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第四の予告状

 遊間たちが会議室に駆け付けると、既に数十名の刑事たちが席に着き、彼らの到着を待ち侘びていた。

「三上、原木、(ようや)く来たか。そこに座ってくれ」

 三上と原木の姿を見つけた浅瀬が、二人に声をかける。

 それに続いて、浅瀬の隣に座っていたワンレングスボブの生真面目そうな女性警官が立ち上がり、遊間たちを席へと案内する。

「コンサルタント探偵の皆様方は、どうぞこちらに」

 案内された席に到着すると、遊間は不服そうに顔をしかめた。

「いや、この席は居心地が悪い。他の席も試してみたいんだが……」

「遊間さん、今は我慢してください。後で遊間さんの好きなチョコフレーバーのシガレットを買ってあげますから」

 魔門が必死に(なだ)めすかすと、遊間は渋々席に座った。

「遊間さんたちはともかく、なんであたしまで外野席なんすか……」

 魔門の隣で、咲良も()ねたように口を尖らせる。

 全員が席に着いたことを確認すると、浅瀬は会議室前方の壇上(だんじょう)に上がった。

「えー、諸君。待たせてすまなかった。急遽ここに集まってもらったのは、他でもない山手線の悪魔を名乗る人物から四通目の予告状が届いたからだ」

 浅瀬のその言葉に、事情をまだ知らされていなかったのであろう一部の刑事たちがざわついた。

「これが、犯人から送られてきた予告状の中身である」

 その台詞を合図に、会議室前方のスクリーンに予告状の内容が大きく映し出される。



 警視庁の諸君、高輪門道の事件の謎は解けたかな?

 正直、君たちがここまで無能だとは思わなかったよ。

 いい加減、私の退屈を紛らわせてくれ。

 そろそろ、次のゲームの始まりだ。


 9月11日


 -□+□=六


 に警戒せよ。


 山手線の悪魔



「九月一一日って……明後日じゃないか! 時間がなさすぎる……」

「退屈を紛らわせてくれだと? 舐めやがって」

 映し出された予告状を読んで、刑事たちが次々と感想を口にする。

 そのざわつきが収まるのを待って、浅瀬が口を開く。

「私はこの予告状を、市民の安全を守るために日々活動を続ける我々、警察行政機関への挑戦と見なす。警察の威信をかけて、この予告状の謎を速やかに解き明かし、第四の事件発生を食い止めなければならな……」

「いや、そんなことをしても無駄だ」

 浅瀬の演説に、遊間が水を差す。

「何だと!」

 冷や水を浴びせられた浅瀬は、顔を真っ赤にして遊間を睨みつける。

「だから、()()()()()()()()()()()()と言ったんだ」

 遊間は悪びれる様子もなく、先ほど述べた台詞を淡々と繰り返す。

 室内に緊張した空気が流れる。

「まぁまぁ、いったん落ち着いてください、浅瀬課長。遊間も、なぜ予告状の謎を解くことが無駄だと思うのか、きちんと説明してくれ」

 三上が二人の間に割って入る。

「理由など、述べるまでもなく明白だと思うが?」

 遊間の挑発的な言葉に、事の成り行きを静かに見守っていた刑事たちも次第にざわめきだす。

「お前にとってはそうでも、ここに居る大勢にとってはそうでないんだ」

 三上は周囲の人々に聞こえないよう小声で(さと)した。

「はぁ……仕方がない」

 遊間は浅瀬の立つ壇上に登って、彼を脇へ追いやると、刑事たちの方へ向き直り、口を開いた。

「初めまして。悪魔探偵の遊間大だ。

 今回は刑事部長の紹介で、捜査コンサルタントとして、この事件の捜査に参加することとなった。よろしく」

 遊間が自己紹介を終えると、刑事たちは皆、怪訝そうな表情を浮かべる。

「さて、予告状の謎を解くことが無駄だと言ったのは、それを解いたところで明確な事件の発生場所を特定できるわけではないからだ。

 今までの予告状を振り返ってみても、明らかになったのはせいぜい『渋谷』や『代々木』などの大まかな地名までで、犯行を防ぐに足る情報は得られなかった。それは、この予告状でも同じことだろう」

