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第一の事件現場

 警視庁本部庁舎を出発してから約二〇分。

 遊間たちは最初の目的地である神田秋葉の自宅に到着した。

「わぁ、素敵なお(うち)……」

 神田の豪邸を見るなり、魔門は感嘆の声を上げる。

 無理もない反応だ。

 都内の一画とは思えないほどの広大な敷地。その上に堂々と佇む、恐らく有名な建築家がデザインしたのであろう奇抜ながらも品位を感じさせるモダンな邸宅。さらに、庭園には青と白の花々が美しく咲き誇り、その隣には夜間照明付きのプライベートプールまで備わっている。

 まさしく、セレブの豪邸である。

 東京でこれほどの豪邸を建てるには、恐らく億単位の資金が必要だろうことは、お金に縁遠い魔門にも容易に推測できた。

「そうか? これくらい、別に普通だろ」

 魔門の感動を余所(よそ)に、遊間は慣れた様子でずけずけと敷地内に踏み入っていく。

「立ち入り禁止のテープは貼っていないのか?」

「はい、秘匿案件ですので。ここが神田秋葉の自宅であることは、周囲の住人にも知られていますし」

 原木は玄関の施錠を外しながら答えた。

「開きました。どうぞ、こちらへ」

 原木が扉を開くと、恐らく魔門が住んでいるボロアパートの一室と同等か、それ以上の広さを持つ、壮麗な玄関が遊間たちを出迎えた。

 神田の趣味か、あるいは「天使の歌声」と評される彼女にとっての験担(げんかつ)ぎみたいなものだろうか。玄関扉の正面には天使の描かれた絵画が、その両脇には天使を象った彫像が、といった具合に、天使をモチーフとした美術品が多数並べられている。

 それらの美術品には目もくれず、遊間は予め魔術で複写しておいた神田秋葉邸の間取り図を(うち)ポケットから取り出した。

「まずは殺害現場だと思われるリビングから見ていこう」

 遊間はそう言うと、靴を脱いだ。

 玄関から見て左側の廊下を真っ直ぐ進んでいくと、ほどなくしてリビングに辿り着く。

「AKIHAはここで殺されたんですね……」

 リビングに到着した魔門が、しんみりと呟いた。

 三階まで続く吹き抜けに、庭園を一望できる全面ガラス張りの壁。さらに、一階のガラス扉はプライベートプールへとつながっており、セレブの豪邸らしい、とても開放的なつくりのリビングである。

 だが、そのリビングの広さが(かえ)って魔門の喪失感を加速させる。

 部屋の(あるじ)が永遠に帰らぬ人となった今、そこに(のこ)された数多(あまた)の芸術品の(きら)めきも、ただ虚しいだけだ。

「被害者の血痕が付着していたのはこの床だな? なるほど、魔術的痕跡は特に見当たらないが……」

 魔門が感傷に(ひた)る横で、遊間は淡々と捜査を進めていく。

「これらの彫刻の配置からも、儀式魔術的な意味合いは特に感じられないな。

 部屋の方も、間取り図との矛盾はほぼ見られない。よし、次は浴室だ」

 リビングの調度品(ちょうどひん)見惚(みと)れていた魔門と原木も、慌てて遊間の後を追いかける。

 浴室は一階の端に位置しており、リビングからはものの数分もしないうちに到着する。

 浴室へ到着するや(いな)や、遊間は床に這いつくばった。

「血痕はこれだけか?」

「はい。遺体が発見されたときには、すでに血液のほとんどがシャワーの水で洗い流されていたようです」

 ハンカチで汗をぬぐいながら、原木は答えた。

「そうなると、魔術が使用された痕跡も一緒に流されている可能性があるな。排水管はもう調べたのか?」

「ええ。ですが、証拠になるようなものは何も。見つかったのは、せいぜい被害者の毛髪くらいでしょうか」

「そうか……念のため、その毛髪は後で見せてもらおう。呪術による殺人に用いられた可能性も、一応ゼロではないからな」

「呪術による殺人……ですか?」

 会議室の推理では出てこなかった物騒な言葉に、原木が強い興味を示す。

「ああ、(うし)刻参(こくまい)りやコトリバコなどの()()の力を利用した遠隔殺人だ。いずれの方法も、事前に被害者と接触する必要があり、かつ効果の現れる時間を正確に制御することが出来ないので、今回の推理からは外したのだがな」

「その丑の刻参りやコトリバコというのは?」

「私も気になります」

 原木と魔門が、遊間に期待の眼差しを向ける。

「はぁ……時間がないから簡潔に済ませるぞ」

 遊間は大げさにため息を吐くと、二人の方に向き直った。

「まず、丑の刻参りとは、『呪術』と呼ばれる呪いの力を利用した儀式魔術の一種だ。

 具体的には、呪いたい相手の体の一部を埋め込んだ藁人形を用意して、丑の刻――つまり午前一時から三時の間に、怨念(おんねん)を込めながら、その人形に五寸釘を打ち込むことによって、人形と同調(リンク)した人間の精神を徐々に衰弱させ、死に至らしめることが出来るという、民間伝承にもなっている有名な呪術だ」

