表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第三章
14/34

聖職者 ④

 試験開始からすでに10分が経過していた。

 『聖歌隊』は敵のいなくなった第一エリアで、水分補給などの休息をとり始めた。

 敵を焼き尽くした炎の熱で多くの者が体力を消耗していた。

 しかし、アイナの消耗は奏導術の規模から考えると破格なほど少なく、『聖歌隊』はまだまだ余力を残していた。


「『第二エリア』に入る前に、緑の福音で体力を回復させておきましょう。その後、状況によっては炎弾と氷塊のストックを作ってから『第二エリア』に入りましょう」


 ミイサの提案に年長の騎士が頷き、指示を全体に伝えた。

 ミイサはすぐさま『第二エリア』の観察に移った。

 『精霊機獣』が出てくるようなら、すぐさま、それに合わせた対策を講じなければならない。


「仮に既存の情報で弱点の分かっている相手なら、それに合わせた弾をストックする。仮にこちらが『第二エリア』に入るまで手札を隠すなら、どの『精霊機獣』にも対処できるよう十全の準備をして臨めばいい」


 ミイサが目を凝らしていると、遠くから1人の人間が近付いて来ているように見えた。

 数秒して、それが見間違えだったと気付く。


 そこには人間ではなく、〝人型の何か〟がいた。


 鉱物のような硬い皮膚は三年前に見た『精霊機獣』と同様だが、二足歩行で歩き、その体長は2メートルを超えている。その人に近い見た目と体に纏った白い羽毛のようなものが、異質な不気味さを醸し出している。


〈おやおや、悠長に休んでおるのお~〉


 その『精霊機獣』――『神仙』エプシテは、第一エリアの数メートル手前で立ち止まると、流暢にそう言った。

 それを見た騎士たちが武器を構える。


〈そこのお嬢さん。フェアプレイ精神で警告しておくが、準備をできるのはおぬしらだけではない。早めに『第三エリア』を目指すことをお勧めするぞ〉


 エプシテはそれだけ言うと、振り返り、『第三エリア』の方に向けて歩き始めた。

 ミイサが慌てて空中を見ると、そこには空に浮かぶ白い蛇のような生き物が浮いていた。


「あれは……ドラゴン?」


 微かに重低音が聞こえる。

 その体が鈍く黒く輝いている、どうやら、準備をしているというのは嘘ではないようだ。


「みなさん。今すぐ休憩をやめてください!」


 ミイサの言葉で『聖歌隊』は即座に演奏の体勢に移った。


「相手が戦闘準備を始めています。こちらも戦いの準備をしながら前進します」


 鎌を振り、演奏の指揮を執る。


「演奏再開。『聖なる君のための救憐曲(キリエ)』」


 『聖歌隊』は演奏を再開、炎弾のストックを用意してすぐに『第二エリア』へと突入した。


(焦って、してやられた?)


 ミイサは奏導術で体力を回復せずに進軍したことを後悔しかけたが、すぐに意識の外へと追いやった。

 『指揮者』が集中しなければ、この『聖歌隊』はあっという間に瓦解する。


 『第二エリア』に入ってすぐに、戦いは始まった。


 ミイサはすぐさま、空中に浮かぶ『精霊機獣』に向けて火球を放った。

 それに対して、空に浮かぶ『精霊機獣』――『角兎』タウサツは同じく空中に貯蓄しておいた黒い風の弾を放った。


 それは黒の奏導術によって作られる〝黒球〟と呼ばれるアイナを奪う風だった。

 黒の奏導術は元より、生命に作用した場合アイナを奪う性質があるが、標的を定めるのが難しくそれをどう補うかが課題となっていた。

 その解決策の一つが風によって黒の精霊が操るこの黒球だった。


 ポクニス聖国にもその技術は伝わっており、ミイサは即座にそれを見抜いていた。

 黒球を浴びた人間は、外傷こそ負わないものの、アイナを削られ奏導術はしばらく使えなくなる。当然、戦いのほとんどを奏導術に頼る『聖歌隊』には致命傷になる。

 だから、回復を捨てでもそれを撃ち落とすという判断に出たのだ。

 ミイサは炎弾をコントロールして、黒球にぶつけ掻き消した。

 単純な威力ではこちらの方が強く、ストックの数は少なくても、タウサツの放ったすべての黒球を打ち消すことに成功した。


(ここで、手を緩めてはいられない)


