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第五の予告状

 遊間の勝利宣言に、会議室内はしんと静まり返った。

 反論がないことを確認すると、遊間は魔門たちを引き連れて、会議室の出口へと向かった。

「ま、まだよ!」

 遊間の手がドアノブにかかったところで、浜松が突如、大声を上げた。

「まだ、予告状を送ったのが私だという証拠がないじゃない!」

 遊間は面倒くさそうに振り返る。

「なんだ、そんなことか? それなら、簡単に推理できる。

 今回、犯人は予告状を送るに際し、送信元を隠蔽するために匿名通信システム(Tor)を介してメールを送ってきている。『Tor』というツールを使うこと自体は、そこまで難しいことではない。しかし、匿名性を完全に保った状態で警視庁宛てにメールを送信するには、それなりのセキュリティーに関する知識を要する。そして、その知識を有しているのが、容疑者の中では浜松万智、貴様だけなのだよ」

「そんな、私がセキュリティーに詳しいなんて証拠が何処に……」

 浜松は必死に言葉を紡ぐ。

「目黒有――貴様の彼氏は元システムエンジニアだったな」

「……っ!」

 浜松の顔が真っ赤になる。

「大方、『Tor』を使った匿名メールの送り方も目黒から聞いたのだろう。

 他に何か反論はあるか?」

「う、うああああああ」

 浜松は絶叫する。

「それでも……それでも! 未来予知も! 氷を凶器に使ったトリックも! すべては推測に過ぎないじゃない!」

「流石に往生際が悪過ぎるな……警察諸君、後は任せたぞ」

 遊間が会議室を後にしようとしたその瞬間、会議室の扉が勢いよく開かれた。

「た、大変です。浅瀬課長!」

 扉を開いた警察官が息を切らしながら、浅瀬の元まで駆け寄ってくる。

「な、何事かね?」

 浅瀬が困惑しながら尋ねると、その警察官は胸ポケットから一枚の紙切れを取り出して、報告した。

「新たな予告状が届きました!」

 新たな予告状。

 その予期していなかった展開に、遊間は動揺を見せる。

「あ、新しい予告状だと? そ、そんなはずは……」

「と、とりあえず、その予告状を早く見せたまえ」

 浅瀬は警察官の手から紙切れをむしり取ると、それを机の上に広げた。

 遊間も、すぐさま机の近くまで走り寄る。



 9月13日 18:00


 新大久保+渋谷=新橋

 新橋+大崎=品川

 東京+浜松町=?


 名も無き畜生(けもの)に相応しき 坂を下りてその先の

 地獄の門にて 贄を喰らわん


 山手線の悪魔



「ほら、見なさい! 山手線の悪魔は実在する! 有くんを殺したのは私じゃない!」

 浜松がヒステリックに叫んだ。

「これは一体どういうことかね、遊間くん!」

 浅瀬が声を張り上げると、会議室内に居た全員の視線が一斉に遊間へと注がれた。

「嘘だ、あり得ない。この僕が二度も推理を外すなんて……」

 当の遊間は、自分の推理が外れたショックから、まともに返事もできないくらい動揺しきっていた。

 そんな遊間の様子を見て、浅瀬は軽く舌打ちすると、その場にいる刑事たちに向かって指示を出し始めた。

「この場に居る者は全員、すぐに予告状の解析に取り掛かるんだ!

 それから、そこに居る容疑者四人は留置場に拘留! まだ容疑は晴れていないからな!」

「はい!」

 刑事たちは威勢よく返事をすると、急いで作業に取り掛かる。

 三上、咲良、原木の三人も遊間を一瞥してから、刑事たちの輪に加わっていく。

 一人残された遊間は、ただただ呆然と会議室の天井を眺めていた。

 そんな遊間に声を掛けようと、魔門は近づいていく。

 しかし、魔門が声を掛ける前に、遊間は会議室の外へと走り出してしまった。

「あ、遊間さん、何処へ行くんですか?!」

 魔門は追いかけようとするも、三上が鋭い声でそれを制止する。

「今は放っておけ!」

「でも……」

「犯行予告時刻は今日の夕方だ。予告状の謎を解くのに、今は少しでも人手が欲しい」

「それなら……」

 と、魔門は反論しようとするが、三上は無言で首を横に振る。

「ああなった遊間は、暫く使い物にならない。放っておくより他はない……」

 魔門はがっくりと肩を落とし、それからゆっくりとした足取りで刑事たちの輪へ加わっていった。


   ***


 予告状が到着してから早一時間。

 予告状の謎解きは行き詰まっていた。

「いったん、これまでの推理を整理しよう」

 三上が提案すると、その場に居た者全員が頷いた。

「まず、冒頭に書かれた日付と時刻。これは、犯行予告日時とみて間違いないだろう」

 三上は続ける。

「次に、山手線の駅名が書かれた三つの式について」

 三上はそう言うと、ホワイトボードに書かれた三つの等式を指さした。



 新大久保+渋谷=新橋

 新橋+大崎=品川

 東京+浜松町=?



