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第三の事件現場

 翌日、魔門が外出の支度を終えて一階のロビーへ向かうと、遊間がラウンジのソファに腰掛けて、窓越しに表通りの様子を退屈そうに眺めているのが見えた。

「あれ、まだ遊間さんおひとりですか?」

 魔門が声をかけると、遊間は小さくため息を吐いて振り返る。

「三上と咲良くんの二人なら、とっくに捜査現場へ向かっているよ。まったく、きみは朝の身支度に時間をかけすぎだ」

 開口一番、嫌みを言い放つ遊間に、魔門も負けじと言い返す。

「たった五分の遅刻でそんなに目くじら立てないでくださいよ。それに私の準備が遅れたのは、朝から『糖分が足りない!』と言って大騒ぎしていた遊間さんの買い物に付き合ってあげたからじゃないですか」

「それとこれとは話が別だ。現に僕はこうして、約束の時間通り此処(ここ)へ来て、きみを待っていたわけだしな」

 ――ああ、そうだ。この男には何を言っても無駄だった。

 と、魔門は自らの愚かさを(わら)う。

「それに見たまえ、あれを」

 遊間はそう言うと、エントランスに停車していた一台の車を指さした。

 魔門がそちらに目を向けると、車の運転席で所在無(しょざいな)げに辺りを見回す原木の姿が見えた。

「今日の予定を見越して、予め呼んでおいたんだ」

「そういうことは、もっと早く言ってください!」

 魔門は遊間の腕を強引に引っ張りながら、原木のもとへと走った。

「すみません、お待たせしてしまい……」

「いえ、大丈夫ですよ。私も先ほど到着したところですし」

 息を切らせながら平謝りする魔門に、原木は笑顔で答える。

「まったく、次からは気を付けたまえ」

 遊間はそう言い残すと、一人、後部座席へと乗り込む。

 その後ろ姿を、魔門はきっと睨みつける。

「ははは。お二人とも、朝から仲がよろしいのですね」

「何処がですか?!」

 ヒステリックに叫ぶ魔門を見て、原木は意味ありげに微笑を浮かべる。

「いえ、すみません。軽口が過ぎました。それでは出発しましょう」

 二人が車に乗り込んだことを確認すると、原木は新宿へ向かって車を発進させた。


   ***


 ホテルを出発してから約一〇分。

 一行は、第三の事件現場である高輪門道のアパートに到着する。

 昨日(さくじつ)の神田邸とは打って変わって、昭和臭さを感じさせる木造の小さなボロアパートだ。

 その二階。二〇四号室。

「うわぁ……また、ごちゃごちゃと散らかってますね。一人暮らしの男性って、なんでこうだらしないんですか?」

 高輪の部屋へ入るなり、魔門がうんざりした声を上げた。

 台所とリビング、それに寝室が一体となった、六畳一間のワンルーム。その狭苦しい室内のあちこちに、弁当(がら)やお酒の空き缶、ペットボトルなどのゴミが散乱しており、足の踏み場を見つけるのにも一苦労という有様である。

「ふむ。やはり僕の見立て通り、魔術や魔道具が使用された痕跡はどこにも見当たらないな」

 室内をぐるっと一周しながら、遊間は独り言のように呟いた。

 そのまましばらく室内をふらふらと歩き回ると、遊間はベランダ近くの畳の上で屈みこむ。

「高輪が殺されていたのはここだな?」

 畳に染みついた血痕を観察しながら、遊間は原木に質問する。

「はい、ちょうどその畳の上で頭から血を流して倒れていたそうです」

 原木は、警察手帳に挟まれていた事件発覚時の現場写真を一枚取り出すと、それを遊間に手渡した。

 遊間は手渡された写真を数秒ほど凝視して、それから小さく唸り声を上げた。

「念のため、凶器が発見された裏庭も観察しておこう」

 遊間はそう言うと立ち上がり、ベランダへと続く掃き出し窓を開けた。

 蒸し暑かった室内に、僅かだが、清涼な空気が流れ込む。

 遊間はそこからベランダに出て裏庭を見下ろすと、コートの内ポケットからおもむろに杖を取り出し、そして何事かを呟いた。

浮遊魔術(フローティング)

