けて爆薬を設置すると、距離を取ってから一斉に爆発させた。


――ドンッ。


 砂煙とともに外壁に穴が開く。

 これで大型の軍事車両も『戦場』に入れることができる。

 彼らの目線は塔にしか向いていなかった。


 そのため、背後の砂丘から一体の『精霊機獣』が姿を現したことには気付けなかった。


 全長三メートルはある灰色の巨大な猪。

 名前はネイシズ。

 二つ名は『火鼠』だが、一見、その見た目に鼠の要素は欠片もない。


 ネイシズが口を開いた。その中は無数の赤い〝何か〟が蠢いていた。

 大量の小型殺人兵器、鼠型の陸上ドローン。ネイシズの本体はそれを操るために苛烈な性格が与えられていた。

 一斉に口の中から鼠たちが飛び出した。

 鼠は音も少なく盗賊たちに背後から近づくと、その鋭く、骨さえも砕く前歯でその肉を噛みちぎる。


「うあああああああああああっ」


 男たちの絶叫が響き渡る。

 まだ被害を受けていない最前線の盗賊たちが振り返る。


「撃てッ!」


 盗賊の長は激昂し、サブマシンガンを赤い鼠に向けて乱射した。

 弾は当たれば有効打にはなった。

 だが、すべてを撃ち落とすには敵を近付かせ過ぎた。

 鼠たちは盗賊たちの乗ってきた軍用車両の隙間を縫うようにして接近する。咄嗟に車両ごと撃つ判断もできず、盗賊が倒せた鼠はその百を超える群体の極々一部だけだった。

 一部の盗賊は咄嗟に腰のナイフを抜こうとしたが、その指が食われあっという間に何も握れなくなった。


「早く『クウゲキ』を出せっ!」


 長の叫びとほぼ同時に、大型車両のコンテナが開く。


――ピリリリリリ。


 起動と共に電子音が鳴り響き、2つの赤い精霊石が目のように輝く。

 自在に動く二足のキャタピラと二本の大砲型のアーム。

 奏導術を扱えるリウギクの小型戦車『クウゲキ』は、砂漠の大地に降りると同時にその両手にある一本の細い管から、炎を巻き散らした。

 さらに動きが鈍った鼠型ドローンをキャタピラで踏み潰していく。


 その様子を見て、何とか盗賊たちの士気が戻る。

 だが、彼らはネイシズに夢中で、一つの人影が近付いていることに気が付かなかった。


「よし。鼠を操ってる『精霊機獣』を殺――」


 そのとき、盗賊の長の言葉が途切れるとともに、その体も真っ二つに割れた。

 まるで、体が元から粘土でできていたかのようにその場に崩れる。

 少し離れた場所で静かな旋律が響く。

 盗賊たちはその音によって、遠くに立つ人影に気付く。

 後ろで束ねた茶色い髪の毛に灰色の鉱物でできた体。青い光に包まれて体からは蒸気が溢れ出ている。

 その手には銀色に輝く一筋の金属、美しい刀剣が握られている。


〈俺が付いていながら、ハドリーを殺させてしまったのは失態だな〉


 その男――『龍馬』ミウマビは静かに呟く。


 精霊機獣〝制限解除〟第三段階――〝人型形態〟の解放。


 盗賊たちは『精霊機獣』が通常の獣の姿から人型に成れることも、それによってまったく別の戦い方――例えば武器を扱うことさえできることを知らない。

 このミウマビの人型形態は獣形態ほどの持久力がない代わりに、刀の使用によって圧倒的な殺傷力を獲得した。


〈――だからせめて、ここで借りは返させてもらうぜ〉


 体が赤く発光し、男は刀を構える。

 盗賊たちは咄嗟に銃を構えたが、すでにそこには赤い光の跡だけが残っていた。


「ぎゃああああああああああ」


 見えない斬撃によって次々と人が斬られ、悲鳴が響き渡る。


「『クウゲキ』頼むっ!」


 『クウゲキ』は咄嗟に腕をミウマビに向け、奏導術による炎弾を放とうとする。


――バギッ。


 しかし、奏導術のための電子音が鳴り終わる前に音は途切れた。

 精霊石は刀によって叩き壊されていた。

 残る大砲ではミウマビを捉えることは到底できない。

