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解答

 九月一三日。午前一〇時。

 警視庁、『山手線沿い連続殺人事件』捜査本部、大会議室。

 遊間の招集により、浅瀬、原木をはじめとした捜査本部の面々と、三上、咲良、魔門、そして事件の容疑者である大崎、浜松、大久保、上野らが一同に会した。

「これから一体、何が始まるってんだ?」

「さぁ?」

 浅瀬から何も聞かされずに集められた刑事たちは、互いに顔を見合わせながら、困惑の色を浮かべていた。

 すると突然、会議室前方の扉から、鹿撃ち帽子と黒いインバネスコートを身にまとった遊間が意気揚々と姿を現した。

「待たせたな、諸君。今日集まってもらったのは他でもない、『山手線沿い連続殺人事件』を企てた張本人、『山手線の悪魔』の正体を、今、この場で明らかにするためだ」

 思いも寄らない人物の登場に、一部の刑事たちは動揺し、またある者は不満の声を上げる。

「この()(およ)んで何を言っているんだ! 事件は既に解決しているんだぞ!」

「そうだそうだ! 今さら、お前の助けなんて必要ない!」

 そんな刑事たちの野次に怯むことなく、遊間は彼らを挑発し返す。

「たまたまアリバイのなかった者を捕まえて、それで事件解決とは、また随分と甘い仕事をしているではないか」

「なんだと!」

 刑事たちが言い返そうとすると、浅瀬がそれを遮った。

「まあまあ、言い争いはそれくらいにしたまえ」

 浅瀬の言葉に、刑事たちは皆、口を(つぐ)む。

「それで、そこまで大見得を切ったからには、この場に居る全員が納得するような答えを用意しているのだろうな?」

 浅瀬の問いかけに、遊間は余裕の笑みを浮かべて答える。

「ああ、必ずや諸君らの期待に応えてみせよう」

 その自信たっぷりな態度に、浅瀬はふんと鼻を鳴らすと、一番前の席に腰を下ろした。

「さて、僕の華麗なる推理を披露するその前に……今回の事件の容疑者たち、大崎楽、浜松万智、大久保新、日暮里美の四名は揃っているかな?」

 遊間はそう言うと、会議室の隅の方にちらりと視線を送った。

 その視線の先――出入口から離れたところの壁際に、複数の警察官らに取り囲まれるような形で、事件の容疑者たちが一列に立たされていた。

 皆、これから何が起こるのか、不安そうな目で遊間の顔を見つめている。

「おい、俺の容疑は晴れたんじゃねーのか? どういうことだ!」

 その中の一人、大久保新が遊間に向かって声を荒げた。

 遊間はその訴えを無視して、彼らを取り囲む警察官たちに指示を出す。

「うん、特に問題はなさそうだな。きみたち、僕の推理に邪魔が入らぬよう、四人の監視をしっかりと頼むよ」

 警官たちは無言で頷いた。

「無視すんな、ゴルァ」

 大久保の怒鳴り声が、会議室に虚しく響き渡る。

 遊間はそれも無視して語り始めた。

「それでは、結論から始めよう。『山手線沿い連続殺人事件』と呼ばれる今回の一連の事件の真犯人。

 それは、そこにいる()()()()だ」


   ***


「四人全員が犯人だって?!」

 会議室に居た者たちが――遊間たちを除いて――驚きの声を上げる。

「まぁ、驚くのも無理はない」

 刑事たちの反応に、遊間は満足そうに頷くと、説明を再開する。

「そもそもの話、今回起こった四つの事件は、それぞれが独立した別の事件だったのだ。

 それを、『山手線の悪魔』という存在が、あたかも一つの連続殺人事件であるかのように見せかけていた――というのが、今回の一連の事件の真相だ。

 そして、それぞれを独立した別の事件として捉えられるようになると、他の事件でのアリバイの有無を考慮に入れる必要がなくなり、各事件の犯人は、被害者を殺害する動機があり、かつその事件におけるアリバイのない者であるという、ごく当たり前の仮説が成立するようになる。

 つまり、第一の事件の犯人は神田秋葉のマネージャーである大崎楽、第二の事件の犯人は目黒有の内縁の妻である浜松万智、第三の事件の犯人は高輪門道の舎弟である大久保新、第四の事件の犯人は上野恵の家政婦である日暮里美ということになる」

