第三の事件
「今度は私にも分かったっすよ!」
スクリーンに映し出された文章を読み終えるや否や、咲良が嬉しそうに声を上げた。
「あの……私にも分かった気がします」
それに続いて、魔門もおずおずと手を上げる。
「それなら、みんなで一斉に答えを言い合ってみるのはどうだ?」
「はぁ? なんでそんな子供じみたことを……」
三上の提案に、遊間が不満そうな声を上げるも、咲良の威勢の良い声がそれを遮った。
「良いっすよ! せーの……」
「『原宿っす!』『新宿だ』『新宿』『新宿……だと思います』」
「『……』」
室内に静寂が訪れる。
「……文句を言っておきながら、結局参加するんじゃないか」
最初に沈黙を破ったのは三上だった。
「うるさい。僕は探偵としての役割を果たしただけだ」
遊間が頬を紅潮させながら答え、その横で、魔門がくすりとほほ笑む。
「遊間さん、負けず嫌いですからね」
「違いない」
「『はははははははは』」
三上と魔門がどっと大声で笑う。
その横で、咲良がぷるぷると体を震わせ始める。
「……ちょーっと、待ってくださいっす! なに、何事もなかったかのように和んだ雰囲気を醸し出しているんすか! 私は原宿って言ったんすよ! なんで原宿じゃなくて新宿なんすか?!」
「触れないでやっていたのに、自分から触れに行くとは」
三上は呆れたように肩をすくめた。
「どうせ、19=じゅく=原宿などという単純な連想で答えたのだろう」
「……うぐぅ」
遊間に図星を突かれて、咲良は言葉を詰まらせる。
「良いだろう。おつむの足りない貴様のために解説してやろう」
「おつむの足りないは余計な一言っす! でも、なんで原宿じゃなくて新宿なのかは気になるので、お願いするっす」
咲良の素直な反応に機嫌を良くしたのか、遊間は満足げに頷き、説明を開始した。
「実を言うと、貴様の『19=じゅく』という発想自体はあながち間違いではない。問題は、山手線には『じゅく』の付く駅名が『新宿』と『原宿』の二駅あることだ」
「そこまでは私と同じ考えっすね。そこで、私は19という数字に注目したんすけど……」
「ほう、面白い。続けてみろ」
遊間が珍しく、他人に主導権を譲る。
「分かりましたっす。まず、日本の鉄道の駅には、日本語に疎い外国人のために、アルファベットと数字の組み合わせで特定の駅を示す駅ナンバリングというものが割り振られているっす。それによると、山手線の新宿駅は『JY17』、原宿駅は『JY19』。つまり、19という数字の割り振られている原宿が答えで間違いないっす!」
咲良は自信ありげに胸を張る。
「で、原木くん。答えは?」
「……新宿です」
「がーん」
白目を剝きながら奇声を発する咲良に、遊間は冷やかな視線を向ける。
「説明を再開しよう。ここで着目すべきは、『10+9=19』という、この等式自体だ。実のところ、この等式の左側は答えが19であれば、1+18でも、2+17でも、何でも良かったのだ。ポイントは、この等式が正しい、即ち『真』であることだ。真の19、しんのじゅく、新宿だ」
「そんなの親父ギャグじゃないっすかー!」
「なぞなぞなんて、大抵そんなものだろう」
遊間は突き放すように答える。
「魔門さんもここまで分かってたっすか?」
咲良が魔門に矛先を転じる。
「私は19という数字からなんとなく……」
「それを聞いて安心したっす」
「え、それってどういう……」
青ざめる魔門を横目に、遊間は原木の方へと向き直った。
「馬鹿二人はさておき、原木くん。新宿で起きた事件について、詳しく聞かせてくれるかな?」
原木は頷くと、いかつい顔をした男の写真を一枚、スクリーンに映し出した。
「三番目の事件も予告の通り、八月三〇日に新宿の歌舞伎町で起こりました。
被害者の名前は高輪門道。二十九歳、男性。表向きの職業は複数のカフェやバーを運営する飲食店経営者ということになっていますが、裏では違法スカウトや特殊詐欺などにも手を染めていた、所謂、半グレと呼ばれる輩です」
続けて、原木は古びたアパートの写真を映し出す。
「事件が発覚したのは、同日、午後七時頃。
新宿、歌舞伎町の外れにあるアパートの住人から、争うような物音と人の呻き声が聞こえるとの通報を受け、警察が駆け付けたところ、高輪が自分の部屋で血を流して倒れているのが発見されました」
「今回も撲殺だな?」
「はい。死因は鈍器で殴られたことによる頭部外傷です。更に今回は、凶器と思われるものが現場に残されていました」
「ほう、それは興味深い。続けたまえ」
「こちらが、その凶器と思われるバットの画像です」
スクリーン上に、土埃で薄汚れた金属バットの画像が表示される。
「事件後、アパートの裏庭に投げ捨てられていたのを現場の警察官が発見したもので、打球部には被害者の血痕も付着しており、こちらが凶器とみてほぼ間違いないと思われます」
「指紋は?」
「残念ながら、持ち手の部分だけ布のようなものできれいに拭き取られた形跡があり、指紋を検出することはできませんでした。ですが、周辺住民への聞き込みから、事件発生の三〇分程前に、ある男がそのバットを持ってアパートの周りをうろついていたことが分かっています」
原木はそう言うと、被害者とは別の男の顔写真を映し出した。
「こちらが、その男です」
高輪と同じくいかつい目をした――しかし、どこかまだ、あどけなさの残る顔つきの男だ。
「彼の名前は大久保新。二十一歳。職業、飲食店の店長……とありますが、実際のところは被害者の使い走りで、高輪を中心とする半グレグループの一員だったようです」
「その男が第一容疑者というわけだな。ちなみに、その男のアリバイは?」
「この事件に関してはありません。
さらに、その後の捜査により、彼が高輪と金銭トラブルを抱えていたことが判明しました」
「それなら、その大久保という男が犯人で決まりじゃないんすか?」
咲良が横から口を挟んだ。
「はい、我々も最初はそう推測していました。ですが、後の調査で、彼には第一の事件においてアリバイがあることが判明したのです」
「ほう。第一の事件におけるアリバイ、ね」
遊間が意外そうな表情を見せる。
「ええ。最初の事件の前日、彼は歌舞伎町でちょっとしたトラブルを起こしており、その日の夜から翌二一日の夕方にかけて、事情聴取のため警察署に拘留されていたんです」
「はは、それは確かに覆しようのないアリバイだ」
遊間は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ちなみに、この事件が予告状とは無関係だという可能性は?」
「その可能性もゼロではないのですが、その日、都内で起こった殺人事件はこの一件だけでして……予告状も三通目を最後に途絶えており、答え合わせの手段がないというのが現状です」
「なるほど……犯人からの予告状も途絶えているということは、事件は今のところ、これで全てということか。
大久保の他に、容疑者は?」
遊間が尋ねると、原木は困ったような表情を見せる。
「動機の面で、他に二人ほど怪しい人物はいるのですが……」
「その二人にもアリバイがあるというわけだな」
「はい、その通りです」
「その二人についても詳しく聞かせてもらおうか」
遊間がそう言うと、原木はこくりと頷いて、歳の離れた男女二人の顔写真をスクリーン上に映し出した。