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第二の事件現場

「目黒の自宅までは後どれくらいだ」

 激しく貧乏ゆすりをしながら、遊間は原木に尋ねた。

「五、六分で着きますよ」

「……意外と近いのだな」

 遊間は少し落ち着かない様子で、ポケットのラムネ菓子に手を伸ばした。

「三上さんたちとは、そこで落ち合う予定なんでしたっけ?」

 魔門が尋ねると、遊間は口に含んだラムネ菓子をがりがりと噛み砕きながら答える。

「ああ、そうだ。先ほど電話で確認したら、もう現場には到着していて、先に捜査を始めているらしい」

「私たちのほかに、魔道具屋の方もいらしているのですよね?」

 原木が何の気なしに尋ねると、遊間は苦々しい表情を浮かべて沈黙した。

「……すみません、私、何か失礼なことでも言ってしまったでしょうか?」

 遊間の機嫌を損ねてしまったと勘違いして狼狽(うろた)える原木に、魔門が慌てて事情を説明する。

「今回お呼びした魔道具屋さんと遊間さんは旧知の仲らしいのですが、どうもその人のことが苦手らしく……」

「苦手()()()、ではない。はっきりと苦手だ」

 遊間が訂正する。

「なるほど」

 事情を飲み込んだ原木は思わず苦笑する。

「しかし、遊間さんの苦手な人ですか。是非、一度ゆっくりお話ししてみたいですね」

「やめておけ。あまり深く関わると、トラブルに巻き込まれかねないぞ」

 原木の軽口に、遊間は真剣な様子で答えた。


   ***


 そのまま車を飛ばすこと、約五分。

 遊間たちは第二の事件現場――即ち、目黒有の自宅に到着した。

 モダンな邸宅が建ち並ぶ、都内の高級住宅街の一画。

 そこに位置する目黒の邸宅は、神田秋葉の豪邸と比べたら流石に見劣りするものの、周囲の邸宅にも引けを取らない立派な一軒家であった。

 その一軒家の玄関口で、三上が見知らぬ女性と話し込んでいる。

「ん、ああ。遅かったな遊間。こちらは、被害者の目黒有さんと()()()()()()()()()()浜松万智さんだ」

 遊間たちの到着に気付いた三上は、話を一時中断し、隣にいた女性を遊間たちに紹介する。

 黒髪で化粧っけのない、生真面目そうな女性だ。

 事件のせいであまり寝られていないのだろうか。黒縁眼鏡をかけたその目の下には、濃い隈ができていた。

 彼女は遊間たちに向かって軽く会釈をする。

 ――ああ、そう言えば、内縁の妻という話だったな。

 と、遊間は原木の話を思い出す。

「この度は、お悔やみ申し上げます」

 遊間は追悼の言葉を述べつつ、さり気なく彼女の観察を続けた。

 魔力の気配――は感じない。

 となると魔術師ではないか、あるいは魔力を隠蔽することに長けているのか。

 前者であれば、遊間の推理通り、アリバイ工作には魔道具を使用したに違いない。

 外見の方はと言うと、細身で背丈はそれほど高くなく、身に着けている衣服もノーブランド品の質素なもので、目の前の立派な邸宅には似つかわしくない風貌だ、と遊間は思った。

 仮にも内縁の妻である彼女にブランド品の一つも買い与えないとは、目黒という男は余程の薄情者だったのだろうか。それともやはり、周囲の人間の証言通り、目黒と浜松の関係はとうに破綻していたのだろうか。

 遊間がそのようなことを考えていると、中庭にいた警察官が一人、遊間たちの方へ近づいてきた。

「三上さん。代々木警察署の方で、受け入れの準備が整ったそうです」

「ああ、ありがとう。では、浜松さん。先ほど、ご説明させていただいた通り、今日一日は代々木警察署の方で過ごしていただきます。夜にはお迎えに参りますので、申し訳ございませんが、ご協力の程よろしくお願いします」