 遊間のその説明に、刑事たちが数人、無言で頷いた。

「故に、予告状の謎を解くことに労力を割くくらいなら、予告状の差出人を特定するために今までの事件を精査(せいさ)する方が、はるかに成果を期待できる」

「本当は予告状の謎が解けないから、そんな屁理屈をこねくり回して、俺たちを(けむ)()こうとしているんじゃないか?」

 胡散臭(うさんくさ)そうな顔で話を聞いていた刑事の一人が、遊間に向かって野次を飛ばした。

「……目白(めじろ)だ」

「え?」

 ぽつりと何事かを呟いた遊間に、野次を飛ばした刑事は思わず聞き返す。

「このなぞなぞの答えは、目白だと言っている」

「しまった……」

 遊間の表情を見た三上は、すべてが手遅れであることを悟った。

「よろしい。この程度の謎も解けない蒙昧(もうまい)どものために、悪魔的頭脳を持つこの僕が、その解き方を直々に講義してやろう」

「も、蒙昧……?」

 遊間の辛辣な言い様に、その場にいた刑事たちは皆、言葉を失う。

 しかし、遊間は彼らの様子など気にも留めずに、予告状に書かれた『-□+□=六』という数式を壇上のホワイトボードに書き写していく。

 数式を書き終えると、遊間は再び口を開いた。

「予告状に書かれたこの不自然な等式。この等式の謎を解く鍵は、数字の六が漢数字表記されていることと、この(四角い箱)の存在だ」

 遊間はそう言いながら、ホワイトボードに書かれた『□』と『六』の部分を順番に指さしていく。

「まず、この等式を満たす漢数字の組み合わせを考えてみよう。単に等式を成り立たせるだけであれば、その組み合わせは『一、七』、『二、八』、『三、九』……と無数に考えられる。しかし、これらのうち、()の中に収めると、別の漢字を浮かび上がらせる組み合わせが一つだけ存在する。それが何か、分かる者はいるか?」

 刑事たちを見渡して、その問いに答えられる者がいないことを確認すると、遊間はしたり顔で言い放つ。

「それは、『二と八』だ」

 遊間はホワイトボードに書かれた『□』の中に、二と八の漢数字を順番に書き加えていく。

「このように、二を□の中に収めると漢字の『目』に、八を□の中に収めると漢字の『四』になる。出来上がった漢字を順番に読んでいくと『目四六(めしろ)』、即ち『目白』が出来上がるというわけだ」

 刑事たちの一部から、感嘆の声が上がる。

 遊間はそれを聞いて満足そうに頷くと、胸ポケットから電子タバコを取り出して、口元に近づけた。

「き、きみ……庁内は禁煙だぞ」

 一連の遊間の行動に圧倒された浅瀬は、やっとのことでその一言を絞り出す。

「おっと、それは失礼」

 遊間は何事もなかったかのように電子タバコを胸ポケットにしまい込むと、刑事たちの方へ向き直った。

「まぁ、そういうわけで、予告状についてあれこれ考えるのは無駄というわけだ。

 それに僕は今回の事件について、既にある程度の推理を用意できている」

「既に推理できている……だと?」

 浅瀬は目を大きく見開いた。

 警視庁の誇る腕利きの刑事たちが束になっても解決できていないこの難事件を、捜査本部に到着してからものの数時間の余所者に解決されるなど、本来あってはならないことだ。だが……。

「ああ、この程度の事件の推理など、僕にとっては朝食前の暇つぶしにもならない。ご所望なら、今この場でその推理を披露してやっても良いが?」

 遊間の挑発的な態度に、浅瀬は悔しそうに拳を震わせる。

「……良いだろう。その自慢の推理とやらを、是非聞かせてもらおうか」

 浅瀬は壇上から降りると、大きな音を立てながら、勢いよく自分の席に腰掛けた。

 遊間はそれを見届けると、大げさに両手を広げて言った。

「さぁ、()()()()()()()だ」

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