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隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第三章
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幕間② 精霊機獣個別面談

 ――10年前


〈――ブラザー、1つ相談があるんだ。スナマユから離れて『展望』に来れるか?〉


「ああ。問題ない」


 トウモリは布団に眠るスナマユを一瞥した。

 もう夜泣きする年齢ではないし、グレイムが深夜に呼び出すなんて余程の要件なのだろう。

 エレベーターを上がり、第五層の『展望』へと着く。

 夜風が吹き込み肌寒い。星の瞬く夜空には薄い雲が流れている。

 グレイムは端末の前に立っていた。


〈百聞は一見にしかずってことで、見てほしいものがある〉


 グレイムはその太い指でボタンを叩き、『精霊機獣』の入った一つの球体を起動させる。

 球体が開き、中から鉱物の皮膚を持った二足歩行の猿――『神仙(しんせん)』エプシテが現れる。


「エプシテがどうかしたのか?」


 グレイムは無言でエプシテを見つめている。


〈こりゃどうも。こうして話すのは新鮮でいいですな……『神仙』だけに〉


「は……」


 トウモリは驚きすぎて口を大きく開けた。


「話せたのか!」


〈いいや。話せるようになったんだぜ〉


 グレイムの言葉を受けて、エプシテは白い毛に覆われた頭をポリポリと掻いた。


〈言語自体は知っておりましたよ。……その権限がなかっただけでね〉


「……権限?」


〈いつからか分からねえが。端末にいつの間にか、こんな機能が入っていた〉


 グレイムが液晶をスライドさせると、見覚えのない黒い画面に移る。

 グレイムがそこに6桁の数字を打ち込むと、赤い文字がいくつも並び始めた。

 テルラ大陸発の言語で、現在でも広く使われている〝ミルランゲージ〟だ。正確にはそれを元にしてノヴァの大国で使われていた〝ノヴァ・ミルランゲージ〟と呼ばれる言語のようだ。

 トウモリはざっとその文字を読んだが、そこには驚くべき内容が書かれていた。


「『精霊機獣』の制限解除、だと……」


〈ああ、言語を話せるようになったのもその1段階目に過ぎない。ここから、さらに2段階制限解除が可能みたいだが、オレの権限でも解除できたのは最初の1つ目だけだ〉


「……エプシテはこれについて何か知っているのか?」


 トウモリは改めてエプシテの方を向いた。

 これまで、ただの駒として扱ってきた相手だったため、面と向かって話すとなると妙な緊張感がある。


〈いや、正直言って知らんのう。これまでワシは……ワシの意識は目の前の敵を排除することしか考えられんかった。それがどうしてか、数年前から視界がクリアになって、物事を良く考えられるようになってのう〉


〈多分、この制限解除画面が解放されたのもそのころなんだろうぜ〉


「そうか……」


 理由は分からないが、この塔にとってそれは大きな変化だ。

 これまで、トウモリとグレイム、それに拾ったスナマユの三人しかいなかったものが、急に六体の『精霊機獣』が住民として増えたようなものだ。


「もしかして、スナマユを拾ったことがきっかけで?」


〈どうだろうな。一定時間の経過で解放された可能性もある。『亡者の嘆き』でノヴァとの通信が取れなくなってから、大体90年……いや、半端すぎるか〉


「それで、その……改めてよろしく。と言えばいいか?」


 トウモリは迷った挙句、エプシテに向けて聞いた。


〈よろしく頼むのう。とはいっても、会話ができるのは人型のワシだけのようだがなあ〉


「そ、そうか」


〈でも、ワシは見てて分かるんだが、他の五体にも確実に自我が芽生えてきておる。それがこの塔にとっていい事か悪い事か、それは知らんがのう〉


 エプシテはそう言いながら、球体の方へととぼとぼと歩き始めた。


〈戦闘時以外の球体を出ての活動は現状短時間が限度のようだのう。先ほど、グレイムとも会話したしだいぶ消耗しておる〉


 これも制限による縛りなのかもしれない。

 トウモリはその姿を見ながら、緊張が少し和らぐのを感じた。

 エプシテは球体に入り、自らその殻を閉じた。


〈ここからはオレの推測になるが、これは塔の持ち主だったノヴァ連合がリウギクに対して残しておいた保険だったんだと思う。いや、この6体の『精霊機獣』自体がもともとその目的で作られたのかもな〉


