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隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第三章
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聖職者 ⑤

 挑戦の終了後、第四層の『管理室』に戻ったトウモリはカメラの前で待機するハドリーを見て約束のことを思い出した。


〈いや~~、今回もいい戦いが見れましたねえ。まさか、トウモリさん自ら立ちはだかるとは……〉


「楽しめたのならよかった。それで、どんな用事なんだ?」


 トウモリは自分の腕に包帯を巻きながら聞いた。

 モニターの向こうではゲートから出たスナマユが、荷台の方へと駆け寄っている。


〈トウモリさん、ご存知ですか? 『フェアリーハウス』と呼ばれるオルゴールを……〉


「……いや、知らないな」


〈精霊の力をアイナごと閉じ込めるオルゴールのことです。テルラ大陸で伝わっていた遺産ですよ。何でもメロディを鳴らすと、たった1度だけどんな願いも叶えてくれるとか……〉


「それは……売ったもの勝ちじゃないか?」


〈ふふふ、そうですねえ。そんな貴重なもの滅多に使えません。しかもかなりの高額です。そんなものをわたくし、たまたま手に入れまして……〉


 ハドリーはそう言いながら装飾の施された木製の箱を取り出した。

 一目で高価だと主張しているような、古めかしくも上品な雰囲気を纏っていた。


「言っておくけど買わないぞ」


〈ええ、そうでしょう。――実はわたくし、10年以上前に妻を亡くしておりましてね〉


 ハドリーはいつもと変わらない様子まま、不意にそんなことを言った。


「……それは、そうだったのか」


 トウモリは突然の告白に、哀悼の言葉さえ口を出なかった。


〈娘も長年病に侵されていましたが、最近は快調に向かっております。それはこの塔に関する本が売れて、観光ビジネスに成功して……そのお金で万全の治療を受けさせたからです。きっと、来年の今頃には、同い年の女の子と同じように自立するのでしょう〉


 ハドリーの横顔は遠くを見ていた。

 細められた目の奥には、気のせいか、微かに涙が浮かんでいるように見える。


〈わたくし、信心深い方ではないんですが。これはスナマユちゃんやトウモリさん、それからグレイムさん……あなたたちとの不思議な縁が起こした奇跡だと思っています。だからこれは、その奇跡に対するお礼です〉


 ハドリーはその箱、『フェアリーハウス』をカメラの前に置いた。


「……いいのか? 高価で貴重なものなんだろう?」


〈いいんですよ。もう藁にも縋る必要はなくなったんですから……。でも、世の中には不思議なことが多いもので、もしかしたら、この箱の奇跡があなたたちを救う日がくるかもしれません。精霊とは、人が心から願った奇跡なら起こしてくれる。良くも悪くもそんな存在なんじゃないかと思ってましてね〉


 ハドリーは一瞬、背後の精霊教の面々に視線を向けた。


〈ところで、トウモリさんの方はいいんですか? もうすぐ出発しますが?〉


「挑戦は終わった。これ以上、私から干渉することはないよ」


〈……そうですか。まあ、また彼女とは会う機会もあるでしょう〉


 ハドリーは残念そうに肩をすくめたが、すぐにいつもの笑みに戻った。


〈ここに放置するのも怖いので、これはスナマユちゃんに渡しておきます。それでは、精霊のご加護があらんことを……〉


 ハドリーはそう言うと、『フェアリーハウス』を持ってカメラから離れた。

 数分後、砂馬車の一団は沢山の聖職者を乗せて外壁の前を去った。



              ♢   ♢   ♢



 シスター・ミイサが目を醒ましたのは、砂馬の引く馬車の中だった。

 不規則な揺れが疲れた頭に響く。


「シスター・ミイサ。目を醒ましたか?」


「……マザー・マリサ」


 マリサが眼鏡越しに優しい瞳でこちらを見ている。

 普段皺ひとつない修道服が砂に塗れているが、当人は気にした様子はない。


「……申し訳ありません。これだけの人数を巻き込んでなお、目的を達することができませんでした」


「構いません。新しい『聖歌隊』の試運転としては上々でした。もとより、実戦形式での奏導術の訓練……そういう名目だったでしょう。情報通り、棄権するまでもなく、塔の支配者は私たちを殺さずに逃がしてくれましたしね」


「……そうですか。みんなの怪我の具合は?」


 ミイサはそう言いながら、足の痛みに気付いた。

 右足はギブスでガッチリと固められている。

 骨が折れているようで、それ以外のあらゆる部位も痛み、上体を起こすのも難しい。


「怪我の具合で言えば、あなたが1番重いようですね」


「……そうですか」


 胸にぽっかりと穴が空いた気分だった。

 ミイサはトウモリに会い、思いを伝えることができれば――結果はどうであれ、それで満たされると思っていた。


「うっ……」


 けれど、実際は目には涙が浮かび、口からは嗚咽が漏れた。

 こうして、ミイサの2度目の挑戦は幕を下ろした。



              ♢   ♢   ♢



「怪我、大丈夫?」


 その晩、トウモリが自室で休んでいると、スナマユが様子を見にやってきた。

 トウモリはすでに携帯端末(タブレット)での読書を始めていた。


「大丈夫だ、心配をかけたな。痛み止めが効いている」


 トウモリは端末を脇に置くと傷口の部分に手を当てる。


「トウモリ、あのシスターと話すことは無かったの?」


「……彼らは冒険者たちのように砂漠で夜を明かすつもりは無いようだし、見送るほかないだろう」


「そうじゃなくて。シスター・ミイサ。別に塔の中で看病してあげて、治ってからハドリーにでも送らせればいいじゃん」


「ハドリーをなんだと思ってるんだか……」


 そう言いながらも、トウモリははぐらかすのもいい加減やめるかと思った。


「私には彼女の気持ちに答えるつもりは無いよ」


「……なんで?」


「たしかに彼女は魅力的な女性だが、私とは生きている時間が違う。私に出来るのは塔の番人として、挑戦を受けることだけだ」


「でも、トウモリが普通の人より長生きだとしても、長い時間を一緒に過ごすことは出来る」


 スナマユはいつの間にか、ミイサに肩入れしていた。

 その意味が分からないほど、トウモリも人の心に疎くはない。


「少なくとも、今の私がその気持ちに答えることは無い。大丈夫さ。今のシスター・ミイサなら、きっと彼女なりの幸せを掴める」


 それは本心からの言葉だった。

 あるいは、初めて会ってたときから、ミイサには意思の強さと行動力を感じていた。

 だからこそ、トウモリは他の挑戦者以上に、彼女に惹かれていたのかもしれない。


「……そうかもね」


 スナマユはそれ以上の言及をやめた。

 その顔に浮かぶ笑顔は少しだけ寂しそうだった。


「おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 トウモリは明かりを消して横になった。


 深夜になると、塔の発する奏導術の音が室内にも響き渡る。

 そのメロディと共に、様々な色の光がオーロラのように塔全体を包み込む。

 トウモリは目蓋を閉じながら、自分に寄り添う精霊の存在を感じていた。


 翌朝、トウモリは包帯を取った。

 傷は跡形もなく消えていた。

 シャツの下、鳩尾を撫でると、そこには灰色の球体が埋め込まれている。


(自分のことを、胸を張って話すこともできない人間がどうやったら、他人の愛に応えられるんだろう)


 自分はミイサやスナマユとは違う。

 グレイムや『精霊機獣』、塔そのものに近い存在だ。

 それを知られた時に失望されるのが、トウモリは何よりも怖かった。

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