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三人の容疑者

「こちらが、容疑者の二人です」

 原木はレーザーポインターで二枚の顔写真を交互に指し示した後、少し歳の行った男の方にポインターを固定した。

「一人目は大崎(おおさき)(がく)、四十三歳。神田秋葉が所属していたタレント事務所、アムドゥシアス・ミュージックの正社員で、彼女のマネージャーだった男です」

「第一の事件における第一発見者だな?」

「はい。神田とは、彼女が受け取る報酬額などの待遇面をめぐって、最近よく言い争いになっていたという証言があり、動機としては十分。その上、事件前後のアリバイもなく、真っ先に容疑者として候補に上がったのですが……」

「第二の事件が発生し、アリバイができたと」

「はい、事情聴取のため拘留されている最中に予告状が届き、第二の事件が発生。それにより、アリバイが成立し、その日のうちに釈放されました」

 遊間は顎に手を当てながら、低く唸った。

「ちなみに、第三の事件におけるアリバイは?」

「その日は一日中、交代で監視をしていたのですが、特に怪しい素振(そぶ)りを見せることもなく……事件が発生した時も、自宅で過ごしていたようです」

「なるほど。二人目についても説明してもらえるかな」

「承知しました」

 原木はもう一人の顔写真をレーザーポインターで指し示す。

「二人目は浜松(はままつ)万智(まち)、三十一歳。職業、パート店員。目黒有の内縁の妻で、第二の事件の第一発見者です」

「ほう、内縁の妻……か」

「はい。彼女はたびたび目黒から暴力を振るわれていたらしく、さらに最近は、目黒が見知らぬ女と良く一緒に出かけていたという目撃証言もあり、こちらも動機としては十分。事件前後のアリバイもなく、一度は容疑者として候補に上がったのですが……」

「今度は第一の事件発生時にアリバイがあったパターンか」

「はい、その通りです。第一の事件が発生した八月二一日の朝から夕方にかけて、彼女はパート先のスーパーでレジ打ちをしており、彼女の同僚やスーパーの買い物客など、複数人がその様子を目撃していました」

「第三の事件におけるアリバイは、大崎と同様かな?」

「はい。大崎と同じく、彼女にも終日、監視を付けていたのですが、特に怪しい素振りを見せることもなく……事件発生時も、自宅で過ごしていたようです」

「なるほど。これまでの情報を一度まとめてみよう。ついでに、各事件における被害者の死亡推定時刻についても教えてもらえるかな」

 遊間はそう言うと、コートの内ポケットから使い古された蛇革の手帳と意匠(いしょう)の凝らされた高級そうな万年筆を取り出した。



 第一の事件


 被害者:神田秋葉(歌手)

 第一発見者:大崎楽(神田秋葉のマネージャー)


 予告状の届いた日:八月一八日

 遺体の発見日時:八月二一日、午後二時

 遺体の発見場所:渋谷、松濤、被害者宅のバスルーム(ただし、殺害場所はリビングルームと思われる)

 被害者の死亡推定時刻:八月二一日、朝九時から午後二時の間(朝九時頃に知人と電話)



 第二の事件


 被害者:目黒有(投資家)

 第一発見者:浜松万智(目黒の内縁の妻)


 予告状の届いた日:八月二二日

 遺体の発見日時:八月二五日、午後四時

 遺体の発見場所:代々木、被害者宅の寝室

 被害者の死亡推定時刻:八月二五日、正午一二時から午後四時の間(午前中、近隣住民による目黒の目撃証言あり)



 第三の事件


 被害者:高輪門道(飲食店経営者)

 第一発見者:隣人の通報により、現場に駆け付けた警察官


 予告状の届いた日:八月二七日

 遺体の発見日時:八月三〇日、午後七時

 遺体の発見場所:新宿、歌舞伎町、被害者宅のリビング

 被害者の死亡推定時刻:八月三〇日、午後七時



「そして容疑者は、この三人」



 容疑者(その一):大崎楽

 第一の事件のアリバイ:なし

 第二の事件のアリバイ:事件発生時、警察署にて拘留

 第三の事件のアリバイ:終日、警察官らによる監視

 動機:神田秋葉の待遇を巡って、度々彼女と揉めていた


 容疑者(その二):浜松万智

 第一の事件のアリバイ:事件発生時、スーパーにてレジ打ち

 第二の事件のアリバイ:なし

 第三の事件のアリバイ:終日、警察官らによる監視

 動機:目黒有からの暴力、目黒の浮気


 容疑者(その三):大久保新(飲食店店長)

 第一の事件のアリバイ:事件発生時、警察署にて拘留

 第二の事件のアリバイ:なし

 第三の事件のアリバイ:なし。事件発生直前に、バットを持って現場近くをうろついていたとの目撃証言

 動機:高輪門道との間に金銭トラブル



「こうしてまとめてみると、それぞれ別の事件のように見えてきますね」

「予告状さえなければな」

 魔門の何気ない呟きに、遊間が突っ込みを入れる。

「大事なことを聞き忘れていたが、予告状はどのような形で届いたんだ? 郵便か? 電子メールか?」

「電子メールです」

 原木が即座に答える。

「念のため確認しておくが、差出人の特定は?」

「……できていません。メールは『匿名通信システム(Tor)』を利用して送られてきており、サイバー犯罪捜査官によると、送信元の特定は困難だろうと」

「まぁ、そうだろうな」

 遊間が難しい顔をしていると、三上が横から口を挟む。

「この三人が結託(けったく)していたという可能性は?」

「いや、その可能性は低いだろう」

 遊間は三上の考えを一蹴する。

「実際に結託していたのなら、予告状など出さずに、交換殺人などの手段を取る方が合理的だ。被害者との接点を持たない者が実行犯になれば、犯人の身元特定は困難になり、被害者と面識のある者は確実なアリバイを作れる。

