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捜査開始

 洪水の如く浴びせかけられる推理に、一部の刑事たちは、しばらくぽかんと口を開けて、遊間の顔を見つめることしかできなかった。

「ここまでの推理を一度、(ひょう)にまとめてみよう」

 遊間はそう言うと、ホワイトボードに文章を書き加えていく。



一、複製体の生成

  (×)ホムンクルスの製造:ホムンクルスの後処理が困難。

  (×)ドッペルゲンガーの召喚:長時間、遠距離でドッペルゲンガーを維持するのは難しい。


二、精神支配

  (×)暗示:容疑者間に接点がないので不可能。

  (×)関係者全員の暗示:実現難易度が高い。可能であれば、予告状を出す理由がない。

  (×)意識の乗っ取り:すべての容疑者に事件中、第三者からの目撃証言がある。


三、空間・時間の超越

  (×)空間転移:すべての容疑者に事件中、第三者からの目撃証言がある。

  (×)過去の改変:実現はほぼ不可能。可能であれば、殺人を犯す必要がない。

  (〇)未来の改変:魔術や魔道具(タイムマシン)により可能



「さて、これまでの推理で犯人像がぼんやりとではあるが浮かび上がってきただろう。

 まず、わざわざ予告状という手段に頼らざるを得ないということから、犯人は恐らく低級の魔術師、もしくは何らかの手段で魔道具を手に入れた一般人であると考えられる。

 また、アリバイ工作の手段としては、魔術やタイムマシンによる未来改変を利用した可能性が高い。

 だが、これだけの材料が揃っても、まだ犯人の特定には至らない」

 遊間は残念そうに肩を(すく)める。

「では、犯人を特定するにはどうすれば良いのか?

 答えはシンプルだ。己の足で探し出すしかない。魔術が使用された痕跡や魔道具といった決定的な証拠をな」

 会議室がしんと静まり返る。

「探すと言ったって、その魔道具っていうのはどういう形をしているんだ? それに、その魔術が使用された痕跡ってのも、俺たち魔術師でない人間に見つけられるものなのかね」

 それまでずっと黙って話を聞いていた、いかつい顔をした年配の刑事が口を開いた。

「良い質問だ」

 年配刑事の(かも)()す威圧感をものともせず、遊間は涼しい顔で答えた。

「魔道具と言っても、その形状は様々で一口に説明できない。中には、一般人にその存在を悟られぬよう、日用品に偽装された物もある。

 魔術についても同様で、同じ未来改変であっても、術式によって手順や必要な道具は異なる。さらに、用心深い魔術師であれば、なるべく痕跡を残さぬよう魔術を行使するだろう」

 それじゃあ……、と刑事が発言しようとするのを(さえぎ)って、遊間は続ける。

「だが、魔道具の駆動(くどう)や魔術の発動によって発生する魔力の乱れ――即ち、魔力的な痕跡さえ探知できれば、これらの捜索は容易になる。

 そして幸いなことに、魔力的な痕跡を探知する魔道具は、魔術師の世界において既に一般的な存在になっている。この魔道具を使えば、きみたち素人でも怪しい場所の当たりくらいはつけられるだろう。そこから先の調査は僕や魔道具屋――即ち、プロの出番だ」