「確かに、民間伝承としての『丑の刻参り』なら、私も聞いたことがあります。

 ということは、あの伝承は事実を語っていて、その通りに儀式をおこなえば、誰でも呪いの力を扱えるということですか?」

 魔門が尋ねると、遊間が(かぶり)を振った。

「いや、呪いの力を扱えるのはあくまで一部の呪術師(じゅじゅつし)だけだ。

 実のところ、呪いの発生メカニズムについては、魔術師たちの間でもほとんど解明されていなくてな。

 基本的には魔術の過程で魔力から生成される中間物であると考えられているが、それも定かではない。毎日決まった時間に儀式をおこなうというルールは、制約が多いほどその効果を増すという、魔術全般の特性に(のっと)ったものではあるのだが……」

「つまり、一般人が伝承通りに儀式をおこなっても、それだけで呪いが効力を発揮するというわけではないんですね。なるほど」

 魔門がメモを取るのを横目に、遊間は続ける。

「次にコトリバコだが……これは、贈られた者とその親族に凄惨(せいさん)な死をもたらすと言われている、非常に強い怨念の込められた『呪いの箱』だ。

 最後にそれが作られたのは一九世紀の中頃で、今ではその大半が力を失っており、残りも力のある呪術師によって入念に管理されているはずなのだが……最近、それらの一部が何者かによって外に持ち出されたという噂を耳にしてな」

 遊間はそう言うと、深刻そうな顔をしてため息を吐いた。

「なるほど、どちらも加害者のアリバイを保ったまま殺害するには適した方法であると……しかし、被害者の死亡時刻まではコントロールできないから、犯行日時が予告されている今回のような連続殺人事件においては、これらの呪術が利用されたとは考えにくい、ということですね」

「その通りだ」

 原木が確認すると、遊間は首を縦に振った。

「浴室に関しては、これくらい調べれば、もう十分だろう。最後にすべての部屋を一通り見て回ってから、この家の捜査を終えよう」

 浴室を調べ終えた遊間は、そう言うと階段へと向かった。


   ***


 神田邸から出ると、魔門はため息を吐いた。

「結局、何も見つかりませんでしたね」

「本命はあくまで犯人が隠し持っている魔道具――つまり、タイムマシンだからな。事件現場(ここ)で何も見つからなかったからと言って、気に病むことはあるまい」

 遊間は落ち着いた口調で答える。

「さて、日も暮れてきたことだし、続きは明日にしよう。

 三上たちにも、ひと段落着いたら、今日は切り上げるよう伝えてくる。きみたちは、ここで少し待っていてくれたまえ」

 遊間は二人にそう告げると、携帯を取り出して、一人、裏庭の方へと向かった。

 残された魔門と原木は、お互い気まずそうに顔を見合わせる。

 しばし、沈黙が流れる。

 数分ほど経っただろうか。先にその沈黙を破ったのは、原木の方であった。

「遊間さんは、いつも()()()()()()()なのですか?」

 ()()()()()()()というのはきっと、会議室でも見せた遊間のあの、よく言えば自由奔放な、悪く言えば傍若無人(ぼうじゃくぶじん)(さま)を指して言っているのだろう。彼と初めて会った人間は、皆、決まってこのような質問をするのだ。

「……まぁ、そうですね」

 魔門は苦笑しながら答えた。

「周りの方は大変でしょうね」

 原木が魔門に同情の視線を送る。

「大変ですが、もう慣れました。

 それに、彼も悪気があって、ああいう態度を取っているわけではないんですよ。

 ああ見えて、彼なりに気を(つか)ってくれているところもあるんです」

 そう語る魔門の優しい横顔を見て、原木は何かを察したようにくすりとほほ笑んだ。

「そうですか。彼は愛されているわけですね。羨ましい」

「愛されているって、私はそんなつもりじゃ……」

 魔門が顔を赤くするのと同時に、裏庭の茂みから、遊間がひょこっと顔を出した。

「すまない、遅くなった」

「ちょっと! どこから出てきてるんですか、遊間さん!」

「ん? あぁ、ちょっと()()()()()()があってな」

 遊間はそう言いながら、服に付いた葉を払い落した。

 ――まったく、こんな男に誰が恋心を抱くものか。

 と、魔門は憤慨(ふんがい)する。

「ところで、お二人は本日、どちらにご宿泊予定ですか?」

 魔門の(いきどお)りを知ってか知らずか、原木はけろりとした顔で尋ねた。

「さぁ、どこだ? 僕は聞いてないぞ」

 遊間は魔門の方へと向き直る。

「ああ、それなら(かすみ)(せき)にある帝都(ていと)ホテル東京です」

 慌てて答える魔門の様子に、原木は思わず苦笑する。

「よろしければ、お二人ともホテルまで送っていきましょうか?」

 原木の申し出に、魔門は目を輝かせて答える。

「え、良いんですか? それなら、お言葉に甘えて……」

 原木はにこりと頷くと、駐車場へ向かった。

「事件の証拠、明日は見つかると良いですね」

 魔門がぽつりと呟いた。

「はあ? 当然、見つかるに決まっているだろう。この僕を誰だと思っている」

 魔門は無言で遊間の脇腹を小突いた。

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