 恐らく、彼らに接点はない。そうだろ? 原木くん」

「はい。我々も、彼らの身辺調査は入念におこないましたが、互いに接点があったという証拠は今のところ見つかっておりません」

「となると、これら三つの事件と犯人を結びつけるものは、今のところ予告状のみということになる。

 これはつまり、ミステリ小説で言うところの『失われた繋がり(ミッシング・リンク)を探せ』、という状況なわけだ。面白い」

 遊間は不敵な笑みを浮かべる。

 その横で、魔門が小さく手を挙げて尋ねる。

「あの、ミッシング・リンクって何ですか?」

 遊間の笑みは、たちまち呆れ顔に変わる。

「作家を自称するなら、それくらいは知っておけ。

 良いか? ミッシング・リンクとは、一見無関係に見える物事を結びつける()()()()()()のことだ。

 例えば、そうだな……」

 良い例えが思い浮かばなかったのか、遊間は暫し沈黙し、それから説明を再開する。

「ある日、住む場所も職業も全く異なる複数の人物が、同じ時間、同じ場所で、同じように殺されていたとしよう。この情報だけでは、誰が彼らを殺したのか、なぜ彼らが殺されていたのかは、全く見当がつかない。

 しかし、捜査を進めていくうちに、彼らがとある新興宗教の幹部であることが判明する。すると、その事実がもととなり、犯人はその新興宗教に強い恨みを持つ者だったことが明らかになる。

 この例では『新興宗教の幹部』という、一見しただけでは分からないような要素が()()()()()()()()()()()()()()()()()――即ち、()()()()()()()()()であり、それこそが()()()()()()()()()()()となったわけだ」

 遊間はそこで一度咳払いをして、続ける。

「つまり、表層的な情報だけでは()えにくい、事件と犯人を結び付ける関連性のことを、捜査の現場ではミッシング・リンクと言う。

 そして、このミッシング・リンクという概念はミステリ小説でもよく題材にされていて、代表的な作品として、アガサ・クリスティの『ABC殺人事件』やエラリー・クイーンの『九尾の猫』などがある。作家を自称するなら知っておけと言ったのは、そういうわけだ。

 ちなみに、今回の事件におけるミッシング・リンクは、これら三つの事件と犯人を結びつける、()()()()()()()()ということになる」

「な、なるほど」

「そして、恐らく今回の事件は()()()()()()()()()()()()パターンだろう」

 魔門の相槌を無視して、遊間は推理モードへと移行する。

「ブラウン神父の……童心?」

 魔門が聞き返すと、遊間は得意げに首を縦に振る。

「うむ。ブラウン神父の童心、即ち、()()()()()()()()()ということだ」

「すまない、遊間。出来れば、ここにいる全員が理解できるように説明してくれないか?」

 三上がそう言うと、遊間は少し残念そうに顔を歪めて、それから(おもむろ)に口を開いた。

「『木を隠すなら森の中』という言葉は、推理小説『ブラウン神父の童心』の主人公、ブラウン神父による台詞(せりふ)として有名だが……」

「いや、知らないっす」

 咲良が余計な一言を発する。

「……有名だが! その台詞は、木と森のように()()()()()()()()()()という関係を用いて、『何かを隠すのであれば、それと似た性質をもつ物の集まりのなかに隠すのが良い』ということを表している。そして、犯人が予告状を送ってきた動機も恐らくそれと同じように……」

 遊間はもったいぶるように間をためる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というわけだ」

「『……?』」

 魔門と咲良の脳内に疑問符(クエスチョンマーク)が浮かぶ。

「……つまり予告状の差出人は、自分の殺人の罪を別の誰かへ押し付けるために、()()()()()()()()()()()()()、その中に()()()()()()()()()()()()()()というわけだな」

 その場に居る全員が理解できるように三上が翻訳すると、遊間は満足そうに頷いた。

「でも、仮にそうだとすると、容疑者全員にアリバイがある今の状況はおかしくないっすか?」

 咲良の呟きに、三上らも「確かに」と頷く。

「ああ。だからこそ、近いうちに第四の予告状が犯人から届くはずだ」

 遊間がそう答えると、突如、会議室の扉がガチャリと音を立てて開いた。

「原木さん! ……それと、コンサルタント探偵の皆さん。至急、大会議室にお集まりください。浅瀬課長がお呼びです」

 扉から飛び出してきた若い警察官が、何やら慌てた様子で叫んだ。

「何かあったのでしょうか?」

 原木が怪訝そうに尋ねると、若い警察官は深刻そうな表情をして、こう返答した。

「第四の予告状が届いたそうです」

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