 遊間はそう言うと、三上の方へと向き直った。

「三上、魔術(まじゅつ)探知機(たんちき)の手配、及び、都内の魔道具屋への捜査協力依頼を頼めるかな」

「任せろ」

 三上は了解すると、ポケットから携帯を取り出して会議室を後にする。

「というわけで、魔術探知機の手配が済み次第、きみたちには三上と共に容疑者の自宅周辺で、魔力的な痕跡の捜索に当たってほしい。

 事件現場での捜索は、この僕が引き受けよう。

 原木くん、この後、時間は取れるかね? 直接、現場を案内してほしい」

「はい、かしこまりました」

 原木がそう返事をすると、浅瀬が慌てた様子で遊間のもとへと駆け寄っていく。

「待ちたまえ、遊間くん。この事件における捜査の指揮官はこの私だ。勝手に指示を出されては困る」

「そうか。では、僕たちだけで勝手に捜査を進めるとしよう。

 しかし、僕の指示に従う以外に、きみたちに事件を防ぐ手立てはあるのかね」

「そ、それは……例えば、犯行の予告されている日時まで、容疑者たちを拘留し、監視し続けるとか……」

「ふむ。それも一つの手だろう。犯人がまだ未来の改変を終えていなければ、の話だが」

「くっ……」

 浅瀬が反論に(きゅう)していると、遊間が畳みかけるように問いかける。

「それに良いのだろうか? ()()()()()()、事件を解決してしまっても」

 遊間のその脅し文句に、浅瀬は途端に怖気づく。

 あの事件の失態で閑職に追い込まれた浅瀬にとって、この事件で手柄を上げることは、出世ルート復帰への最後の機会(チャンス)であった。

 しかし、ぽっと出のこの男が警察の助けなしにほぼ自力で解決したとなれば、浅瀬の立場は非常に厳しくなる。

「……ええい、分かった。二班と三班は三上たちとともに、魔力の痕跡とやらの捜索に当たれ。残りの班は私についてこい」

 浅瀬は刑事たちにそう指示を出すと、遊間を一睨みして、そのまま会議室を後にした。

 数分後、浅瀬と入れ替わる形で、電話を終えた三上が戻ってくる。

「遊間、魔道具屋の手配が完了したぞ……って、あれ? 浅瀬課長は?」

「あの人なら、ちょっと前に部下を連れて何処かへ出て行かれたっすよ。遊間さんを思いっきり睨みつけながら」

 きょろきょろと辺りを見回す三上に対し、咲良が事の成り行きを伝える。

「遊間、お前なぁ」

 三上が遊間の肩に両手を乗せると、遊間はそれを鬱陶しそうに払いのけた。

「そんなことより、魔道具屋の手配は出来たのだな?」

「そんなことって、お前……」

 三上は大きくため息を吐いた。

「……ああ、出来たよ。都内でも腕の立つ魔道具屋を一人、確保出来た。しかも、今からでも捜査に合流できるらしい」

「それは助かる。ここからは、二手に分かれて捜査するぞ」

 そう言うと、遊間は部屋に残された刑事たちの方へと向き直る。

「三上と咲良くん、そして、ここに残った刑事諸君は魔術行使の痕跡、及び魔道具の捜索のため、魔道具屋と合流した(のち)、容疑者宅へと向かってくれ。僕と助手、そして原木くんの三人は、事件現場を巡り、同じく魔術行使の痕跡や魔道具を探し出す。

 犯行予告日は明後日、一一日。我々に残された猶予は少ない、急ぐぞ」

「『はい』」

 遊間が呼びかけると、先ほどまで遊間に対して反抗的な態度を示していた一部の刑事たちも含めて、その場にいた全員が力強く返事をした。

 会議室を出て、屋外の駐車場へ向かうと、コンクリートジャングル特有の蒸し暑さが遊間たちを襲った。

 地球温暖化の影響だろうか。今年は、九月に入っても真夏日並みの暑さが続いていた。

 三上たちが、東京で借りたレンタカーに乗って出発するのを見送ると、遊間と魔門も急いで原木が運転する捜査車両へと乗り込んだ。

「まずは、最初の事件現場である神田秋葉の自宅へ向かってくれ」

「かしこまりました」

 カーナビの目的地を渋谷の松濤へ設定すると、原木はゆっくりと車両を発進させる。

 最初の信号に差し掛かったところで、原木が唐突に口を開いた。

「すみません、眠気覚ましに音楽を流しても良いですか?」

「構わないよ」

 原木は礼を言うと、ポケットからスマートフォンを取り出し、それをカースピーカーに接続した。

 流れてきた音楽に、魔門が反応する。

「あれ、この曲ってもしかして……」

「おや、魔門さんもご存じですか?」

 原木がミラー越しに視線を送る。

「はい、左田(さた)ナエルの『星間(せいかん)急行(エクスプレス)』ですよね? 確か、『悪魔の星間』という映画の主題歌にもなった」

「ええ、その通りです。私、彼女の歌声が好きでして、デビューしてからのCDは全部買い揃えているんです」

「分かります。このハスキーで力強い歌声、素敵ですよね」

 魔門と原木が楽しそうに話しているのを見て、遊間がつまらなそうに口を尖らせる。

「何だ、そのサタナエルとかいう、いかにもキリスト教系異端宗派の教えに出てくる悪魔のような名前は」

「サタナエルじゃなくて、()()ナエルです」

 魔門は半ば呆れながら答えた。

「ですが、悪魔のような、という例えはあながち間違っていないかもしれないですね」

 原木が横から口を挟む。

「ナエルの歌声は、よく悪魔的だと(たと)えられることが多いんです。あのハスキーな歌声が、妙に人を惹きつけるというか、脳を揺さぶるというか……。今回の事件で亡くなったAKIHAとは歳も近く、彼女の透き通るような歌声が『天使の歌声』と呼ばれているのに対し、ナエルの蠱惑的(こわくてき)な歌声は『悪魔の歌声』と呼ばれているんですよ」

「『悪魔の歌声』を持つ歌姫……か。実に興味深い。まぁ、今回の事件には関係ないだろうがな」

 スピーカーから流れてくるナエルの歌声に耳を傾けながら、遊間はぽつりと呟いた。

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