冒険者 ④
辛くも撤退を余儀なくされた冒険者たちは、その夜、外壁近くの一帯を借りてそこで野営を行うことにした。
4人の治療はハドリーが行っていた。
〈――いいのか、ブラザー。混ざらなくて〉
グレイムがカメラ越しに様子を見守るトウモリに言った。
「彼らを完全に信用したわけではない。それに――……」
スナマユは冒険者たちにすっかり溶け込んでいる。
先程まで戦っていたというのに、今では仲間のようにはしゃいでいる。
外の世界を知らないスナマユだが、その真っ直ぐさは気のいい冒険者たちと相性がいいのだろう。
「私が行っても水を差すだけだろう」
〈ねええええぇ! 2人もきなよおおお!〉
スピーカー越しじゃなくても聞こえそうな大きな声で、スナマユが手を振っている。
「……はぁ。人の気も知らず」
トウモリはモニターから離れると、エレベーターに向けて歩き出した。
〈外は寒いぜ。風邪を引かないようにな〉
「ああ、グレイムはいいのか?」
トウモリが振り返ると、グレイムは真っ直ぐモニターを見つめていた。
〈オレは留守番しとくぜ。万が一があっても嫌だからな〉
「彼らに対して、そんな心配は――……」
トウモリはその微動だにしない背中を見て、それ以上の説得を止める。
何となく、グレイムから強い意思を感じたからだ。
「分かった。任せる」
それは長年過ごしたから分かる感覚だったが、グレイムが頑なになる理由については、トウモリにも分からなかった。
♢ ♢ ♢
トウモリはゲートを出て、外壁近くのテントへと足を運んだ。
「……初めまして。塔の番人をしているトウモリという」
「直に会うのは2年ぶりですね。旦那」
ハドリーがそう言ってくれたおかげで、トウモリは感覚が麻痺していることを知った。会ったのはついこの前だと思っていた。
自己紹介を済ませると、スナマユと共に、冒険者たちの話をまずは聞くことにした。
彼らはシレオン王国を出発して、各国を回っている最中だという。
「4人がそれぞれ行きたい場所に回るんだ。外に出る期間は1年半と決めていて、それまでにこの大陸を1周できるようスケジュールを組んでいる」
「塔への訪問はヴァルトルーデの案だよ」
「それなんだけど、塔のことを教えてくれたのはナゼールだったよね?」
ヴァルトルーデは頭部を氷で冷やしながら、長髪の青年の方を見た。
「あれー、そうだっけ?」
「わたしに塔に興味を持たせたのは、自分の行きたいスポットを2カ所回るためだったのね」
「まあまあ、楽しめたようだからいいじゃないか。ちなみに、オレの行きたい場所は『リウギク』のクレーターね」
「クレーター。『隕石X』の聖地か」
トウモリは人気のオカルトスポットの名前を聞いて、ナゼールの趣向を理解した。
「知ってますか。宇宙から来た『隕石X』――なんでも、噂では未知の精霊石だとか……」
「その話はいいって……」
オタク談義を始めようとするナゼールを、エリーズが暗い声で窘めた。
「それより……」
「そうだね」
「「「「この塔の話を聞きたい」」」」
4人が息ピッタリでトウモリに向けて言った。
「……まあ、そうなるよな」
トウモリが逆の立場でも、聞きたいことは山ほどあるだろう。
♢ ♢ ♢
とはいえ、トウモリの話せる内容は、防衛の観点を抜きにしてもそう多くなかった。
肝心の塔の成り立ちや目的に関しての情報は知らないし、『ライブラリー』では表面的な情報しか調べたことがない。
無論、塔の施設、グレイムの発言からトウモリなりの推測はあった。
「おそらく、この塔はノヴァの大国とリウギクが共同、極秘に建てたものだと考えられる。『精霊機獣』のネーミングの元も、リウギクの『十二支』からきている」
トウモリの話を冒険者たちは目を輝かせて聞いた。
その活き活きとした表情を見て、あれだけ強かったこの4人も、まだ20歳にも満たない子どもなのだなとトウモリは実感した。
たっぷり互いのことを話し、その日は外で食事も済ませた。
ナゼールは楽器を弾くのが得意で、食事を終えるとアコースティックギターによる演奏も行ってくれた。
ジェイクやヴァルトルーデも歌を歌い、スナマユも歌を披露した。
トウモリが歌うと空気は一瞬凍ったが、すぐにそれも笑い声で覆われて賑やかな雰囲気に戻った。
♢ ♢ ♢
夜も更け始めた頃、トウモリは野営を後にすることにした。
スナマユはヴァルトルーデの隣で横になって、ウトウトの船を漕いでいた。
ふと、トウモリは思った。
(彼等だったら、スナマユを外の世界で生きていけるようにしてくれるかもしれない……)
トウモリはそう思い、スナマユには声を掛けずゲートを潜った。
「……なんで置いてくの!」
その直後、背後から声がした。
見ると、スナマユが走ってこちらにやってきた。その目はまだ眠そうだ。
「一緒に旅をしたいと思わないのか?」
「……思わないよ!」
スナマユは少し怒っていた。
「まだ、見たいドラマも残ってるし」
「そんな理由か?」
トウモリの呆れた反応に、スナマユは微笑んだ。
「そんな理由だよ。外は物騒だし、身寄りもないぼくには優しくしてくれない国もある」
トウモリが仕入れる外の情報を、スナマユは思った以上にちゃんと確認しているのだと知った。彼女には彼女のプランがあるのかもしれない。
「そうだな。悪かった」
「あの人たちだって、明るいけど、きっと命懸けで旅をしている。まだぼくにその覚悟はできてないよ」
それはスナマユの言う通りだろう。
いくらガイドがいるとはいえ、この砂漠を越えるのは容易ではない。
まして、大陸内の国を回っていくとなると予期せぬトラブルも起こるだろう。
安易に旅に仲間を加わるなんて言えたものではない。
「私が思ってる以上に、よく考えてるんだな」
「トウモリがぼくを子ども扱いしすぎなんだよ」
スナマユは拗ねたように口を尖らせた。
「ふふっ。そうかもな。一緒に寝ないのか?」
「部屋のベッドでいいかなー。明日、挨拶だけする」
「分かった。風邪をひく前に帰ろう」
トウモリとスナマユは、綺麗になった砂の大地を歩きながら空を見上げる。
遥か先の空には無数の星が瞬いている。
「不思議なんだけど、こうやって2人で塔に向かうの初めてじゃない気がする。すごく懐かしい感じがする」
「どうだったかな」
十二年経っても変わらないものがある。
それが悪いことばかりじゃないと、トウモリもそのときばかりは思った。