 ミイサは曲の区切りであることを利用して、さらにギアを上げることにした。


「『精霊鎮魂歌(スピリチュアル・レクイエム)』『やがて訪れる怒りの日(ディエス・イレ)』!」


 ミイサの指揮を受け、『聖歌隊』が演奏を早める。

 聖歌隊でもっともはげしい曲の一つ。

 荘厳な演奏と共にテノールの熱唱が響く。

 『聖歌隊』全体が赤い光を帯び、次々と炎弾が作られていく。


 しかし当然、『精霊機獣』たちもそれを見ているだけではなかった。

 まず、選出された三体目の『精霊機獣』、『龍馬』ミウマビがその速さを活かして『聖歌隊』の中心部へと斬り込む。

 演奏を邪魔させないため、騎士たちは割り込もうとしたが、重量のある盾のせいで後手に回る。

 ミウマビは歌手や楽器を弾き飛ばして通過し、演奏は中断を余儀なくされた。


「盾を捨てて剣を抜いて! 赤の奏導術による肉体強化で対応。楽団はすぐに立て直して、短めの楽曲に――」


 ミイサは即座に指示を変え、『聖歌隊』もそれに応えた。

 騎士たちは独自に奏導術を使い、ミウマビに六人がかりで斬りかかった。

 それを待っていたかのように、『神仙』エプシテが動いた。


――パンパンッ!


 乾いた拍手を鳴らし、それによって大地が緑色に輝く。

 エプシテはすでに自身を覆う白い繊維状の植物を、地面に撒いていた。

 その植物は異常な速さで伸びて、残る騎士や楽団に襲い掛かった。絡めとられた者は傷こそ負わないものの、その柔らかくて丈夫な繊維に絡み取られて動きが取れなくなる。

 唯一、ミイサだけがそれに対応することができた。

 ミイサは鎌を振り回して繊維を切り裂き、他のメンバーを片っ端から解き放っていく。

 楽団は即座に体勢を立て直して演奏を再開する。


〈おやおや、お嬢ちゃん。やりますなあ!〉


 エプシテは拍手を鳴らし、繊維の成長を促した。

 ミイサの努力の甲斐もあり、徐々に騎士たちはエプシテの攻撃に対応、楽団の演奏する隙を作り出すことに成功した。

 さらに一つの炎弾が空中に形成されていく。


(いや、まずい……!)