 遊間は得意げに語るも、その突拍子もない結論に、刑事らは皆、ぽかんと口を開けている。

「い、いや、ちょっと待ってくれ。四人全員が犯人だということは、『山手線の悪魔』は彼らが協力して創り上げた架空の連続殺人鬼だということか? しかし、我々の捜査では、彼らには何の接点もないと……」

 浅瀬が少し混乱した様子で尋ねる。

「ああ、その通りだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。仮に何らかの方法で、接点のあった証拠を残さずに協力関係を構築できたとしても、犯人として逮捕される生贄役(スケープゴート)には何の利益も発生しない」

「だとしたら、『山手線の悪魔』は一体誰が……」

 室内がざわつくのを、遊間は人差し指を口の前に立てて「しっ」と鎮めると、説明を続けた。

「『山手線の悪魔』を創り出したのは、あくまで彼らのうちの一人だ。

 そいつのことを、ここでは仮に『黒幕』とでも呼ぶとしよう。

 その黒幕は、予告状を巧みに使うことによって、()()()()()()()()()()()()()()複数の事件の中に、自身の殺人の計画を紛れ込ませたのだ」

「既に起こることが確定していた……だと? それではまるで、その黒幕とやらは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのようではないか……はっ!」

 『山手線の悪魔』を生み出した魔術の正体に気付いた浅瀬が、驚きの声を上げる。

「そう、その通り。『山手線の悪魔』を創り上げた魔術――それは、すべての事件が単独犯によるものだと思い込んでいたために、真っ先にその可能性を除外してしまったもの――即ち、『未来予知』だ」

 遊間が仰々しく人差し指を立て、決めポーズを取ると、会議室内にどよめきが起こった。

「な、なるほど。いや、しかし、きみたちの捜索では、魔術や魔道具を使用した痕跡は見つからなかったと聞いているが……」

 浅瀬が冷静になってそう指摘すると、遊間は真剣な顔をして浅瀬の方へ向き直った。

「そう、まさにそれこそが今回の事件における一番の謎だったのだよ。

 この精度で『未来予知』をおこなうには、それなりに強力な魔術か魔道具の使用が必要になる。しかし、僕たちがいくら殺人現場や容疑者たちの自宅を捜索しても、それらの力を使用した痕跡は見つからなかった。

 それは何故か」

 ふっと自嘲するような笑みを遊間は浮かべた。

「分かってしまえば簡単なことだ。今回の事件の中で、黒幕は魔術や魔道具を一切使っていなかったのだよ」

「魔術や魔道具を一切使っていなかっただと?!

 しかし、そうだとすると黒幕は一体どうやって『未来予知』を……?』

 浅瀬が尋ねると、遊間は胸ポケットから一枚の紙切れを取り出した。

「魔術や魔道具を使わずに未来予知をしたトリックの正体は()()だ。

 黒幕は、どこかの魔術師組織が発行した、()()『未来新聞』――つまり、『未来予知』の魔術によって得られた情報を()()()()()()()()()()()()()――を取り寄せて、未来で起こる事件の情報を仕入れていたのだ。

 だから、魔術や魔道具を使用した痕跡が現場からは一切検出されなかったわけだ」

「『未来新聞』、だと……?」

 紙切れを手に取って呆然とする浅瀬をよそに、遊間は他にも数枚のコピー用紙を取り出して、それらを目の前のテーブルの上に並べていった。

「これらは、黒幕の自宅の郵便受けに入っていたものを複写(コピー)したものだ」

 遊間が机の上に並べた用紙には、「イポス新聞」というタイトルと共に、見たことも聞いたこともない事件のことを報じる様々な見出しが並んでおり、さらに、発行日の欄には一〇月一三日――即ち、未来の日付が記されていた。

「信じられない……まさか、市中にこんな代物が出回っているなんて……」

 浅瀬はそう呟いてから、新聞社の名前を確認する。

 発行元の欄には、小さな文字で「アンリマユ教団」とだけ書かれている。

 その名前に浅瀬は見覚えがあった。

 かつて、浅瀬が捜査の指揮を執り、そして結局未解決のまま捜査本部を解体することとなった連続殺人事件。浅瀬が捜査六課に左遷されるきっかけとなった、あの忌まわしき事件。