「なぜそう思う?」


 トウモリはそもそも、この塔の存在理由すら知らない。

 グレイムの語る内容に、鼓動が速く鳴るのを感じた。


〈単純にパスワードが連合の建国記念日だったから、そこからの推理だぜ〉


「……不用心すぎる」


 トウモリは少し呆れると同時に緊張が少し抜けた。


〈まあ、それが今になって使えるようになった理由は分からねえ。ただ、今後塔を防衛するうえで、これはもしかしたら切り札になるかもしれねえぜ〉


「……そういう話か。ただ……」


 トウモリの胸中は期待よりも不安の方が大きかった。

 『精霊機獣』、それも制限解除された6体が反乱した場合、おそらくそれはこの塔の日常が終わる時になる。


〈正直言うとオレも不安の方が大きい。ただ、かといって今後『精霊機獣』なしでの防衛は不安がある〉


「そうだな。特に他国に知られるのはまずい。実際に戦力差が覆らずとも、勝てると思い込んだ相手が戦争を仕掛けてくるかもしれない」


〈オレは早めにこちら側につけるよう尽力するべきだと思うぜ〉


 グレイムの案は単純明快だった。


〈どのみち、もう連合は存在しねえ。だったら内輪揉めが起きないよう先手を打っておくべきだ〉


「そうだな、それに越したことはないが……」


 問題はどうやって、と言う話だ。

 交渉しようにも、『精霊機獣』がどういった価値観を持っているのかまるで想像がつかない。


〈そこでオレに1つ提案がある〉


 グレイムは太い指をこれ見よがしに立てる。


〈『精霊機獣』と1体ずつ面談をしようぜ〉



              ♢   ♢   ♢



――数日後。


「面接番号1、『霊鳥』トドクリさん」


 トウモリは机と椅子を用意して面接の準備を済ませていた。

 服装こそいつもの青い帽子と外套だが、気分は『ライブラリー』で見たドラマに出る面接官だ。

 隣ではグレイムが座り、端末で球体の解放を行う。


――ガチッ。


 北西の球体が開き、巨大な両翼を持つ獣――トドクリが姿を現す。


 トドクリは翼をはためかせて二人の前に優雅に着地する。

 その前には一つの翻訳機能つきのスタンドマイクが立ててある。

 これはグレイムの体についているスピーカーと同様に、鉱石の放つ音波を変換してくれるものとのことだ。


〈トウモリさん、グレイムさん。どうも、こうして会話する機会を頂き心より感謝致します〉


 トドクリは非常に礼儀正しかった。

 2人が揃って1番手に置きたくなる安定感だ。


「こちらこそ、よろしく。それで例の件は考えておいてくれたか?」


 『精霊機獣』には今日の面接のために、搭の防衛において、意見や要求したい対価があれば考えておくように告げていた。


〈わたしからお願いすることは1つです。人殺しを命令しないでください〉


 トドクリは至って落ち着いた様子で告げる。

 要求は至ってシンプルなものだった。

 それ故にトウモリはどう答えたものか言葉に迷った。


〈もちろん、塔自体が攻め込まれた場合はわたしも覚悟を決めます。ただし、侵略行為にわたしは加担するつもりはありません〉


「分かった。約束しよう」


 トドクリの要求は兵器として生まれた者としての、せめてもの抵抗を感じさせた。

 トウモリはその矜持に応えることを誓った。


「……他に要求はないか?」


〈本音を言うと災害があった際は駆けつけたいです。あの商人さんが災害の話をする度にわたしは胸をナイフで刺される気分になります〉


「そ、そうか……」


〈自分だけが平和を享受するなんて耐えられません。可能なら今すぐにでも大陸を渡り、ノヴァやテルラの復興を手伝いたいくらいです〉


 これが翻訳の間違いでなければ、トドクリの優しさは信仰の領域に達しているようだ。


〈いい志だけど、突然被災地に行ったらみんなが怯えるぜ。活動時間の限界もある〉


〈……その通りですね、すいません。理想が先行しすぎました〉


「構わない。おかげで君がどういった考えを持つかよくわかった。今後他国との関わりを持つ上で、君の癒しの力が大いに役に立つかもしれない。期待しているよ」


〈ありがとうございます。トウモリさん、グレイムさん〉


〈おう、ゆっくり休めよ〉


 こうして、『精霊機獣』の個別面談は進んだ。



              ♢   ♢   ♢



「面接番号2番、『龍馬』ミウマビさん」


 ミウマビはお調子者で、自分の勇士を全世界に発信したがった。

 防衛の観点から現段階での動画配信は難しいと断った。

 その代わりにハドリーが考案している『ガイドブック』ができた際、そこに写真を載せてもらえるよう交渉することを提案した。

 ミウマビは何とかそれで納得してくれた。


「面接番号3番、『猛虎』トウシラさん」


 トウシラは非常にドライな性格で、要求したのはまさかの金銭だった。

 塔にはいざというときのため、金庫に貴金属や宝石が大量に保管されている。

 グレイムがいうには紙幣もあったようだが、『滅びの嘆き』による文明崩壊によりそのほとんどが紙屑となったらしい。

 給与という形をとると他の『精霊機獣』との兼ね合いも生じる。

 トウモリは1回の防衛につき1つ貴金属か宝石を贈呈すること提案、トウシラはそれで納得してくれた。


「面接番号4番、『角兎』タウサツさん」


 タウサツは暗く出不精で、要求は「自分をあまり選出するな」という1点だった。

 トウモリは対価が要らないのかと聞いたが、早く帰りたいと言って辞退した。

 グレイムは手間がかからないと前向きに捉えるよう言った。


「面接番号5番――……」


 その後も面接は続き、トウモリたちは半日掛けて面接を終えた。



              ♢   ♢   ♢



「ネイシズはどうなるかと思ったが、思いのほか義理堅くて助かったな」


〈エプシテが子供の玩具を欲しがるとはな。まあ、みんなの思わぬ一面が知れて楽しかったな〉


 片づけをしながら、トウモリは不思議な感覚になった。

 スナマユを拾うまで、この塔にはグレイムと自分しかいなかった。

 それがこの数年でハドリーが行き来するようになり、今度は『精霊機獣』と意思疎通が取れるようになった。

 スナマユを拾った夜から、急に世界が広がったようだった。


「まったく。私は世界のことをこれっぽちも知らなかったのかもな」


〈……そうだな。オレももっと早く、そのことに気付けてれば――……〉


 トウモリの呟きにグレイムが何かを言いかけて止めた。


「どうした?」


〈――いいや、何でもねえ。そろそろ、帰ろうぜ。お嬢がお腹を空かしてる〉


「ああ、そうだな」


 トウモリは無理に詮索しなかった。

 グレイムは多くを語らないが、この塔にずっと1人でいたのだろう。

 もしかしたら、この数年の変化に対する感慨は自分より大きいのかもしれない。


(グレイムはその孤独と、どうやって向き合ってきたのだろう?)


 トウモリは塔に戻っていくその大きな背中を見つめ、溢れてくる言葉を胸にしまった。

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