 この隙にネイシズの鼠たちが『クウゲキ』の装甲を食い始める。主砲から中に侵入する個体もあり、内部はあっという間に悲鳴に包まれた。

 唯一の希望が砕かれ、盗賊たちの心が折れていく。


「ひいいいいいいいっ」


 1人の山賊はあろうことか、外壁の内側『戦場』の中に救いを求めて駆けた。

 その先には実弾入りの銃を構えた『機械兵』たちがおり、すでに先に入った6人の盗賊は皆殺しにされていた。


「あっ……あっ……」


 さらにはその奥には、長い緑色の髪を下ろした小柄な少女が立っている。

 灰色の鉱物の体、青い瞳は哀しそうにこちらを見つめている。


 『霊鳥』トドグリは人間体になることで、より繊細な奏導術を扱える。


 彼女は青緑の混色の奏導術によって電気を操り、精鋭の着ていたパワードスーツを機能不全に陥らせていた。


〈……ごめんね〉


 トドグリは泣きそうな声で呟き、その瞳を細めた。

 乾いた銃声とともに腰を抜かした盗賊の額に穴が開く。


 残った盗賊たちの末路も悲惨だった。

 銃で殺された者は幸運だった。

 ある者は刀で斬られ、焼くような痛みを覚えた。

 ある者は大量の鼠がまとわりつき、生きながら肉を食らいつくされた。

 軍用車両で逃げようとした者も、車内に侵入した鼠に食われた。

 狭い車内ではなおさら反撃は不可能だった。


 戦闘開始から約10分で、50人を越える盗賊たちの全員がこの砂漠で命を落とした。



              ♢   ♢   ♢



 グレイムはその様子を液晶で眺めていた。


〈トドグリ、ミウマビ、ネイシズ……御苦労様〉


 スピーカーで支持を出していると、再び着信が鳴る。


〈娘さんは確保したぞ。幸い、酷い目にはあっとらんかった〉


〈……そうか。これでハドリーにも少しは顔向けできそうだな〉


〈タウサツが見る限りでは、周囲に民間人もいないわ。やってしまっていいと思う〉


 エプシテとトウシラからの報告に、グレイムは頷いた。

 グレイムは通話を続けたまま、エレベーターを使い、第六層『砲台』へと向かう。


〈敵の位置を送る〉


 か細い女性の声、『角兎』タウサツが言う。


 扉が開き、部屋に入ってすぐの場所にひじ掛けのつきの巨大な椅子があった。

 グレイムが椅子に座ると、電源が入り、塔の上部にあるアンテナが動いた。


 警報のような音が鳴り響く。


 塔全体が赤く上から下に点滅しながらメロディを奏で始める。

 塔の上部が回転し、その数メートル上空に白く太陽のような炎の塊が形成されていく。

 日の沈みかけていた砂漠が昼間のように明るくなった。


〈おっと……こんなのリウギクに打ち込んだ日には戦争になっちまう〉


 グレイムは火力を絞る。


〈よく狙わねえとな〉


 グレイムは液晶を起動させ、タウサツが上空から撮影している映像を見た。

 そこにはリウギクに待機している盗賊の仲間たちがいた。

 彼らは人型に変身して潜入していたエプシテやトウシラに人質を奪われた挙句に、仲間を何人も殺されたため、血眼になって後を追っている。


〈数は室内に残った連中も含めて、30人程か……〉


 タウサツの目は熱源探知機能があり、室内にいる敵の姿も見逃さない。

 グレイムは『砲台』と座標に思考を集中させた。


〈奏導術『アメノヒ』発射〉


 その宣言と共に白い炎は分裂し、上空に向けて一斉に放たれた。

 その数10秒後、リウギクの盗賊のアジトには、遥か上空から無数の白い炎が降り注ぎ、盗賊を追尾してその肉体を一瞬で焼き尽くした。

 砂漠は静寂を取り戻し、再び夜の黒い幕が降りる。


 リウギク国で悪名を轟かせていた1つの武装集団『シラナミ』がこの日壊滅した。

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