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新たな仮説

「くそっ! あと少しで何か掴めたかもしれないのに」

 ホテルへと戻る車中、遊間は悔しそうに助手席のシートを拳で叩いた。

 時を遡ること数分前。


「なに?! 面会は受け付けられないだって?」

 代々木警察署の会議室で、遊間は怒鳴り声を上げる。

 右手には、原木から借用したスマートフォン。

 通話の相手は、警視庁刑事部、捜査第六課の浅瀬課長その人である。

「だから、もう時間切れだと言っただろう。犯行予告のあった九月一一日まで、残り一時間を切っている。きみが犯人を指し示す新たな証拠を見つけられなかった以上、もはや容疑者たちを勾留(こうりゅう)する以外に犯行を防ぐ手立てはない」

 浅瀬は付け加える。

「それに、容疑者たちの監視を強めるよう言い出したのは、きみからではないか」

「僕が依頼したのは()()()()()であって、()()()()()()()()()()

 遊間が反論するも、浅瀬はそれをバッサリと切り捨てる。

「どちらも同じようなものだろう」

 遊間も負けじと食い下がる。

「しかし、容疑者を勾留したところで第四の事件発生を防げるとは限らないぞ」

「だが、魔術や魔道具による犯行だという証拠は見つからなかったのだろう? ならば、やらないよりはマシだ。

 残念だが、きみの推理は外れたのだよ。あとは私たちに任せておきたまえ」

 浅瀬は勝ち誇ったように言い放った。


 そして、現在。

 宿泊先のホテルに到着するや否や、遊間は自分の部屋に立て籠もってしまった。

「遊間さーん、いつものおやつ買ってきましたよ。引き籠ってないで、部屋から出てきてくださーい」

 魔門が扉越しに声を掛ける。

 しかし、返事はない。

 魔門の経験上、遊間はこうなると、少なくとも半日は部屋から出てこない。長い時では、丸々一週間、自分の部屋から出て来なかったこともあるくらいだ。

 魔門は大きくため息を吐くと、食料と水の入った袋を遊間の部屋のドアノブに引っ掛け、自分の部屋へと戻っていった。


   ***


 魔門の足音が聞こえなくなると、遊間はそっと扉を開け、ドアノブに掛かっていたお菓子の袋を素早く回収した。

 そして再び扉の鍵を閉めると、菓子袋を手に持ったまま、(しわ)なく整えられた白いベッドの上に頭から突っ伏した。

 シーツの冷たい感触が、遊間の頭を暗い現実へと引き戻す。

 ――残念だが、きみの推理は外れたのだよ。あとは私たちに任せておきたまえ。

 浅瀬の見下すような声色を思い出し、遊間は拳を枕に叩きつけた。

 遊間にとって、このような挫折(ざせつ)は初めての経験ではない。むしろ、彼の人生には常に挫折と敗北が付き(まと)っていた。

 それでも、自信満々に披露した推理が実は全くの誤りだったという事実は、遊間の誇り(プライド)を酷く傷つけた。

 遊間は過ぎ去りし日々を思い返す。

 家族全員を皆殺しにされたあの日。

 従姉(あね)が絶望へと()ちていくのを救えなかったあの日。

 ()()()の背中を追って探偵になるも、事件を解決できず、涙に暮れた日々。

 それでも遊間は諦めることなく、日々、探偵としての研鑽(けんさん)()んでいった。

 その結果、今ではオカルト事件の専門家として、警察庁のコンサルタント探偵という地位を獲得するまでに至ったのだ。

 しかし、それでも、だ。

 遊間には、この事件の謎が解けなかった。

 そもそも遊間の推理力は、既存の事件やオカルトに関する膨大な知識をもとに成り立っている。

 圧倒的な知識量に物を言わせた、類型検索(パターンマッチング)(がた)の推理。裏を返せば、それが遊間の推理力の限界だとも言えた。

 ――探偵としてのお前は、はっきり言って三流以下だ。その事実を認めない限り、今のお前では決してあの人に追いつくことはできない。

 遊間は、昼間の天目の言葉を思い出す。

 自分に探偵としての才能がないことくらい、遊間はとっくに理解していた。

 ――ならば、せめてその分は努力で(おぎな)わなければ。

 遊間は気を取り直して、推理を再開する。