 あの事件の黒幕として、捜査線上に浮かんできた組織の名が、まさにこの「アンリマユ教団」であった。

 結局、その事件では証拠不十分で捜査対象から外れることとなったのだが、まさか、その名前をここで見ることになるとは、浅瀬にも予想できなかった。

「つまり、この新聞を購読していた者が『山手線の悪魔』を生み出した黒幕というわけか?」

 浅瀬が問いかけると、遊間は「その通りだ」と頷いた。

「だとすると、いったい誰なんだ?! この新聞を取り寄せていたのは!」

 浅瀬が答えを急かすと、遊間はそれを揶揄(からか)うようにふっと笑った。

「僕が答えを言わなくても、誰が『山手線の悪魔』かを推理するのに必要な証拠はとっくに出揃っているのだが……」

 しかし、警視庁の刑事らは口を(つぐ)み続ける。

「誰も答えられないか。仕方ない。この僕が、直々に黒幕を指名してやろう」

 遊間は愉快そうにパチンと指を鳴らす。

「『山手線の悪魔』を生み出し、四つの独立した事件を一つの連続殺人事件に仕立て上げた黒幕の正体。

 それは、『未来新聞』を購入していた目黒有の内縁の妻で、第二の事件の実行犯――つまり、浜松万智、貴様だ」


   ***


 室内全員の視線が、一斉に浜松万智へと向けられる。

 『山手線の悪魔』を創り出した黒幕として、突如疑いをかけられた浜松万智は、声を震わせながら反論する。

「そ、そんな新聞、私、見たことありません。それが私の家の郵便受けから見つかっただなんて……そんなのでたらめです」

「あくまで白を切るというのか。見苦しいな。証拠なら、ここにあるというのに」

 遊間はそう言うと、胸ポケットから数枚の写真を取り出し、それらをテーブルの上に並べてみせた。

 写真には、郵便受けから『未来新聞』を取り出して、それを屋内へと持ち帰る浜松の姿が収まっていた。

「こ、こんな写真、捏造に決まっているじゃない! そもそも、これが未来の出来事について書かれた新聞だなんて、そんな馬鹿げた話、誰が信じるのよ!」

 浜松が声を荒げて主張すると、刑事の何人かも、それに同意して頷いた。

 やれやれ、と遊間は肩を(すく)める。

「確かに貴様の言う通り、これが本当に未来の出来事について書かれた新聞かどうかは、一か月待たなければ証明できない。

 しかし、貴様が黒幕であることを推理できたのと同じ理屈で、この『未来新聞』が本物であることもまた推理できるのだよ。

 その理由を今から説明してやろう」

 遊間はそう言うと、会議室前方のホワイトボードの前に立った。

「さて、これが本当に未来の出来事について書かれた新聞であること。

 そして、この新聞の所有者が浜松万智であること。

 これら二つの事実は、ある一つの事実から推測することができる」

 それは、と遊間は続ける。

「浜松、貴様の内縁の夫である目黒有が、類稀(たぐいまれ)なる幸運の持ち主だったという事実からだ」

「幸運? 何の話をしているんです?」

 遊間の言葉に、浜松が小馬鹿にしたかのような笑みを浮かべる。

 遊間はその挑発を無視して淡々と続ける。

「聞いたところによると、目黒は生前、月数千万円をコンスタントに稼ぐデイトレーダーだったとか」

「え、ええ。それがどうかしたのですか?」

 浜松が怪訝な表情を浮かべる。

「一般的に、株式で安定した収益を得るには、年に数パーセント程度の小さな運用利益を目標とし、ローリスクで配当利回りの高い株を長期運用するのが正攻法とされている。それも、ある程度の資産を保有していることが前提で、仮に億単位の資産を持っていたとしても、得られる利益は年に数千万円程度がせいぜいなのだ。

 もちろん、数百万円の資金を元手にハイリスク・ハイリターンの株式に手を出して、大きく稼ぐことも可能ではある。しかし、リスクを取れば取るほど、投資した資金を失う確率も高くなる」

 遊間は続ける。 

「しかし、目黒は数百万円の資金を元手に株式取引を始め、それから二、三年ほどで月数千万円を安定して稼ぐようになったというではないか。余程、幸運だったのか……あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()()()としか考えられない」

 つまり、と遊間は結論を導く。

「元々『未来新聞』を取り寄せて悪用していたのは目黒有で、その新聞の存在をたまたま知った貴様は、未来の情報を利用して『山手線の悪魔』を創り出す計画を思いつき、それを実行に移した。

 そうだろう? 浜松万智」

 遊間の問いかけに、浜松はぐっと唇を噛んだ。

「そ、そんなの、たまたま有くんの運が良かっただけかもしれないじゃない!