 浜松は無言で頷くと、警官に連れられて敷地外に止められたパトカーの下へと歩いていった。

 彼女の姿が完全に見えなくなると、三上は遊間たちの方へ向き直って言った。

「彼女、他に身寄りがないらしくてな。事件が起きてからも、ずっと目黒の自宅に住み続けていたらしい。

 捜査の妨げにならないよう、今日一日は警察で身柄を預かってもらうことにしたのだが……」

「そうか。現場がきちんと保存されているのであれば、僕から言うことは何もないが……」

 遊間のぼやきを耳聡く聞き取った原木が、横から口を挟む。

「目黒の寝室については、遺体発見時の状況がそっくりそのまま保存されています」

「そっくりそのまま、というのは?」

 遊間は念のため確認する。

「鑑識による捜査後、外から施錠をして、捜査関係者以外は立ち入りできないようにしておいた、という意味です」

 原木の回答に、遊間は小さくため息を吐いた。

「まぁ、及第点といったところか。

 他人に罪を擦り付けるという目的が達成されていない今の時点で、犯人が貴重な魔道具を手放すとは考えづらい。証拠の隠滅については、そこまで心配しなくても大丈夫だろう」

 遊間はそう言うと、玄関の扉を開いた。

「三上、間取り図を」

「はいよ」

 遊間は三上から手渡された間取り図をさっと眺めると、目黒の寝室がある二階へと向かった。

 三上、原木、魔門ら三人も、遊間に付き従って階段を上る。

「ほらー、そこ。余所見してないで、ちゃっちゃと手を動かすっすよー!」

 二階では咲良の指示のもと、警視庁から連れてこられた刑事たちが、(せわ)しなく魔道具の捜索を続けていた。

「お、遊間さんに魔門さん。お二人とも、遅かったっすねー」

 遊間たちを見つけた咲良が、猫のように軽いフットワークで彼らのもとに駆け寄ってくる。

天目(あめのま)さんなら、ちょうど今、遺体が発見された部屋を調査してるっすよ!」

 天目、という単語に、遊間が僅かに顔を引き攣らせる。

 ちょうどその時、目黒の寝室の扉が開き、中から快活な男の声が響いた。

「お、遊間ちゃんじゃーん。おっひさー!」

 扉の中から、サングラスにアロハシャツを羽織った派手な身なりの男が姿を現した。

 金髪が良く似合う、目鼻立ちのはっきりとした美男子だ。

 背丈は遊間と同じくらいだが、がっしりとした体格に薄っすらと日焼けした肌も相まって、見る人に遊間とは真逆の健康的な印象を与える。

「相変わらずだな、天目。その遊間()()()呼びは止めろと何度も注意したはずだが?」

 遊間は少し苛立った様子で答えた。

「固いこと言うなってー。俺と遊間ちゃんの仲だろ? 久しぶりの再会に積もる話も……って、おや? おやおやおや?」

 天目と呼ばれた男は魔門の存在に気付くと、胸ポケットから(くし)を取り出し、その櫛で髪をとかしながら魔門の方へと近寄っていった。

「初めまして、麗しきお嬢さん(レディー)(わたくし)天目(あめのま)(はじめ)と申します。

 新宿で魔道具屋を営んでおり、こちらのバカ遊間とは古くからの友人でございます」

「誰がバカ遊間だ」

 遊間が即座に突っ込みを入れる。

 天目は遊間を小馬鹿にするかのように肩を(すく)めて、小さくため息を吐いた。

「ふぅ、こちらの馬鹿がうるさくて失礼。

 お嬢さん、お名前をお伺いしても?」

「は、はぁ。ご丁寧にどうも。

 私は遊間さんの助手をしている、魔門と申します」

 天目の芝居がかった挨拶に、魔門はやや引きつつも答える。

 天目は魔門の名前を聞くと、感極まったようにぶるっと身震いをした。

「ん、魔門さん! 実に小悪魔的で素晴らしいお名前だ。お近づきの印にこちらをどうぞ」

 天目はそう言うと、胸ポケットから赤い薔薇の印刷された煌びやかな名刺を一枚取り出して、それを魔門に差し出した。

 魔門も慌てて鞄から名刺入れを取り出す。

「魔道具がご入用(いりよう)の際は、是非、私のところに。魔門さんには特別価格で提供させていただきますよ」

 天目は気障(きざ)たらしくウインクした。

「相変わらず、お前は見境(みさかい)がないな」

 二人が名刺交換する様子を横から眺めながら、遊間は嫌悪の表情を浮かべる。

「人聞きの悪いことを言わないでくれよ、遊間ちゃん」

 天目が気色の悪い猫なで声で囁く。

 遊間は思わず身をよじらせる。

 魔門が名刺交換を終えると、続いて原木が天目に向けて名刺を差し出した。

「初めまして、警視庁刑事部の原木と申します」

「ん? ああ、そう。魔道具屋の天目だ。よろしく」

 魔門の時とは打って変わって、天目は興味なさげに頷いた。

「遊間さんが苦手だと言っていた理由、なんとなくわかった気がします」

 挨拶を終えた原木が、遊間に小声で囁いた。

 遊間は「それ見たことか」と囁き返す。

「それで、捜索の進捗はどうだ? 何か魔道具らしきものは見つかったか?」

 遊間が尋ねると、天目は首を横に振った。

「いーや。今のところ何もだな。それどころか、魔道具が使用された形跡すら見つかっていない。

 今回の事件、本当に魔道具による犯行で合っているのか?」

「今、出揃っている情報から推理すると、それ以外に考えられない。貴様の探し方が悪いのではないか?」

「んだと、コルァ?」

 遊間と天目が互いに(にら)み合う。

 二人の間に、一触即発の危険な空気が漂い始める。

「はいはい、そこまでそこまで」

 その緊迫した状況に魔門たちが困惑していると、三上が力づくで二人を引き剥がした。

 同時に、天目が悲痛な叫び声を上げる。

「いってー! 分かった、分かったから手を放してくれ」

 痛がる天目の隣で、遊間もぽつりと憎まれ口を叩く。

「相変わらずの馬鹿力だな、このフィジカルゴリラめが」

「何か言ったか?」

 その悪態を耳聡く聞き取った三上は、遊間の腕を握る力をさらに強めた。

 遊間が、声にならない悲鳴を上げる。

 暫くして、三上が二人の腕を離すと、天目はそそくさとその場を立ち去った。

「まぁ、そう焦るなって。この家の捜索はまだ始まったばかりじゃないか」

 痛みを少しでも和らげようと必死に腕をさする遊間に向かって、三上は諭すように言い聞かせた。

「しかし、僕の推理が正しければ、この家のどこかに必ず魔道具が存在するはずなんだ。それなのに、魔道具を使用した痕跡すらまだ見つからないというのは……やはり、何かがおかしい」

 遊間は俯き、下唇を噛み締める。

「魔道具を使用する際に発生する魔力の痕跡は、時間の経過とともに薄れていくものなんだろ? だとしたら、既に痕跡が消え去っていても、おかしくないんじゃないか?」

「それはそうなのだが……」

 三上の推測に、遊間が釈然としない様子で答える。

「まぁ、天目は腐っても一流の魔道具屋だ。何かしらの手掛かりは見つけてくれるだろう」

 三上は励ますように、遊間の肩をポンと叩いた。

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