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浅瀬警部の憂鬱

 ――九月九日、午後一時。

 ――警視庁本部庁舎、六階、捜査第六課、課長室。


「悪魔探偵……オカルト事件専門の捜査コンサルタントだと? くだらない。さっさと追い返してしまえ」

 浅瀬(あさせ)は報告に来た部下の男を一蹴した。

「しかし、刑事部長直々のご紹介でして」

 男は困ったように目を伏せる。

 そんな部下の気まずそうな表情を見て、浅瀬は強く頭を掻きむしる。

「ちっ……仕方ない、通せ」

「はっ」

 部下の姿が見えなくなると、浅瀬は深くため息を吐いた。

 警視庁、刑事部、捜査第六課――通称、オカルト事件対策六課。表向き存在しないことになっているその組織に浅瀬が異動を命じられたのは、今年の春の出来事であった。それまでキャリア組の幹部候補生として順調にエリート警察官としての道を歩いてきた浅瀬にとって、出世ルートから外れた変人ばかりが集うと噂される捜査第六課に配属されたことは、屈辱以外の何物でもなかった。

 ――()()()()()に関わりさえしなければ……。

 あんな事件――浅瀬は去年の夏、関東某所で起きた新興宗教絡みの奇妙な事件を思い出す。

 事件を引き起こしたのは、都内の大学に通う十五人の青年たち。その全員が、とあるインターカレッジサークルに所属しており、そのサークルを裏で運営していたのが「アンリマユ」と呼ばれる怪しげな宗教団体であった。

 浅瀬がそのことに気付いたのは、犯人として逮捕された青年たちが全員、拘置所内で謎の死を遂げた後である。結局、その宗教団体が事件に関与していたことを示す決定的な証拠は得られず、その後、事件は迷宮入り。その失態を理由に、浅瀬は以降、捜査一課内で冷遇されるようになる。

 ――あの時、せめて彼らのうちの一人でも救えていたら……。

 浅瀬が物思いにふけっていると、課長室の扉から軽快なノック音が響き渡った。

 それを聞いて、浅瀬は慌てて身なりを整える。卓上のミラーには、丸い眼鏡の疲れ切った男の顔が見える。

 もう一ヶ月は家に帰れていないのだ。

 ネクタイをピシッと締めなおすと、浅瀬は扉に向かって返事をした。

「どうぞ」

「失礼します」

 清々しい声とともに扉から入ってきた男の顔を見て、浅瀬は驚きの声を上げる。

「三上!」

「ご無沙汰しております。浅瀬課長」

 浅瀬はその男のことを良く知っていた。

 入庁三年目の春、捜査一課に配属された浅瀬に初めてできた後輩、それが他ならぬ目の前の男、三上であった。

 浅瀬は、三上と過ごした日々――自分がまだ現役で事件現場に立っていた頃のことを思い出す。

 検挙率百パーセント、どんな難事件も華麗に解決する若き天才刑事。それが、当時の三上に対する周囲の評価であった。

 浅瀬自身、係こそ違えど、たびたび彼とコンビを組んで捜査に当たることがあり、そのたびに三上の観察眼の鋭さと人並外れた推理力に思わず舌を巻いたものだった。

 そのまま順当にいけば、末は警視総監か、あるいは警察庁長官か。

 いずれにしても、将来を嘱望(しょくぼう)された人物であった。

 ところが、ある時期を境に、彼は警視庁からパタリと姿を消してしまう。噂では、ある事件の捜査で警視総監の怒りを買ってしまい、それが原因で地方へ飛ばされたらしいと言われていたが、真相は定かではない。

 ただ、彼が刑事部長から紹介されたオカルト事件専門の捜査コンサルタントなのだとすれば、色々と合点がいく。三上は捜査第一課に所属していた当時から、オカルトに対する造詣が深く、捜査六課の連中と仲睦まじそうに話しているのを、浅瀬はよく見かけたからだ。警視庁から忽然と姿を消したのも、左遷などではなく、単にオカルト事件専門の捜査コンサルタントとして独立したからだったのかもしれない。