 それに、それぞれの事件の犯人が私たちだという証拠はあるんですか?!」

 浜松の往生際の悪さに、遊間も呆れて、ふんと鼻を鳴らした。

「犯人は『山手線の悪魔』一人だという前提が崩れれば、きみたち以外に怪しい人物はいないのだが……」

 それでも、と浜松は食い下がる。

「決定的な証拠がないじゃない! 三つ目の事件と四つ目の事件はまだしも、最初の事件と有くんの事件については、凶器すら見つかっていないという話じゃないですか!」

「それは情報の更新(アップデート)がされていないだけだ。

 原木くん。ここ数日の調査で明らかになった新しい事実をここで発表してくれたまえ」

「はい、承知しました」

 原木は威勢よく返事をすると、いくつかの袋を抱えて壇上に上がった。

「まず、こちらは神田秋葉さんの自宅の庭園から発見された、壺の一部と思われる欠片です」

 原木はそう言うと、粉々に砕けた壺の一部らしき、角の尖った大量の破片を袋から取り出した。

「鑑識に調べさせたところ、これらの破片の一部から神田秋葉さんの血痕と大崎楽さんの指紋が検出されました。恐らく、これが第一の事件で使用された凶器かと思われます」

「待ってください」

 それまで黙って話を聞いていた大崎が、横から口を挟んだ。

「私は秋葉のマネージャーとして普段から彼女の家に出入りしていました。

 その破片にも見覚えがあります。秋葉がタイへ旅行に行った際、気に入って購入したもので、割れて破片になってしまう前の完璧な状態の壺も、手に取って眺めたことがあります。その破片に私の指紋が付着していても、特に不自然ではないと思うのですが……」

 大崎は、壮年の男性らしく落ち着いた口調で反論する。

「それに、動機に関しても、会社が彼女に支払う報酬額について彼女と言い争いになったという事実はありますが、それは、本質的には彼女と会社間で解決すべき問題であって、私個人には彼女を殺害する理由がありません。凶器と思われる壺から指紋が検出されただけで私を犯人扱いするのは気が早いのではないでしょうか」

 大崎の堂々とした主張にも、遊間は動じることなく答える。

「美術品の壺を――増してや他人の所有物を素手で手に取ることが自然かどうか、僕には判断付かないが……動機についてのその主張が間違っていることだけは、僕にも断言できる。三上、説明を」

 遊間に呼ばれて、三上は壇上に登る。

「はぁ、余り目立ちたくはないんだが……」

 三上は(ひと)()ち、それから、前を向いて口を開いた。

「彼――遊間のサポート役として同行しました、M**県警、神落警察署の三上です」

 三上は簡単に自己紹介を済ませると、早速説明を開始する。

「結論から申し上げます。大崎楽さんが神田秋葉さんを殺害した理由、それは報酬に関する揉め事そのものではなく、その言い争いの中で秋葉さんが大崎さんに向けて放った暴言にあったと思われます」

 三上はそう言うと、大崎の目を見て続けた。

「大崎秋楽(あきら)。この名前をあなたは当然ご存知ですね?」

 その名前を耳にした瞬間、大崎の顔がぐっと強張(こわば)った。

「……当たり前だ。自分の娘の名前を忘れる親が何処に居る」

()()は、秋葉さんが収録に良く利用していたレコーディングスタジオのスタッフから話を聞き、それを録音したものです」

 三上はそう言うと、胸ポケットからボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。


『壁越しではっきりとは聞こえなかったのですが……「気持ち悪い」とか、「一緒にしないで」とか。あと、アキナだか、アキラだか、人の名前のような単語も聞こえてきたと思います』


 三上の再生した音声には、「アキラ」という人物名とともに他にもいくつかの罵倒の言葉が収録されていた。

「ここからは私の推測になるのですが、大崎さん、あなたは秋葉さんとの口論の最中、度々、亡くなった娘さんに関する罵倒を彼女から浴びせられていたのではないでしょうか? そして、事件のあった八月二一日の午後、とうとう我慢の限界に達したあなたは、近くにあった壺を咄嗟に手に取り、彼女の後頭部目掛けて振り下ろしてしまった。違いますか?」

 三上がそう問いかけると、大崎はぐしゃりと顔を歪め、そして全てを諦めたかのように顔を手で覆った。

「あの女……あの女がいけないんだ。あの女が秋楽のことを、『運も才能もない、神に見放された女』だとか、『何者にも成れずに死んだ、哀れな女』だと馬鹿にするから……。秋楽はあんな女より、よっぽど音楽を愛していて、才能もあったのに……」

 大崎は大粒の涙を流しながら、膝をついた。

 そんな大崎を横目に、大久保が一歩前へ出て口を開いた。

「待て待て待て。そこのおっさんの事情は知らねぇが、動機の話をするなら、俺こそ高輪さんを殺す理由なんてないぜ?