「単純に考えれば、上二つの式を満たす何等かの法則を明らかにし、その法則を最後の式に適用して答えを導き出すタイプの典型的な謎解きだと考えられる。そして、これらの単語から連想できる数値について、リストアップしたものがこれになるのだが……」

 三上は、ホワイトボードの別の個所を指さす。



 (×)駅ナンバリング:新大久保(JY16)+渋谷(JY20)=新橋(JY29)

 (×)文字数:新大久保(4)+渋谷(2)=新橋(2)

 (×)ひらがなの文字数:しんおおくぼ(6)+しぶや(3)=しんばし(4)

 (×)ローマ字の文字数:Shin-Okubo(10)+Shibuya(7)=Shinagawa(9) 

 (×)画数:新大久保(28)+渋谷(18)=新橋(29)

 (×)ひらがなの画数:しんおおくぼ(19)+しぶや(10)=しんばし(10)

 (×)カタカナの画数:シンオオクボ(19)+シブヤ(9)=シンバシ(12)

 (×)ローマ字の画数:Shin-Okubo(17)+Shibuya(13)=Shinagawa(19) 

 (×)ローマ字の画数(大文字):SHIN-OKUBO(20)+SHIBUYA(17)=SHINAGAWA(26) 

 (×)ローマ字の画数(小文字):shin-okubo(17)+shibuya(13)=shinagawa(19)  



「どれも該当せず、か……」

 浅瀬が唸り声を上げた。

「その下にある『名も無き畜生に相応しき……』という文章も気になりますね。

 何処か、場所を表しているようにも見えるのですが」

 原木が横から口を挟む。

「現時点では何とも言えないな。

 等式の謎を解けば、意味が分かるようになるのか、あるいは、この文が等式の謎を解く上でのヒントになっているのか。

 名も無き畜生、と言えば『吾輩は猫である』が思い浮かぶが……」

 三上は有名な長編小説のタイトルを口に出す。

「『名前はまだない』ですか。確かに、名も無き畜生には当てはまりそうですが……」

 三上と原木が頭を悩ませていると、魔門がおずおずと口を開いた。

「あの、吾輩は猫であると言えば、『猫の家』と呼ばれる夏目漱石(なつめそうせき)が昔住んでいた場所が文京区(ぶんきょうく)向ヶ丘(むこうがおか)辺りにありましたよね。山手線で言うと、駒込(こまごめ)駅が近いでしょうか?」

「猫の家ですか。今、調べます」

 原木はスマートフォンを取り出し、地図アプリを開く。

「猫の家、猫の家……夏目漱石旧居跡(きゅうきょあと)のことですね。今はN*医科大学同窓会館の敷地になっているようですが……。

 駒込駅からは歩いて約三〇分。近いと言えば近いですね。

 この近くに坂は……あ、ありました。

 北と南に二つ。北は『解剖坂』、南は『根津裏門坂』。

 もしかすると、この二つの坂、どちらかのことを指しているのかもしれませんね」

 原木のその言葉に、三上が首を横に振る。

「いや、短絡的に答えを出してしまうのは不味い気がする。

 そもそも、『名も無き畜生』という言葉が本当に『吾輩は猫である』の『猫』のことを指しているのか、それとも別の獣のことを指しているのか、現時点では断定出来ない。『名も無き畜生』という言葉自体も、セットで考えて良いものか、それとも『名も無き』と『畜生』とで、それぞれ別の意味を持っているのか。

 いずれにしても、等式の謎とセットで解かない限りは、この文章の意味もはっきりとは分からないだろうな」

 三上がそう言うと、会議室内に何度目か分からない沈黙が訪れた。

「あの……」

 魔門が再び口を開く。

「やっぱり、遊間さんを連れ戻してきた方が良いような……」

 魔門の提案に、三上は眉を(ひそ)める。

「しかし、ああなってしまった遊間は……」

「それなら」

 と、魔門が三上の言葉を遮る。

「私が何とかして遊間さんを連れ戻してきます。だって私は……遊間さんの()()ですから!」

 魔門の燃えるような瞳を見て、三上は小さくため息を吐くと、魔門の目を見つめ返して言った。

「分かった。遊間を頼むぞ!」

「はい、任せてください!」

 魔門は威勢よく返事をすると、会議室の外へと飛び出していった。

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