一日目の捜査を終えて
松濤から車を走らせること約二〇分。遊間たちは、帝都ホテル東京に到着した。
ホテルのエントランスで原木を見送ると、遊間たちは早速ロビーへと向かう。
百年余りの歴史を誇る帝都ホテルの名に相応しい、華やかで格式高い空間が遊間たちを出迎える。
ロビーでは、先に到着した三上と咲良がソファに腰掛けて寛いでいた。
「おう、遅かったな」
遊間たちに気付いた三上が座ったまま二人に手を振った。
「ああ、早速だが……」
「色々話をしたい気持ちは分かるが、まずはあそこのフロントでチェックインを済ませてからにしてくれ」
長話になる気配を察し、三上が遊間の言葉を遮る。
「予約は遊間さん、魔門さん、それぞれの名前で取ってあるっす。料金はチェックアウト時に三上さんがまとめて支払うので、心配ご無用っす!」
咲良が気を利かせて補足する。
「ありがとうございます! では、さくっとチェックインを済ませてきますね。ほら、遊間さん。行きますよ」
「あ、ああ」
遊間はまだ何か言いたげな様子であったが、魔門が袖を強く引っ張ると、観念したようにずるずると引きずられていった。
「チェックインしたぞ。それじゃあ……」
「そんなことより遊間、お前の部屋番号は何番だ?」
「は? 六〇六だが」
「じゃあ、各自部屋に荷物を置いて一息ついてから、七時に遊間の部屋へ集合な」
「ちょ、ちょっと待て」
遊間の制止を無視して、三上はエレベーターのボタンを押下する。
「いつも、こんな無理やりなんすか?」
遊間を力づくでエレベーターに押し込む二人を見て、咲良が若干引き気味に尋ねた。
「これくらい強引に連れて行かないと、いつまでもロビーで立ちっぱなしですよ」
魔門は真剣な顔で答えた。
***
六〇六号室に全員揃ったことを確認すると、遊間がそわそわとした様子で口を開いた。
「先ほどからきみたちが邪魔をするものだから、僕の悪魔的頭脳はもう爆発寸前だ。いい加減、話を始めても良いかな?」
「ああ。もう好きにして良いぞ」
三上が許可すると、遊間は胸を撫で下ろした。
「それで、まずは捜査結果の共有からおこないたいのだが……三上」
遊間に呼びかけられ、三上はテーブルの上のサンドイッチに伸ばしかけていた手を止める。
「大崎の自宅では、何かめぼしいものは見つかったか?」
「特に何も、だな」
「だろうな」
三上の答えを予測していたかのように、遊間は即座に相槌を打った。
「だろうな、ということは、やはり怪しいのは浜松万智なのか?」
「ああ。今のところ、僕はそう考えている」
三上の問いかけに、遊間はこくりと頷いた。
「やはりって、どういうことっすか?」
頭の上に疑問符を浮かべた咲良が、横から口を挟む。
「確たる証拠がなかったので、あえてあの場では言葉を濁したのだが、実のところ、犯人の目星は既についているんだ」
遊間はさらりと答えた。
「なに、簡単な消去法さ。
まず、犯人の目的が僕の推理通り、架空の連続殺人犯を作りだして他人に罪を擦り付けることだとすれば、自分が容疑者として疑われるような事件を最初に起こすことは理にかなっていない。なぜなら、最初の事件で容疑者として勾留されてしまったら、その後の犯行に大きな支障が出てしまうからだ。つまり、第一の事件の容疑者である大崎楽……彼が犯人である可能性はかなり低い」
「実際、第一の事件が発生してから第二の事件が起きるまでの間、大崎は警察に勾留されて身動きできない状態だったわけだしな」
三上が補足する。
「同様の理由で、第三の事件の容疑者である大久保新……彼もまた犯人である可能性は低い。
彼の場合、事件発生直前に凶器として使われたバットを持って現場付近をうろついたりと、まるで自らが犯人であるとアピールするかのような行動を取っている。その不審な行動の理由は不明だが、少なくとも他人に罪を擦り付けるという目的とは真逆の行動であることだけは確かだ」
遊間は続ける。
「結果、消去法で浜松万智、彼女だけが容疑者として残るわけだ。未来へ行った彼女がそこで、どのようにして大久保の行動を誘導したのかは不明だが、恐らく計画では、彼にすべての罪を被せるつもりだったのではないかと推測している。第一の事件が発生したとき、彼が警察に勾留されていたことは、浜松にとっても想定外の出来事だったのではないだろうか」
「な、なるほどっす」
遊間の推理に、咲良は感心したように深く頷いた。
「となると、やはり明日の本命は目黒の自宅、もとい浜松の自宅でもある第二の事件現場ってわけだな」
三上がサンドイッチ片手に呟く。
「ああ、その通りだ。だから、明日の午前は高輪と大久保の自宅をそれぞれ軽く捜査して、午後に目黒宅で合流するのが良いと考えている。原木くんにも、そう伝えてある」
「了解だ」
三上は口をもぐもぐさせながら答えた。
「ところで今回協力を要請した魔道具屋とやらは、まさかあいつではなかろうな」
遊間が尋ねると、三上は気まずそうに目を逸らした。
「あー、そのまさかだ」
途端に遊間が顔を歪ませる。
「僕があいつのこと苦手なのは知っていただろう?」
「しかし、都内ですぐに動ける優秀な魔道具屋となると、あいつくらいしか……」
三上が慌てて弁明すると、魔門が横から口を挟んだ。
「へぇ、遊間さんがここまで人を嫌がるなんて珍しいですね。大抵、相手の方が先に遊間さんを避け始めるのに」
「え?」
魔門からの唐突な誹りに、遊間が素っ頓狂な声を上げる。
「それで、その魔道具屋さんってどういう人なんですか?」
魔門が興味深そうに尋ねると、三上は頭を掻きながら答えた。
「明るく破天荒なお調子者で……遊間とはまた違った方向の変わり者だ。まぁ、会えば分かるよ」