 確かに俺は、高輪さんから多額の借金を負っていた。だけど、それは妹の怪我の治療費を肩代わりしてもらったものであって、俺にとって高輪さんは妹の命の恩人だ。間違っても、殺していいと思えるような相手じゃない。分かるだろ?」

「その妹というのは、貴様と同じ孤児院出身の大塚(おおつか)(みやこ)のことで合っているか?」

 遊間が女性の名前を出すと、大久保の顔が一瞬凍り付いたかのように動かなくなった。

「あ、ああ、そうだが……何故、お前がその名前を知っている」

「入ってきたまえ」

 遊間が合図すると、会議室後方の扉が開き、そこから車椅子に乗ったか細い女性が、警官に押されながら入ってきた。

「み、京……」

 大久保から京と呼ばれた女性は、自力で車椅子を動かし、大久保の前まで行くと、手を上に伸ばして、大久保の頬を勢いよく(はた)いた。

「何でこんなことしたの! この馬鹿!」

 彼女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

「だって、だってよぉ……」

 大久保も堪らず大声を上げて泣き崩れる。

 ひとしきり泣き終えると、彼女は大久保に向かって優しく微笑みかけた。

「探偵さんたちにはすべて話しました。

 あたし、何年でも待ってるから、ちゃんと罪を償って、それからやり直そうね」

「ああ……ああ……」

 大久保は母の言うことを聞く子供のように、素直に頷いた。

「い、一体どういうことなのかね、遊間くん。説明したまえ」

 浅瀬が困惑した様子で尋ねると、遊間は面倒くさそうに魔門の方を見やり、顎をしゃくって説明を促した。

 魔門は小さくため息を吐くと、それから一歩前へ出て、口を開いた。

「三上さんと同じく、遊間さんのお守や……サポート役として同行した魔門と申します」

 魔門はそう名乗ると、続けて車椅子に乗った女性を手で指し示した。

「そして、彼女は大塚京さん。大久保さんと同じ孤児院の出身で、彼が度々()と言っていたのは彼女のことです」

 魔門の紹介に合わせて、大塚は一礼する。

「彼女は三年前、とある半グレ集団同士の抗争に巻き込まれ、命の危機に瀕するほどの大怪我を負いました。

 それから二年半近く、ずっと昏睡状態で都内の病院に入院していたのですが、つい三か月前、奇跡的に目を覚まし、その後、一か月ほどで大久保さんと面会できるまでに回復しました。そのこと自体はとても喜ばしいことだったのですが……」

 魔門はそこで言葉を区切ると、一呼吸置いてから、説明を再開した。

「その面会の中で、大久保さんは彼女からある事実を知らされ、そのことがきっかけで犯行へと至ってしまったのです」

「まさか、その事実というのは……」

 浅瀬がごくりと唾を飲んだ。

「はい。抗争していた二つの半グレ集団のうち、片方のトップが高輪門道で、彼女に怪我を負わせた張本人が彼とその部下たちだったんです。

 高輪は、京さんの意識がないことを良いことに、彼女に怪我を負わせた罪を敵対していた組織に擦り付け、さらに、彼女の入院費を貸し出すことで、大久保さんに恩を売り、彼を良いように利用していたのです。

 その事実を知った後の、彼の行動はもう推測できますね?」

「……」

 浅瀬を含め、その場にいた全員が沈黙する。

 大塚から愛情のこもった平手打ちを受けた大久保は、既に反論する気力を失っていた。

 遊間は口を開く。

「さて、残るは第二・第四の事件、それぞれの犯人の証明だが……日暮里美、貴様も今のうちに自首しておいた方が良い。

 貴様については、被害者の亡き夫と不倫していたという事実に加え、凶器と思われるポールハンガーに指紋が残されていたことから、動機と証拠、両方の面で最早否定しようがない」

