聖職者 ③
トウモリは第五層の『展望』へと行き、モニターの前へと立った。
「スナマユは、もう帰ってきてるようだな」
〈ああ。この雨の中で気配に気づくとは流石だな〉
トウモリは安心して塔の防衛装置を起動させる。
数分後、スナマユが『展望』に上ってくるのと同時に、ゲートからチャイムが鳴らされた。
「シスター・ミイサ。何をしにこの塔へやってきた?」
〈トウモリ様、お久しぶりです〉
ミイサはこの3年で少女から大人の女性へと、見るからに雰囲気が変化していた。
以前は簡単に折れそうだった細い腕にも程よく肉がついており、よく鍛えられていることが伺えた。
〈――あなたに会いに来ました〉
青い瞳がカメラを見つめ、薄いベールの奥の口元には微かに笑みを浮かべている。
「……なに、この女?」
スナマユはその意味深な言葉を聞いて呟いた。
(……そう言えば、スナマユは前回のときは風邪でダウンしていたな)
トウモリは冷や汗をかきながらも、表面上は冷静を装った。
「冗談はいい。随分な大所帯だ、観光というわけではないだろう」
〈…………ないのですが〉
トウモリの素っ気ない態度に、ミイサは聞き取れないほど小さな声で何かを呟いた。
それから、頭を振って小さく息を吐いた。
〈もちろん、塔の攻略にやってきました。今度は個人的な訪問ではなく、『ポクニス聖国』の勅命を受けました〉
「僅か三年で随分と出世したようだな」
〈はい。それもあなたのおかげです〉
ミイサは心底嬉しそうに笑い声を漏らした。
〈この塔を攻略して、あなたをこの塔ごと、わたしの物にしたいと思っています〉
「なに、この女!」
スナマユがその発言に今度こそ声を荒げた。
「……そうか。それは大層な使命だ」
トウモリは冷静に彼女の背後にいる人の姿を観察した。
案の定ハドリーの姿が見えるが、それは一旦置いておく。全員合わせて、大体二十人前後といったところだろうか。
「挑戦の準備ができたら、もう一度ブザーを鳴らして人数と挑戦を宣言してくれ」
〈はい。少々お待ちください〉
〈――ちょっと、いいですか~~~!〉
話の終わりを見計らって、ハドリーが声を掛けてきた。
「ハドリー。なんの用だ?」
〈いえいえ。ちょっと、お話があるので挑戦が終わったあとにでも、お時間いいですか?〉
「……ん。構わないが」
ハドリーにしては珍しい、改まった言い方をトウモリは不思議に思った。
〈あ。精霊教の方たちに期待してないってことはありませんからね。これでも、わたしも応援団なんで〉
「もちろんだ。塔の防衛に成功したあかつきには話をしよう」
トウモリは頷くと通信を切った。
ハドリーの話は気になるが、まずは目の前の戦いに集中したい。
「……さて、恐らく相手は参加上限の20人で来るな」
〈だろうな。ブラザーは初めてだったか?〉
「そうだな」
そもそも、この辺境の砂漠にこの大人数がやってくること自体稀だ。
「……でも、こっちの使える駒も増えるんでしょ?」
スナマユが2人のやり取りを聞いて不安そうな顔をする。
「ああ。戦力はこちらも上限まで引き出せる」
13人から20人の場合、『機械兵』は60体、『精霊機獣』は3体まで配置ができる。
「ただ、人数が増えるということは単純に駒の数が増えるだけじゃない。相手が連携により数の利を最大限に引き出せるなら、こちらも上手く戦力を連携させなければ、一方的な展開になる」
トウモリはそう言いながら、心が高鳴っていることに気付いた。
「……トウモリ、楽しんでるでしょ?」
「そんなことはない」
スナマユに即座に気付かれたあたり、顔にも出ていたらしい。
認めないといけない。
「……ただ、ちょっと期待しているんだ」
♢ ♢ ♢
トウモリの予想通り、ミイサは20人による塔への挑戦を宣言した。
ミイサを先頭に続々と聖職者たちが続々とゲートの前に集まる。
ミイサはフェイスベールを外し、以前とは違う、精霊石の嵌め込まれた細長い鎌のような武器を持っていた。
その背後には、黒い修道服に装飾付きの盾と剣を持った騎士が8人。さらに武器を持たない女性が2人、男性が2人。最後尾には様々な楽器を持った7人の男女がいた。
「なにあれ……?」
「ポニクスの『聖歌隊』だな。話は聞いたことがあるが、実在するとはな」
〈ああ。オレも実物を見るのは初めてだ。かなり迫力があるぜ〉
「グレイムでも初めてなのか」
ポニクスの『聖歌隊』。
周囲を騎士で囲んで守りながら、中央の楽団が奏導術を展開する歴史ある戦術だ。
この部隊の強いところは、複数人前提の大型奏導術を放てるところだ。
難点としてはその難易度の高さがある。
複数人での奏導術は奏でる音や提供されるアイナの質にばらつきが生まれ、精霊の力を借りるのが難しくなる。
場合によっては、個々に奏導術を発動させた方が強いという事態になりかねない。