 次の瞬間、魔門と原木の前から、遊間が忽然と姿を消し去った。

「え?」

 二人は目を丸くする。

 そして状況を理解すると、慌てて玄関を飛び出し、急いで裏庭へと向かった。

「どうした、二人とも。そんなに顔を青くして」

 裏庭に到着すると、そこには平然とした様子で歩き回る遊間の姿があった。

「どうした、じゃないですよ! 何で急に()()()()()()()()()()()なんて馬鹿な真似をしたんですか?!」

「何でって、そりゃ、そっちの方が()()だったからに決まっているだろう」

 遊間は、さも当然かの如く返事をする。

「近道って……それで怪我でもしたら、どうするんですか!」

 魔門は遊間を怒鳴りつける。

 それに対し、遊間は辟易(へきえき)とした表情を浮かべる。

「あのな、僕はこれでも魔術師の(はし)くれなんだ。あの高さから落ちたくらいじゃ、怪我の一つも負いはしないさ」

「それでも……」

 魔門が何か言おうとするのを、遊間は手を横に振って遮った。

「そんなことより、今は捜査が先だ」

 魔門は何も言い返すことが出来ず、その場で俯き、唇を噛んだ。

 そんな魔門の様子を気に留めることもなく、遊間は裏庭の観察を続ける。

「資料によると、確かこの木の根元で凶器が発見されたのだったな?」

 裏庭に生えた一際大きな木の根元を指さして、遊間は原木に尋ねた。

「はい、ちょうど遊間さんが指をさされている辺りですね」

 原木は資料を確認しながら答える。

「少し地面を掘り返したような形跡があるな」

 遊間が土の表面を軽く撫でながら呟いた。

「ええ、どうやら犯人は地面の下に凶器を隠そうとしていたようです」

「なるほど。穴を掘っている最中に警察が来てしまったので、犯人はやむを得ず凶器を木の根元に放置し、慌ててこの場から逃げ去った……というわけか」

 遊間はすっくと立ちあがると、顎に手を伸ばし怪訝そうな表情を浮かべた。

「少し解せないな」

 ぽつりと遊間が呟く。

「と、言いますと?」

 原木が尋ねると、遊間は小さくため息を吐いた。

「少しは自分の頭で考えたまえ。

 良いか? もし犯人がすべての罪を大久保に着せようとしていたのならば、わざわざ土を掘り返してまで凶器を隠そうとはしないはずだ。ここで警察に凶器を見つけてもらった方が、彼に罪を被せるのには好都合だろう?」

 確かに、と原木は相槌を打った。

「それにも関わらず、犯人は凶器を土の中に隠そうとした。なぜだ?」

 遊間は目を瞑り、(しば)しその場で思考する。

 一番単純な仮説は、大久保が犯人であるという可能性だ。

 しかしこの仮説は、彼が事件発生の直前に凶器を持って現場周辺を歩き回っていた事実と矛盾する。予告状を使って他人に罪を擦り付けようとする人間が、わざわざ自らが犯人であるとアピールするかのような行動を取るはずがない。

 かと言って、彼が犯人でないと仮定すると、今度は凶器を隠そうとした理由に説明が付かない。

 まさに()()()()()()()()()()()()という状況だ。

 ……。

 刻一刻と時間ばかりが過ぎていく。

 ――まさか、この隠そうとした痕跡自体が警察を欺くためのフェイク? 否……。

 遊間が何か閃きかけたその時……。

「あの、遊間さん。そろそろ時間です」

 原木が遊間に声をかけた。

 気が付くと、三〇分以上が経過している。

「他に見ておくべきところはもうないですか?」

「……ああ、すまない。大丈夫だ。車に戻ろう」

 遊間はそう言うと、原木、魔門と共に駐車場へと向かった。

 一抹の違和感を胸に残しつつ……。

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