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リバース・ワールド  作者: 萩野栄心
第2章 小学校編 〜低学年〜

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第57話 健康診断

 「これから健康診断を始める。まずは2,3人入るから、出てきたら交代で入ること。」1組は保健室の前で、樹里先生の話を聞いていた。


 「こんにちは。」ほけん室の先生とちがう。だれだろう?そうか!みんなは前も、そうだったから知ってるのか。


 「こんにちは!」みんなも挨拶を返した。


 「本日担当の近藤です。よろしく。」使い古された白衣のポケットに手を突っ込んでいた。へ〜!こんな、おいしゃさんもいるんだね?ピカピカの人しか見たことなかったよ。


 「中で待ってもらっていても、良かったんですですよ?準備もお忙しいでしょうに。」


 「あー、そうでしたか?1組の先生?では。おや?君が、あの黒田君?」お医者さんは扉に手をかけたまま、ポリポリと髪の毛をかいた。お医者さんの目がやっとこっちを見た。おいしゃさんの方がだいじょうぶ?びょういんはいいの?


 「あの?」かつしは頭を捻った。


 「そうだったのか。せっかくだし、黒田君の健康診断も、私が一緒にやろうか?」ぼくに聞かれても、こまるよ。いつもの人しかダメって言われてるけどね?こういうことは大人が知ってるんじゃないの?


 「かつしのことは、冗談では済まないですよ。」樹里先生は笑いながら言った。


 「なりません。あなたに診断する資格はありません。」あっ!いつもの かんごふさんだ。


 「まぁまぁ、冗談ですから。」


 「藤田先生。冗談でも、許されないことです。」看護婦さんは一言で、ピシャリと閉めてしまった。


 「申し訳ございません。少々出過ぎたようです。」お医者さんはお辞儀をした。


 「気をつけてください。かつし君、こんにちは。」看護婦さんは笑顔を向けた。


 「こんにちは。今日もおねがいします。」かつしは頭を下げた。


 「いつも丁寧にありがとうね。行きましょうか。」かつしは看護婦さんの後について、保健室の前から退散した。


 「ねぇ。どうして、あんなに きびしかったの?」いっつも、おもしろい話をしてくれる やさしい かんごふさんなのに、どうして?


 前回は、大人になると、やまびとさんになりたい男の子が多いことを教わった。やまびとさんのお話を、いつも たくさん教えてくれるんだ。本当にすごい人だって。


 「アピールしたり、悪い事を考える人がいるからなの。どうにか男の子に近づきたいって。だから、ハッキリ無理です、と伝えることになっているの。ごめんね?かつし君。」


 「そうだったんだ。」そこまでしっかりしないといけないんだ、男の子って。


 「こんにちは、かつし君。」会議室に入ると、男性医師の三島晃寛さんが出迎えてくれた。


 「こんにちは!やまびとさん!」絨毯から、白衣まで、皺が一つもない綺麗な空間の中に、その人はいた。仏のようにいつも頷いてくれる、タレ目の男性医師だけがアンバランスに見えた。


 「2年生おめでとう。そろそろ周りにも慣れてきたかな?新しいお友達も増えて、みんなと仲良くなれた?」


 入学前から、晃寛さんとはお話をしていた。学校のことでも、家のことでも、困ったことや嬉しいことがあれば、何でも気楽に相談して欲しいとのことだった。晃寛さんはこういうことをカウンセラーと呼び、かつし君が楽しく学校に通えるようにしたいと、常に話していた。


 「うん。ほかのクラスの子まで、なかよくなれたよ!あっ。」話している最中に、かつしは押し黙った。そうだ、思い出した。


 「うんうん。元気そうで、なによりだよ。」晃寛さんは笑顔で頷いた。晃寛さんを見ていると、かつしの口はどんどん動き出す。


 「あのね?そっくりなんだ。1人は同じクラスで、もう1人は べつのクラスでね?いっしゅんで、みんなを えがおにしていく子と、おっきくて力強い子がいるんだ。」現れては、次々にみんなをまとめ、引っ張っていく。かつしはいつも遠くから見ているばかりだった。どうして、ぼくと こんなに ちがうんだろう。


 「かつし君の近くに、そんなすごい子がやってきたんだね?」


 「月光の王子に、そっくりなんだ。みんなに王子って よばれてるよ。もう1人は…。」


 「ほう、2人もそっくりさんが。かつし君はそんなに似ていると思う?」


 「ぼくより、そっくりだよ。まいかちゃんは、あんなんだけど。どうして、ぼく いじょうに、ぼくなの。さくらちゃんだって、この前の学校あんないでね?あんなにリードしてさ?ぼくなんか、ぜんぜん上手くいかなかったのに。」最初こそ吠えていたものの、かつしの勢いは次第になくなっていった。


 「凄い!」晃寛さんは手を叩いていた。


 「やまびとさん!」かつしは立ち上がった。


 「黒田君は人気者になりたい?それなら、良い方法があるよ。」晃寛さんを見たかつしは椅子に座り直した。


 「ちがう。」かつしは首を横に振った。とくべつになりたいんじゃない。


 「もっと上手に仲良くなりたい?」


 「うん。」かつしは首を縦に振った。


 「かつし君をいじめているのは、嫉妬という気持ちだよ。羨ましい、自分もあんなことができたらと。他でもない、かつし君自身が、いじめてしまっているんだ。」


 「ぼくが?ぼくを?」かつしには全く想像がつかなかった。どうやって、いじめるの?


 「そう。勉強と同じで、学ぼうとする姿勢が大切なんだ。上達のお手伝いをしてくれる手本として見てみるんだ。お友達は何も悪いことをしていないのに、敵に見られるなんて、可哀想じゃないか。」


 「お手本?」そんな わるく見てたのかな?


 「プラスにするか、マイナスにするかは考え方次第。だから、凄いことには凄いと言えばいい。認めても、悪いことは起こらないだろう?まずは、マネから始めてみたらいいよ。」


 「まね。」たしかに、なにも へらないね。


 「もうそろそろ校外学習だよね?せっかくの課外活動だ、楽しくないとね。どう?何か決まった?」


 「楽しみ!はんを きめたり、スケジュールを教えてもらったよ?」


 「そうかそうか。それはよかった。」


 かつしはしばらく晃寛さんとお喋りをすると、健康診断を行った。大した変化はなく、早く背の順で後ろに並びたいと願っていた。


 「かつし君。君は、今まで頑張ったことをすっかり忘れているよ。今まで育った環境や、その人の性格もある。僕達はやってもらうのが当たり前だったからね。背伸びをしなくても、そのままの君でいたらいいと思うよ。」


 「ありがとう、やまびとさん。」いそがなくてもいいんだ。なかよくなりたいだけだからね。そのままのぼく。あれ?どこかで聞いたような?


 看護婦さんに教室へ送ってもらう間、かつしはしばらく晃寛さんの言葉を考えていた。



晃寛(あきひろ)

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