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第四の事件

 第四の事件が発生したのは、目白の高級住宅街の一角。

 三上の運転する車で現場まで急行すると、浅瀬(ひき)いる捜査本部の刑事たちは既に現場検証を開始していた。

「遊間さん!」

 遊間たちを見つけた原木が、その集団から一人離れて、遊間たちの方へと駆け寄っていく。

 その様子を、浅瀬は苦々しげに見つめる。

「第四の事件について、現状分かっていることをすべて教えてくれ」

 原木と目が合うなり、遊間は落ち着かない様子で尋ねた。

「外で立ち話もなんですし、いったん室内の空いている部屋へ場所を移しましょう」

 原木はそう言うと、遊間たちを屋内へと招き入れる。

 事件が発生したお屋敷は、神田秋葉の邸宅にも引けを取らない大豪邸であった。

 廊下には(おもむき)のある美しい風景画や高級感溢れるアンティークの調度品がいくつも飾られており、それだけでこの屋敷の持ち主は相当な資産家であることが伺えた。

 原木に案内され、遊間たちは一階の恐らく応接室と思われる部屋へと通される。

 遊間はいつものように座る場所を吟味すると、室内で一番高価だと思われるベルベッド調のソファに腰を下ろした。

 遊間が座り終えると、魔門たちも適当な場所に腰を下ろす。

 全員が椅子に座ると、早速、遊間が口を開いた。

「では改めて、事件について現状分かっていることをすべて教えてくれ」

「では、順を追って説明いたします」

 原木はそう言うと、刑事手帳をめくった。

「被害者はこの屋敷の持ち主である上野(うえの)(めぐみ)、六十八歳。不動産事業を営んでいた夫の上野寿(ひさし)とは昨年死別。夫と死別してからは、住み込みで働く家政婦と二人で暮らしていたそうです」

 原木は続ける。

「事件が発覚したのは、本日、九月一一日の午後三時頃。

 この屋敷の家政婦を名乗る女性から、買い物から帰ってきたら主人が頭から血を流して倒れていた、と救急に通報があり、救急隊員が駆け付けたところ、寝室で彼女が亡くなっているのが発見されました」

「また頭部外傷か?」

 遊間はうんざりした口調で尋ねた。

「はい、恐らくこれまでの事件と同一犯だと思われます」

「同一犯……ね」

 遊間は意味ありげに呟く。

「それで、凶器はもう見つかっているのか?」

 遊間が尋ねると、原木は首を横に振る。

「いえ。目下、捜索中です」

「そうか、()()見つかっていないのか」

 遊間は顎に手を当て、何か考え事をするかのように宙を睨むと、それから(おもむろ)に口を開いた。

「この後、殺害現場を含めて屋敷の中を一通り見て回りたいのだが、可能だろうか?

 それと、第一発見者である家政婦にも話を聞いておきたい」

「それなら、約三〇分後に浅瀬課長たちが彼女の取り調べをおこなう予定だったはずです。それまでは現場を見て回って、時間になったら浅瀬課長に同行させて貰いましょう」

 原木はそう言うと、手帳を胸ポケットへ仕舞って、遊間たちを案内するために立ち上がった。


   ***


「ふむ。やはり、魔術的な痕跡は見当たらない、か」

 屋敷の中を一周した遊間は、まるでそのことを予期していたかのように落ち着いた様子で呟いた。

「最後は寝室だな。助手、きみは廊下で待っていたまえ」

「え、何でですか? 私も行きま……」

 魔門がそう言いかけると、三上がそっと彼女の肩に手を置き、それを引き止めた。

「恐らく、寝室にはまだ遺体が残っている。きみがそれを見ないで済むよう、遊間なりに気を利かせているのだろう」

「でも、私だって……」

 魔門は、遊間と出会うきっかけとなった事件のことを思い出す。

「遊間さんの助手になると決意したあの日から、死体の一つや二つ見るくらいの覚悟はとっくにできていますよ」

 そう宣言して胸を張る魔門に、遊間は目を細める。

「そうか。ならば、これ以上とやかく言うことはやめよう」

 遊間はそう言うと、寝室のドアノブに手を掛けた。

 扉が開かれた瞬間、死人特有の()えた臭いが遊間たちの鼻を強く刺激した。

 魔門は思わず顔をしかめる。

 遊間はそんな魔門を一瞥(いちべつ)し、呆れた様子で肩を(すく)めると、室内に足を踏み入れた。

 部屋の中央には、白髪のふくよかな老婆が焦げ茶色の絨毯の上でうつ伏せに倒れていた。

 年代物の高級品と思われるその絨毯は、老婆の頭から流れ出た血で赤く染まっている。

 遊間は老婆の近くでしゃがみ込み、彼女の顔を覗き込む。

 年齢に相応しい数の皴が刻まれたその顔には、驚きとも恐怖ともとれる表情が浮かんでいた。

死斑(しはん)はまだ出ていないようだが、皮膚の蒼白(そうはく)()は既に始まっているな。死後硬直の具合から言って……死後、一、二時間といったところか?」

 遺体の腕を軽く触りながら、遊間は原木に問いかける。

 原木も遺体に近寄り、軽く触れてから答える。

「医師による検案(けんあん)を待たなければ確かなことは言えませんが、恐らく、それくらいの時間で合っていると思います」

 遊間は遺体の観察を続ける。

「頭部のほかに外傷はなく、争ったような形跡も見られない……か。原木くん、この屋敷から何か盗まれたものはあるかな?」

「まだ調査中ですので何とも……ただ、今のところ財布や金庫の中身は無事なようです」

「やはりか」

 遊間は何か確信を得たかのように頷く。

「おい、遊間。ちょっと、こっちへ来てくれ」

 遊間が遺体を確認している間、室内を見て回っていた三上が唐突に声を上げた。

 遊間が近づいていくと、三上は手袋を嵌めた手で目の前のポールハンガーを持ち上げた。

「見てみろ、この先の部分。もしかすると、これが凶器じゃないか?」

 遊間は三上が指さした方向に視線を向ける。見ると、先ほどまで土台に埋まっていた竿の先端に、うっすらと血液が付着していた。

「お手柄だ、三上。

 原木くん、至急このポールを鑑識に回してくれ」

「承知しました」

 原木は威勢よく返事をすると、ポールを持って部屋を後にする。

 原木が退室した後も、遊間たちは室内の観察を続ける。

 机や箪笥の引き出し、押し入れの中、家具と家具の隙間やそれらの裏側。部屋中隅々まで捜索し、一つずつ死角を潰していく。が、特に不審な点は見当たらない。

 原木が部屋を出てから五分くらいが経過した頃。

 突然、ガチャリと寝室の扉が開き、そこから原木が顔を出した。

「現場検証が一段落(いちだんらく)ついたので、これから取り調べを始めるそうです。

 我々も取り調べがおこなわれる目白警察署まで移動しましょう」

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