 どのような形であれ、()()()()の捜査に行き詰っている今、あの三上の助けが得られることは浅瀬にとって、とても喜ばしいことだった。

 彼は握手で三上を歓迎する。

「久しぶりだな、三上。オカルト事件専門の捜査コンサルタントなんて胡散臭い単語を聞いたときは、どんな変わり者が来るのかと不安しかなかったが、まさかきみが来てくれるとは。実に心強いよ」

 浅瀬のその言葉に、三上は若干気まずそうな表情を見せる。

「いえ、それが浅瀬課長……私に期待していただけるのは大変名誉なことなのですが、そのコンサルタントとは私ではなく彼のことでして……」

 三上は、後から入ってきた男を手のひらで指し示す。

 そちらの方に目をやると、黒いインバネスコートに鹿撃ち帽を被った()()()()()出で立ちの怪しい男が、探るような目つきで浅瀬を見つめているのが見えた。

「コンサルタントを務める()()()()の遊間大だ。よろしく」

 怪しい出で立ちの男が一歩前に出て、浅瀬に手を差し伸べる。

()()()()()を持つ僕が来たからには、事件はもう解決したようなものだ。大舟に乗ったつもりでいるといい」

「あ、ああ。よろしく頼むよ」

 遊間の芝居がかった喋り方に困惑しつつも、浅瀬はその握手に応じる。

 遊間が自己紹介を終えると、続いて、後ろに控えていた二人の女性が一歩前へ出た。

 一人は明るいベージュ色の髪をした小柄な女で、もう一人は警察服を着た赤髪の若い女だ。

「彼女は遊間のお()りや……助手の魔門さん。こちらの赤髪は私の部下の咲良です」

 三上が二人を紹介すると、小柄な女は丁寧にお辞儀をし、赤髪の女はぴしゃりと敬礼のポーズを取った。

「あー、三上くん。ちょっとよろしいかね?」

「何でしょう」

 浅瀬は手招きして三上を部屋の隅まで連れて行くと、遊間たちには聞こえないよう小声で喋り出した。

「何だね、彼は」

「何だね、と仰いますと……」

 三上は困ったような表情を見せる。

「悪魔探偵だとか名乗る、あのふざけた男のことだよ。あんなのが、刑事部長お墨付きの優秀な捜査コンサルタントだって?」

 浅瀬はここ一か月分のストレスを三上へぶつけるように吐き捨てた。

「だいたい悪魔探偵とは何だ、気味が悪い。悪魔の契約よろしく、事件を解決する代わりに、私たちの魂を差し出せとか言い出したりするのではないだろうな?」

「課長、お気持ちは分かりますが、一旦落ち着いてください」

 三上は浅瀬を(なだ)めようと、務めて冷静に答える。

「彼はその見てくれ、言動こそ奇人そのものですが、ことオカルト事件の捜査に関しては間違いなくエキスパートです。その点については私が保証します」

 三上の真剣な物言いに、浅瀬も口を(つぐ)む。

「……きみがそこまで言うのなら、信じよう」

 浅瀬は乱れた呼吸を整えると、三上とともに部屋の中心へと戻った。

「待たせてすまなかった。私は警視庁刑事部、捜査第六課、課長の浅瀬だ。此度(こたび)の『山手線沿い連続殺人事件』では捜査本部の指揮を務めている。捜査で困ったことがあれば、いつでも私に相談してくれ」

「では早速、その『山手線沿い連続殺人事件』とやらについて詳しく話を聞かせてほしい」

 遊間のその言葉に、浅瀬は眉を吊り上げる。

「なに? きみは事件について何も知らずにここまでやってきたのかね?」

「知らずも何も……」

「すみません、浅瀬課長。事件については関係者外秘ということで、私たちもまだ何も聞かされていないんです」

 上層部からの伝達に何らかの行き違いがあったことを察した三上が、横から口を挟んだ。

「……分かった。事件については部下の原木(はらき)に説明させよう」

 浅瀬はため息を吐くと、廊下に待機していた若くがたいの良い男を手招きで部屋の中へ呼び寄せた。

「原木、彼らに事件の説明を頼めるか?」

「はい、承知いたしました」

 原木の威勢の良い返事が室内に響き渡る。

「場所は……そうだな、隣の会議室でも使ってくれ」

 浅瀬は原木に鍵を手渡すと、(いぶか)しそうな目つきで遊間を一瞥(いちべつ)してから執務(しつむ)机へと戻っていった。

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