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隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第四章
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盗賊 ②

 こんなこともあったので、この日、スナマユは大人しく自室にこもっていた。

 トウモリも午後の業務に身が入らなかった。


〈あまり気にしすぎて、ブラザーが病んでも仕方ないぜ〉


 グレイムがタブレットをいじりながら声を掛ける。


「ああ。それは分かってるんだが、何か引っかかってな……」


 あの砂馬車にいたという客人、一切姿を見せなかったが、なぜこの塔への遠征に同行しているのか……。

 塔は砂漠の辺境にある。

 商談のついでに客人を送り届けるというのは、あまりにも非効率だ。


「最後の言葉も彼らしくなかった」


 精霊教と一緒にいたとき1度口にしていたが、あれ以来、また彼はいつもの調子に戻っていた。


〈たしかに、今日のハドリーはおかしかったな。でも、娘さんが病気ともなれば、信心深くもなるのかもな……〉


「……それはあるかもしれないが」


 そのとき、2人の間にふと沈黙が降りた。

 時間というものが、本当に止まるときがある。

 示し合わせたわけでもないのに、嵐の前の一瞬は永遠とも思えるほど長く静かだった。


――ドンッ。


 突然、爆発音とともに部屋が跳ねた。

 砲撃を打ち込まれたかのような衝撃が、足元から響く。


「……何が起きた?」


〈……第三層、スナマユの自室で爆発だ〉


 感情の欠落したグレイムの声が響く。

 トウモリは呼吸をするのも忘れて立ち尽くした。


〈今、ロボットが確認に向かってる。ブラザーは杖を準備して、万が一の襲撃者に警戒を――〉


「私も行く」


 トウモリはグレイムの言葉を聞き終わるよりも先に、杖を持って部屋を飛び出た。

 エレベーターではなく、階段を使い第三層へと駆け下りる。



              ♢   ♢   ♢



 扉を開けると、スナマユの部屋は酷い状況だった。

 床が黒く焦げ、部屋の家具が散乱し、煙や埃、火薬の匂いが充満している。

 スナマユは床に転がって蹲っていた。


「スナマユっ!」


 慎重に触れないようにその容態を見る。

 火傷がそこら中にあり、腕にはガラスの破片が突き刺さって流血している。


「くそっ、なにが……」


 爆風で壁に叩きつけられたらしく、後頭部からも出血している。


「ぁっ……」


 呻き声のような声と共に、スナマユが顔を上げる。

 生きていたこと、即死していなかったことに僅かに希望が見える。


「緑の奏導術を使えば、応急処置ができるかもしれない……」


「……誰か……いる?」


 スナマユが目を開いて呟いた。


「私だ。トウモリだ」


「……誰か……いるなら、お願い……」


 スナマユはトウモリの方を見ていなかった。声さえ、聞こえていないようだった。


「グレイム! 私はどうすればいい? スナマユは――」


 トウモリは思わず叫んだ。

 こんなに大きな声を出したのは、生まれて初めてだった。


〈トウモリ! まずは心を落ち着けて奏導術を使え。鼓膜は破れていても場合によっては再生する。目に関しては顔をガードできているなら、一時的な――〉



「……お願い。ハドリー……を責めないで……」



 スナマユの言葉に、トウモリもグレイムも思わず黙り込んだ。


「……今日のハドリーはつらそうだった……この玩具も渡すときも手が震えたんだ……。それから、小声で……。だから、ぼくは……」


「……もう、話さなくていい」


 トウモリはスナマユの手を握りしめ、目からは涙が溢れた。


〈……ブラザー〉


「分かってる。奏導術を使う。グレイムは救急道具をロボットで……」


〈いいや。オレは離席する。どうやら、来客みたいだ〉


「……は?」


〈盗賊たちだ。リウギク製の軍用車両――それも1台や2台じゃねえ。どうやら、戦争でもおっぱじめるつもりらしい〉


 グレイムの声はいつになく冷たい。

 聞いているトウモリの背筋が冷えるくらいだった。


〈ブラザーは治療に専念していてくれ〉


 トウモリは嫌な予感を覚えながらも、何とか声を絞り出した。


「分かった。だが、どうする。万が一の場合の防衛は、私がいなければ――」


〈大丈夫だ。オレにも権限はある。誰がブラザーにこの塔の守り方を教えたと思ってんだ……〉


「……そうだったな」


 トウモリは一度、小さく深呼吸をした。

 まずは状況を確認する。

 スナマユは耳と腕、露出した部分の脚、後頭部を負傷している。

 火傷に裂傷、出血……。

 緑の奏導術で行えるのは、アイナの活性化による治癒速度の上昇だけだ。

 腕の治療の前に、先に中の硝子片を取らなくてはならない。軟膏も必要になるため、どのみち同階層にある『医務室』への移動は必要だ。


「先に後頭部の止血だ」


 トウモリは小さく深呼吸をして、杖を構えた。

 カチリ、カチリとダイヤルが回り、灰色の鉱石に緑色の輝きが宿る。

 杖を小さく振るい、優しい笛の音色が流れる。

 しかし、一向に奏導術が発動しない。


「……これはまずいな」


 落ち着いて見せたつもりでも、精神が統一できていない。

 緑の奏導術による癒しは特に、精神状態を落ち着ける必要がある。


「……トドグリの力を借りることも考えたいレベルだ」


 トウモリはそれから気付いた。

 トウモリが手を離せないこの状態自体が、この爆弾の狙いなのだと。


「……くそ」


 トウモリは苛立ち交じりに服を破き、それを後頭部の患部に当てると、スナマユを抱えて移動を始めた。

 奏導術が無理ならば、物理的に圧迫するほかはない。

 スナマユの部屋から出て、『医務室』に移動する際中だった。


――精霊のご加護があらんことを……。


 ふと、ハドリーの声が蘇る。

 あれは精霊教との戦いの直後にも、ハドリーが珍しく口にした祈りの言葉だった。

 あの箱は確か――。


「もしかして、ハドリー……君はこうなることを……」


 トウモリは胸の痛みを感じながら、そのまま『医務室』へと向かった。

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