 過去に起こった予告殺人、そこで使われたアリバイトリック、そして、トリックに利用され得る魔術、魔道具、神話生物、妖怪、怪異、超能力……。

 自らの知識を総動員して、遊間は必死に思考する。

 しかし、遊間の頑張りも空しく、非情にも時間だけが過ぎていく。

 一時間、二時間……。

 事件の真相へと繋がるような推理は、(いま)だ浮かんで来ない。

 三時間、四時間……。

 遊間の頭から、次第に考える力が(うしな)われていく。 

 五時間、六時間、七時間……。

 ……もう何時間が経過しただろうか。

 ふと遊間の頭の中に、あの人の、いつかの台詞が(よみがえ)った。

「良いか、少年。探偵は()えないものを()るのではない。()えるものを、ただ、あるがままに(とら)える。それだけで、事件は自ずと解決していくものさ」

 それをきっかけに、遊間の脳が再びフル回転し始める。


 ――三つの事件をそれぞれ独立したものとして捉えると、途端にアリバイが成立しなくなる容疑者たち。

 ――その脆弱(ぜいじゃく)なアリバイを、アリバイたらしめる四つの予告状。

 ――魔力の痕跡すら見つからない事件現場と容疑者たちの自宅。

 ――そして、目黒の投資の不自然な成功。


 ――まさか……。

 遊間の脳内に一つの仮説が浮かび上がる。

 それはあまりにも馬鹿馬鹿しく、無意識のうちに捨て去っていた可能性。

 だが、魔力の痕跡を残さずにアリバイを成立させるには、もはやこの方法以外有り得ない。

 遊間はその仮説を基に、新たな推理の構築に取り掛かった。


   ***


 一流の探偵にあって、遊間に足りていなかったもの。

 それは観察力であった。

 一般論として、探偵にとって最も重要な資質は、観察力だと言われている。

 常識や偏見に囚われず、現場に残された証拠や目の前で起きている事象を客観的に分析し、そうして得られた確かな事実のみを組み合わせて、事件の真の姿を復元する。

 それが、優れた探偵のやり方だ。

 しかし、一度こうだと思い込むとなかなか考えを変えられない遊間にとって、そのやり方を実践するのは容易ではなかった。

 もちろん、遊間の観察力が平均的な人のそれより劣っているというわけではない。知識というものは、多ければ多いほど、物事を多角的に見る力を底上げしてくれるものだ。

 ただ、思考の癖とでも言うべきか。

 一流の探偵の観察力と比べると、遊間のそれはどうしても一段劣ってしまうのだ。

 しかし、この時の遊間の脳は疲労しきっていた。

 それが逆に、遊間の頭から知識や経験から来る思い込みや、常識や偏見といったフィルターを取り払ってくれたのかもしれない。

 いずれにせよ、()()は、自らに才能がないことを理解しながらも、それでも考え続けることを止めなかった遊間の執念による勝利と言っても過言ではないだろう。


   ***


 ――出来た。後は、その証拠さえ掴めれば……。

 遊間の推理が完成したその瞬間、扉を強く叩く音が室内に響いた。

「おい、遊間! 大変だ! 起きているなら、返事をしてくれ!」

 その呼びかけに、遊間ははっと我に返る。

「何事だ、三上!」

 遊間が扉を開けると、廊下には三上だけでなく、魔門と咲良も集まっていた。

 何やら、ただ事ではない雰囲気だ。

「遊間……お前、自分がどれくらい部屋に引き籠っていたか分かるか?」

 三上が深刻そうな表情を浮かべて、遊間に尋ねた。

「どれくらい引き籠っていたかだって? さぁ、二、三時間くらいじゃないか?」

 遊間の見当違いな答えに、三上は深くため息を吐いた。

 三上のその反応に違和感を覚えた遊間は、室内に戻ってベッドに備え付けのデジタル時計を確認する。

「一五時二〇分……だと?!」

 遊間たちが昨晩ホテルに戻ったのが、深夜の一一時三〇分。

 それから既に半日以上が経過していたことになる。

 まさか、と呟く遊間に対し、三上が、ああ、と頷く。

「第四の事件が発生した。場所は予告状にあった通り、目白の住宅街だ」

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