盗賊 ②
こんなこともあったので、この日、スナマユは大人しく自室にこもっていた。
トウモリも午後の業務に身が入らなかった。
〈あまり気にしすぎて、ブラザーが病んでも仕方ないぜ〉
グレイムがタブレットをいじりながら声を掛ける。
「ああ。それは分かってるんだが、何か引っかかってな……」
あの砂馬車にいたという客人、一切姿を見せなかったが、なぜこの塔への遠征に同行しているのか……。
塔は砂漠の辺境にある。
商談のついでに客人を送り届けるというのは、あまりにも非効率だ。
「最後の言葉も彼らしくなかった」
精霊教と一緒にいたとき1度口にしていたが、あれ以来、また彼はいつもの調子に戻っていた。
〈たしかに、今日のハドリーはおかしかったな。でも、娘さんが病気ともなれば、信心深くもなるのかもな……〉
「……それはあるかもしれないが」
そのとき、2人の間にふと沈黙が降りた。
時間というものが、本当に止まるときがある。
示し合わせたわけでもないのに、嵐の前の一瞬は永遠とも思えるほど長く静かだった。
――ドンッ。
突然、爆発音とともに部屋が跳ねた。
砲撃を打ち込まれたかのような衝撃が、足元から響く。
「……何が起きた?」
〈……第三層、スナマユの自室で爆発だ〉
感情の欠落したグレイムの声が響く。
トウモリは呼吸をするのも忘れて立ち尽くした。
〈今、ロボットが確認に向かってる。ブラザーは杖を準備して、万が一の襲撃者に警戒を――〉
「私も行く」
トウモリはグレイムの言葉を聞き終わるよりも先に、杖を持って部屋を飛び出た。
エレベーターではなく、階段を使い第三層へと駆け下りる。
♢ ♢ ♢
扉を開けると、スナマユの部屋は酷い状況だった。
床が黒く焦げ、部屋の家具が散乱し、煙や埃、火薬の匂いが充満している。
スナマユは床に転がって蹲っていた。
「スナマユっ!」
慎重に触れないようにその容態を見る。
火傷がそこら中にあり、腕にはガラスの破片が突き刺さって流血している。
「くそっ、なにが……」
爆風で壁に叩きつけられたらしく、後頭部からも出血している。
「ぁっ……」
呻き声のような声と共に、スナマユが顔を上げる。
生きていたこと、即死していなかったことに僅かに希望が見える。
「緑の奏導術を使えば、応急処置ができるかもしれない……」
「……誰か……いる?」
スナマユが目を開いて呟いた。
「私だ。トウモリだ」
「……誰か……いるなら、お願い……」
スナマユはトウモリの方を見ていなかった。声さえ、聞こえていないようだった。
「グレイム! 私はどうすればいい? スナマユは――」
トウモリは思わず叫んだ。
こんなに大きな声を出したのは、生まれて初めてだった。
〈トウモリ! まずは心を落ち着けて奏導術を使え。鼓膜は破れていても場合によっては再生する。目に関しては顔をガードできているなら、一時的な――〉
「……お願い。ハドリー……を責めないで……」
スナマユの言葉に、トウモリもグレイムも思わず黙り込んだ。
「……今日のハドリーはつらそうだった……この玩具も渡すときも手が震えたんだ……。それから、小声で……。だから、ぼくは……」
「……もう、話さなくていい」
トウモリはスナマユの手を握りしめ、目からは涙が溢れた。
〈……ブラザー〉
「分かってる。奏導術を使う。グレイムは救急道具をロボットで……」
〈いいや。オレは離席する。どうやら、来客みたいだ〉
「……は?」
〈盗賊たちだ。リウギク製の軍用車両――それも1台や2台じゃねえ。どうやら、戦争でもおっぱじめるつもりらしい〉
グレイムの声はいつになく冷たい。
聞いているトウモリの背筋が冷えるくらいだった。
〈ブラザーは治療に専念していてくれ〉
トウモリは嫌な予感を覚えながらも、何とか声を絞り出した。
「分かった。だが、どうする。万が一の場合の防衛は、私がいなければ――」
〈大丈夫だ。オレにも権限はある。誰がブラザーにこの塔の守り方を教えたと思ってんだ……〉
「……そうだったな」
トウモリは一度、小さく深呼吸をした。
まずは状況を確認する。
スナマユは耳と腕、露出した部分の脚、後頭部を負傷している。
火傷に裂傷、出血……。
緑の奏導術で行えるのは、アイナの活性化による治癒速度の上昇だけだ。
腕の治療の前に、先に中の硝子片を取らなくてはならない。軟膏も必要になるため、どのみち同階層にある『医務室』への移動は必要だ。
「先に後頭部の止血だ」
トウモリは小さく深呼吸をして、杖を構えた。
カチリ、カチリとダイヤルが回り、灰色の鉱石に緑色の輝きが宿る。
杖を小さく振るい、優しい笛の音色が流れる。
しかし、一向に奏導術が発動しない。
「……これはまずいな」
落ち着いて見せたつもりでも、精神が統一できていない。
緑の奏導術による癒しは特に、精神状態を落ち着ける必要がある。
「……トドグリの力を借りることも考えたいレベルだ」
トウモリはそれから気付いた。
トウモリが手を離せないこの状態自体が、この爆弾の狙いなのだと。
「……くそ」
トウモリは苛立ち交じりに服を破き、それを後頭部の患部に当てると、スナマユを抱えて移動を始めた。
奏導術が無理ならば、物理的に圧迫するほかはない。
スナマユの部屋から出て、『医務室』に移動する際中だった。
――精霊のご加護があらんことを……。
ふと、ハドリーの声が蘇る。
あれは精霊教との戦いの直後にも、ハドリーが珍しく口にした祈りの言葉だった。
あの箱は確か――。
「もしかして、ハドリー……君はこうなることを……」
トウモリは胸の痛みを感じながら、そのまま『医務室』へと向かった。