 ミイサは気にする余裕のなかった空中を見る。

 『角兎』はすでに黒球を複数作り上げており、すでにこちらに向けて放っていた。

 『聖歌隊』に着弾するまで、もう数秒の猶予しかない。

 ミイサはその瞬間、判断を迫られ、咄嗟に鎌を振るった。


「あっ……」


 ミウマビの相手をしていた騎士の一人が遅れて黒球に気付いて、小さく悲鳴を漏らした。

 次の瞬間、二つの巨大な黒球が『聖歌隊』を飲み込んだ。

 アイナを奪う力により、二十人のうち十三人がその場に跪いた。

 中には気絶したものさえいる。


「そんな……」


 直撃を回避した騎士の一人は、その光景を見て目の前が真っ暗になるのを感じた。


「まだです!」


 しかし、そんな状況の中、ミイサは一人声を張った。

 空中で咆哮が聞こえる。

 『黒竜』タウサツが地面に叩きつけられている。


〈あちちちっ〉


 さらには、エプシテも覆う白い繊維が焼け、行動不能に陥っている。

 ミイサは余りにも巨大な黒球の防御を諦め、出来上がった炎弾三個と氷塊の一個のうち、一発を『神仙』エプシテ、残る全てを『角竜』タウサツへと放った。

 このままではジリ貧になると判断し、相打ちの賭けに出たのだ。


「みなさん立って! 猿と竜を拘束してください」


 黒球は『聖歌隊』の中心にいる楽団を狙ったため、周囲を護衛する騎士たちの被害は比較的少なかった。

 また、奏導術は使えなくても、体力が尽きていなければ武器で戦える。


「うおおおおおっ!」


 騎士たちは急いでエプシテとタウサツの拘束に向かった。

 残るミウマビが動くが、もう奏導術を使えない楽団がそれを必死に妨害する。


「ミイサさん。どうしますか?」


 眼鏡をかけた中年のシスターが、ミイサに向けて問いかけた。

 そのシスターもすでに息を切らし、アイナは枯渇寸前だった。


「マザー・マリサ。これから、わたし一人で『第三エリア』に向かいます」


「……すでに当初のプランは崩れています。我々は外から援護することはできませんよ」


 もとより、ミイサは一人ないし、騎士と数人でコロシアムに入る予定だった。

 ただし、『聖歌隊』は壁の外から援護を行い、ミイサに奏導術の弾を供給する。

 楽団をグレイムに晒さないため、それが最善だと、ミイサは考えていた。


「……この作戦の責任はわたしにあります。マザー・マリサ。あなたたちは頃合いを見て撤退し、わたしの帰りを待っていてください」


 ミイサは微笑み、両手を胸の前で合わせた。


「精霊のご加護があらんことを」


「精霊のご加護があらんことを。シスター・ミイサ、健闘を祈ります」


 マリサも両手を胸の前で合わせて、ミイサのことを見送った。


「……いいんですか?」


 騎士の一人が縄でエプシテを拘束しながら、合流したマリサに聞いた。


「構いません。それより、私たちも負けてはいられませんよ」


「そうですね。あのシスター・ミイサが三年間で、これだけ強くなったんだ」


 二人は会話を早々に切り上げ、抵抗を続ける『精霊機獣』たちのとの戦いに臨んだ。



              ♢   ♢   ♢



 ミイサは『第三エリア』へと足を踏み入れた。

 アナウンスが流れると、『決闘場』を形成する壁がせり上がり、ミイサは呼吸を整えてそのときを待った。

 しかし、話に聞いていた動く石像の姿はない。


「……赤髪の女の子と戦った人もいるって聞きましたが」


 ミイサが警戒を解かずに待っていると、突然、強い風が吹き荒れた。

 鎌と両手で体を庇い、突風の中心を見る。

 そこには一人の青い外套を着た青年――トウモリが立っていた。


「……トウモリ様っ?」


 ミイサは体温が急激に上がり、鎌を構えればいいのか降ろせばいいのか分からなくなった。


「はるばる私に会いに来たのだろう。それなら、全力で相手にしなければな……」


 トウモリは杖を構えて静かに、ただし力強く言った。


「あ……」


 ミイサはそれを聞いて、目の奥に込み上げてくるものがあった。


(まだ、駄目だ……)


 この3年間の日々が走馬灯のように通り過ぎる。

 やる気を出したからといって、急にすべてが上手くいくわけじゃなかった。

 血反吐を吐くような訓練に臨み、生まれて初めて死ぬ気で競争というこの世界の理に臨んだ。

 恨まれることも、誰かを恨みたくなることもあった。

 逃げ出したくなったことも、実際に逃げてしまったこともあった。

 それでも、仲間の支えもあって、また立ち向かうことができた。


 負け続けて3年、ようやく1度だけチャンスをもらうことができた。

 それは努力賞のようなものだったかもしれない。

 でもミイサにとっては、生まれて初めて自らの手で奪い取った戦果だった。


 以前は綺麗だった手のひらは、今ではもう見る影もないほどに豆だらけになっている。

 ミイサはこのときになって初めて、自分のことを少しだけ好きになれた。


(まだ、何かを成し遂げた訳じゃないから……)


 ミイサは小さく頭を振って感傷を何とか抑える。


「……トウモリ様」


 ミイサは鎌を握りしめて、それから顔を上げて言った。

 その顔には晴れやかな笑顔が浮かんでいた。



「わたし、精霊教の歌がずっと好きだったんです」



「うん、伝わっていたよ」



 二人は少しの間だけ笑い合い、それから動き出した。

 ミイサの鎌は奏導術を操る指揮棒であると同時に、黒の奏導術を纏う近接武器にもなった。


(まだ、アイナは少し残っている)


 ミイサは疲弊しているとは思えない力で、鎌を振り抜いた。


(相手のアイナを喪失させれば、勝機はある!)


 相手なら対応するという信頼の元の一振り、それに対するトウモリの反撃も鋭かった。

 四属性の奏導術に対応した杖による、氷刃による容赦のない一閃。

 ミイサは異常な集中力をもって、それを紙一重で躱した。


(ああ、きっともうすぐこの時間は終わる)


 ミイサは刃を交えながら、体に傷を刻みながら、自分のアイナが薄れるのを感じた。

 それでも、死線を潜る度に、心臓はさらに強く脈を打つ。

 ミイサは自然とその口元に笑みを浮かべた。


(ああ、間違いない。わたしは今、この人と通じ合えている)


 響き合う奏導術の音色が、混ざり合い、聞いたこともない旋律へと変化する。


(――あと、1歩)


 ミイサは最後のアイナを振り絞って、黒く輝く鎌を振るった。

 トウモリの腕を鎌の刃が服ごと裂いた。

 白い地肌が僅かに見え、そこに遅れて赤い線が走る。


「……見事だ」


 軽やかな笛のような音色と共に、トウモリの杖が緑色の光を放つ。

 防御をする暇もなく、ミイサの体は木の葉のように舞った。

 世界が逆さまになり、意識が落ちる。


(ああ……)


 後悔の欠片も残さない程に、すべてを出し尽くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