第8話 バイバイ 後編
「なかまはずれみたい。」
「そう言わないであげて?伸利子さんも初めてで難しいと思うのよ。」
「のりこさん、さびしそう。」かつしはペタペタと音を立てながら、玄関に背を向けて、リビングに戻った。
「どうして、そう思ったの?」
「だって、いないみたいだもん。」かつしは俯いた。園庭を歩いている時には、伸利子さんがいつも消えてしまうことに気がついた。
「ぼくが みつけないと、ひとりぼっちだよ。」かつしは探偵だ。どんな小さな痕跡も逃さない。数回キョロキョロするだけでも、かすかな茂みの動きを発見し、伸利子さんを見つけ出してしまう。
「かっちゃんの活躍で、最近は伸利子さんも一緒に歩くようになったわね。」
「うん。でも…。」かつしは、その後の出来事も思い出した。常に一歩後ろで、伸利子さんは歩く。並ばずに。秋穂お母さんは、ボディーガードで守ってくれていると教えてくれた。
かつしも興味を持ち、真似をしてみた。一歩後ろに下がると、階段状に並んでしまった。のりこさんみたいにできない。かっこよくないよ。どうして?
「後ろにくっついていると、歩きづらいわ。今度は何をしてるの?」秋穂お母さんに、隣までグイッと引っ張られて、早々に終了した。
「せっかく、ママをまもってたのに。」何から何まで上手くいかなくて、かつしは早々に諦めた。
「かっちゃんが?ママの方が遥かに強いわよ?これぐらいで、よろめいていたら守れないわよ?」秋穂お母さんは歯牙にもかけず、一蹴されてしまった。
「なぁに?不満そうね?」
「…。」手は抜けないので、かつしは顔だけ背けた。ママのニヤニヤは、ぼくをムカムカにさせるんだ。
「伸利子さんの真似をしようと思ったんでしょう?いつも見てるアニメみたいにね。」
「あついから てを はなして。」もういい。かつしは園庭の木の本数を数え始めた。
「お友達となら出来るわよ?」
「ほんとだ。」ようちえんには、ぼくより つよいひとは いないもん。かつしは木を数えることなんか止めて、鼻歌を歌い始めた。
「お話中失礼いたします。黒田様は特別ですから、このような危ないことは止めておいた方がよろしいかと存じます。」まただ。とくべつ。まえにも、きいたことがある。
「まぁ、幼稚園の中なら先生もいらっしゃるから大丈夫だと思いますよ?」かつしは気付いたことがある。のりこさんは、ぼくにマネされるのが、いやなんだ。
「ぼくだけ、ダメなんていやだ。」みんなと いっしょがいい。かつしは、しょんぼりした気持ちになった。
「差し出がましいことを申し上げました。申し訳ございません。」そう言うと、伸利子さんは口を固く閉ざし、開くことはなかった。
「のりこさんは、どうして いつも とおいのかな?」
「なってしまっているだけだと思うわ。だから、かっちゃんが助けてあげたらいいの。」
「ぼくが?」かつしは思わず見上げた。ぼくがヒーローになるの?
「そうよ?でもその前に、元気をつけないとね。今日は栗ご飯よ。たっぷり食べて、力をつけないとね。」
「うん。」かつしは椅子に飛び乗った。
かつしの奮闘記が始まった。一番の思い出は伸利子さんの驚いた顔を見れたことだ。初めて見た。頬をピクピクさせ、今までの威厳のある引き締まった表情が台無しだった。
「ねぇ。どうして、いっつもとおいの?」伸利子さんの袖を引っ張って尋ねた。
「お守りするためです。危険を防ぐには一番です。」いつもの伸利子さんに戻っていた。
「サキナちゃんが、すきでなったの?」別の時に、また聞いた。
「面白いアニメですね。ボディーガードになった理由は、争いを止めることが多く、それから人々をお守りするためになりました。さぁ戻りましょう。」かつしは秋穂お母さんの場所まで促された。
「ボディーガードはいたいの?」
「大丈夫ですよ。練習では、たまに痛い時があるぐらいです。早く準備しないと、遅れてしまいます。」この日の伸利子さんは、早々に話を切り上げてしまった。
「わるいひとをやっつけるの、すごい。」
「や、やっつけるような事態は、あまり起こりませんよ。」
「はい、プレゼント。いつも まもってくれてるから。」木の下に綺麗なイチョウの葉っぱが落ちていた。せっかくだから、ぼくのきもちと いっしょに わたしたらいい、ってママがいってた。そうしたら、つたわるって。
「これは。ありがとうございます。それにしても変わった形ですね。」真ん中が大きく割れて、左右にも割れていた。このイチョウは手を大きくひらけたような形をしていた。
「ぼくもママも もってるよ?おそろいだね。ようちえんに あったんだよ?」かつしは両手のイチョウを見せた。
「幼稚園にイチョウが…。そういえば、そうですね。見過ごしていました。」
「あっ。のりこさんが わらったよ。ママ、みた?」マンションのエントランスで、かつしは後ろを振り返った。
「ええ、プレゼント成功ね。喜んでもらえてよかったわ。」
「これはですね。」伸利子さんは手を口元に当てて、咳払いをした。
「あのね?とくべつは、いやなんだ。なにもしてないよ?だからね?えーっと。」いいたいことはあったはずなのに。なんだったっけ?かつしはプレゼントを渡したことで、頭がこんがらがってしまった。
「ですから、安全な内は1人の子供として見ていただけませんか?色々とありますが、今のところは置いておいて。本人もそう望んでいますので。」あれこれ考えていると、秋穂お母さんが引き継ぎ、話が終わっていた。
「そうですね。私も少々気負いすぎていました。悪い影響を与えてはいけないと。申し訳ございません、黒田様。」伸利子さんは、かつしに向かって頭を下げていた。
「あくしゅ。ほら。これで、なかよくなれるよ。」かつしはイチョウの葉を、伸利子さんの顔の前に出した。
「ありがとうございます。」伸利子さんはしゃがんで重ねた。秋穂お母さんも添えて、4つのイチョウが繋がった。
「今日はありがとうございました。それでは。」気がつけば、いつもの玄関先だった。ドアが閉まる間近に、伸利子さんはイチョウを横に振っていた。
「バイバイ。またあした、のりこさん。」かつしも全身を揺らして、イチョウを振った。きょうはさいごまで いえたよ。のりこさんの目が笑っていたような気がした。これからは、まいにち えがおが みれるよね。
秋穂伸利子