 日暮はそれを聞いて、黙って項垂(うなだ)れる。

「反論はないな? ……それで良い。

 後は、浜松よ、貴様が第二の事件の犯人であることを証明するだけなのだが……」

 遊間は浜松の方へと向き直る。

 対する浜松は、無言で遊間を睨みつける。

「原木くん、例のあれを」

「はい」

 遊間に呼ばれた原木は複数のファイルと袋を抱えて、再び壇上へと登る。

「これらは、八月一九日から二五日まで――即ち、第二の事件が起きる一週間前から事件当日までの間に、浜松万智さんが購入したものを洗い出したリストです」

 原木はファイルから領収書のコピーと購入品をまとめたリストを取り出すと、それぞれを机の上に並べて続けた。

「そして、これは一昨日、九月一一日に目黒さんのご自宅――今は浜松さんのご自宅ですが――を捜索して、見つけ出すことの出来た購入品のリストです」

 原木はもう一枚リストを取り出して、購入品をまとめたリストの隣に並べた。

 二つのリストを指さしながら、原木は続ける。

「これらのリストを見比べると、見つけられなかった物の殆どが、食料品や化粧品といった消耗品であることが分かります。ただし、一つの例外を除いては、ですが……」

 原木はそう言うと、袋から一枚の布切れを取り出し、それを壇上で広げて見せた。

「その例外とは、こちらのタオルです」

 そのタオルを目にした瞬間、浜松の顔に当惑の色が浮かんだ。

「こちらのタオルは、見つけ出せなかったタオルそのものではなく、領収書をもとに浜松さんが購入したものと同じ製品を、同じ店舗から購入したものです。

 では、浜松さんの購入したタオルは何処へ消えたのか。その答えもまた、この袋の中にあります」

 原木は再び袋の中をまさぐり、口がしっかりと結ばれた黒い小さなビニール袋を取り出した。

 そして、その結び目を慎重に(ほど)いていくと、袋の中から何かの燃え殻が姿を現した。

「見つからなかったタオルの成れの果て。それが、この燃え殻です」

 原木は手袋を装着し、丁寧に燃え殻を拾い上げると、説明を再開する。

「この燃え殻は、彼女の自宅の庭で発見されたもので、鑑識に回したところ、繊維の成分がこのタオルと同じであることから、彼女が事件の数日前に購入したタオルであることが分かりました。また、()()しの部分からは被害者の血液が検出されており、さらに、事件当日、彼女の自宅の庭から煙が上がっていたのを近所の住人が目撃しています。

 つまり、彼女はこのタオルを何らかの手段で凶器へと仕立て上げ、犯行を終えた後に焼却することで証拠隠滅を図ったと考えられます」

「その何らかの手段とは一体何なのかね?」

 浅瀬が先を促すと、遊間が割って入った。

「それは、目黒の死体が発見された場所から推測することができる」

「目黒の死体発見現場と言えば……浴室かね?」

 浅瀬は遊間の方へと向き直る。

「しかし、目黒が浴室で殺されたことと、彼を殺した凶器の正体に一体どのような関係が……」

 浅瀬が考えあぐねていると、魔門の隣でそのやり取りを聞いていた咲良が唐突に声を上げた。

「もしかして、()っすか?!」

「正解だ」

 遊間は咲良の方を指さし、ふっと笑う。

「何処にでも売っているような普通のタオルを殺人の凶器へと仕立て上げたもの、それは()だ。

 彼女は予め作っておいた氷をタオルにぎっしりと詰め込むことによって、それを()()()()()()()へと仕立て上げたのだ」

「浴室での殺害を企てたのは、まさか……」

 浅瀬が遊間の顔を見つめると、遊間は大きく頷いた。

「ああ。目黒を殺害した後で、シャワーで温水でも当てておけば、警察が到着する頃には氷もすっかり溶け切っているはずだ。

 さらにタオルも庭で燃やしておけば、目黒の殺害に使用された凶器は何も残らない。古典的なトリックだ」

 浜松の顔が見る見るうちに青ざめていく。

「というわけで、まとめると……」

 遊間はいつになく上機嫌な足取りで、容疑者たちの方へと歩いていく。

「四つの事件は()()()()()()()()()()()()で、犯人は()()()()()()()()()()()()()

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、()()()()()()()()()()()()()()

 ――証明完了(チェックメイト)だ」

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