そういった事故を防ぐため、ポクニスの聖職者の多くは適正が審査され、騎士と楽団に分かれて訓練を行う。楽団に所属した者たちは、さらに各々の適正にあった楽器やボーカルに配属される。
かつて、最大50人規模の『聖歌隊』による奏導術により、ひとつの都市を滅ぼしたという伝説も残っているが真偽は定かではない。
〈――時間だ。ゲートを開ける〉
ミイサたち『聖歌隊』が続々と、ゲートを潜っていく。
対する『機械兵』は60体、ゲート付近にある収納庫の全てが解放された。
『機械兵』は棍棒、槍に加えて、小銃を持ったものがいる。
「……『機械兵』が銃を持ってるの初めて見た」
スナマユの顔に緊張が走る。
「装填されているのはゴム弾だ。13人以上じゃないと装備が解放されないから、私も配置するのは初めてだ」
『機械兵』たちは六人の試練では動きも遅く、早々に倒されてしまううえ、冒険者たちのときのように簡単に脇を通り抜けられてしまう。
しかし、60体も並んでいると流石にそうはいかず、動きの遅さを物量で補うことで挑戦者たちの前に立ち塞がる。
飛び道具を持つ彼らを相手するには、普段は無視されがちな『戦場』に設置された鉄の壁の遮蔽も利用する必要があるだろう。
後衛の『機械兵』たちが銃を構える。
『聖歌隊』の前方で騎士たちが巨大な盾を構えて壁を作る。
ゴム弾を弾き、槍で襲いかかってくる最前線の『機械兵』たちを相手にし始めた。
〈さあ祈祷の時間です。『入祭唱』!〉
スピーカー越しに聞こえる大声。ミイサは叫びながら、鎌を天に掲げた。
それを合図に、『聖歌隊』は演奏を始めた。
荘厳で神秘的な歌声が響き渡り、それを管楽器の旋律がさらに昇華する。
『聖歌隊』の頭上に赤い光が集まり始める。
それらはミイサや騎士たちに降り注ぎ、その体を包み込んだ。
騎士たちの運動能力が飛躍的に増し、重い盾や剣を軽々と振り回し、『機械兵』たちを一気に圧倒し始める。
ミイサも最前線に立ち、鎌をバトンのように回した。
〈『精霊鎮魂歌』『聖なる君のための救憐曲』〉
『聖歌隊』の曲調が一転し、重々しいメロディが奏でられる。
先程は演奏してなかった低音の管楽器も混ざり、一部の楽器に埋め込まれた精霊石が青い光を帯びる。
〈精霊よ、憐みたまえ〉
『指揮者』であるミイサの合図とともに、集まった光が空を舞い、『機械兵』の頭上に無数の巨大な氷の矢が現れ、一斉に降り注ぐ。
『機械兵』たちの体は氷で固められ、銃は使い物にならなくなった。
大気中の水分を利用する奏導術をこれほどの規模で展開するのは、乾燥した砂漠では本来不可能だ。
雨季のこのタイミングを狙ったのは、『機械兵』に有効な青の奏導術を容易く使えるようにするためだった。
やがて、すべての『機械兵』が氷漬けになり、『聖歌隊』の前には巨大な氷の壁ができた。
曲はそこでは終わらない。
周囲の空気をがらりと変えるような転調。
演奏は激しさを増し、幾重にも重なる声が神を賛美する歌詞を、高らかに歌う。
今度は赤の精霊石が光を帯び始める。
思わず聞きほれるような熱唱により、巨大な火球がいくつも生み出されていく。
やがて空中では3つの炎弾が旋回した。
〈精霊よ、憐れみたまえ!〉
ミイサが鎌を振り降ろし、炎が氷ごと『機械兵』たちを包み込む。
『戦場』が灼熱の業火に包まれている。
その炎の大きさはトウモリが展望にまで熱が届くと錯覚するほどだった。
♢ ♢ ♢
「奏導術って……こんなに恐ろしいものなんだ」
スナマユは『聖歌隊』の力を見て息を呑んだ。
「『ライブラリー』の勉強で知ってはいたけど、本当に人殺しの術なんだね」
「それは扱う者次第だ。先日来たヴァルトルーデなら、そういう使い方はしないだろう。これは奏導術に限った話じゃなく、刃物や火薬にも言えることだ」
『機械兵』たちは鉄が溶けて原型を留めておらず、完全に修復不能となっていた。
これにより、ミイサたちは今後の試練において、『機械兵』による背後からの攻撃に怯える必要はなくなった。
「……こんなの、どうやって相手にするの?」
「今の戦いで『聖歌隊』についてある程度分かったこともある」
まずは、『ライブラリー』の資料でも詳しくは書かれていない『指揮者』の存在だ。
この部隊の場合、先頭のミイサがその役割を担っている。
『聖歌隊』の演奏はあくまでも力を出現させるもので、それらの力は『指揮者』が方向を決めることで発揮される。
また、『聖歌隊』の奏導術の攻撃は、シンプルなものが多い。
シンプルな効果でなければ複数人の意志を統一することは難しいこと、数の利を活かす意味でも、威力に比重を置いた方がいいことが理由だろう。
つまり、個人では生み出せないような高威力の炎弾や氷塊を複数生み出して、それを空中にストック、『指揮者』の指示で発射するのが『聖歌隊』の基本的な戦い方と見ていいだろう。
「戦い方さえ分かれば、こちらにも対処のしようはある」
トウモリは少し考えてから、3体の『精霊機獣』を選定、球体から起動させた。