第6話 かずきとけいすけ 後編
朝の会が終わると自由時間。けいすけ君が順調に積み上げていたブロックを、かずき君がなぎ倒して泣かせるという一幕が発生していた。
一方のかつしは、黙々と積み木を積んでいるところに先生がやってきて、平和なひとときを過ごした。
「身体をしっかり動かさないと、ケガして痛いことになりますよ。」身体が温まると、今度は園庭で並んでいた。達秀先生は列の横を歩きながらも、時折立ち止まっては教えていた。前で実演している先生の後には、間延びした掛け声が続いていた。
「あっちにいこう。」かつしは遊具を指差して駆け出した。
「まてよ、かつし。ほんとに すきだな?」
「こんなに すきなのも めずらしいよ。」かずき君とけいすけ君は、一拍遅れて動き出した。
「そう?すごい たのしいよ。」かつしは真っ先に遊具の階段を登ると、登り棒から滑り降りた。すると、2人はネットの上を一歩ずつ渡っていた。秩序が保たれていたのも、最初だけだった。遊具の上をあちこち動き回り、追いかけっこの様相を呈していた。
「かつし君は元気一杯ですごいね?でも、そろそろ休憩するのはどうかな?2人とも疲れたみたいだよ?」達秀先生が、けいすけ君を遊具から下ろす姿を目にした。
「うん。」辺りを見回すと、かずき君も木陰で座る姿が視界に入った。
たくさん汗をかいた服は着替えてしまった。達秀先生の奏でるピアノに合わせて、肩を寄せ合い、飛び跳ねた。大合唱が終わる頃には、お腹も鳴り始める。お昼の時間だった。
いただきますの、すを言い終わるやいなや、我先にと手を伸ばした。スプーンやフォークを片手で握り締め、食事をかきこみ始めた。
「にんじんが のこっているぞ。」
「ゔぇ。いいじゃん、けいすけ。」かずき君の手が止まった。
「ダメだぞ。たべないと。」
「だって、へんな においがぁ。おうちではいいって、いつも いってるよ。そうだ。かつしも いやだよな?」かつしは、ちょうどトマトにフォークを刺したところだった。
「え?ぼく?あんまり すきじゃないよ?」かつしの喉をニンジンが通過するのは、結構な時間がかかる。
「そんなんじゃ おおきくなれないぞ。たべなよ。」けいすけ君は、かつしの方も見てきた。
「けいすけ君。しっかり食べられて偉いですね。かずき君、かつし君。そんなに嫌がったらニンジンさんも泣いちゃいますよ?」達秀先生がテーブルにやってくると、同じ目線まで腰を下げた。
「ほらね。さっさと たべたら?」お皿を回転させて、端に寄せていたニンジンを、かずき君の正面まで移動させた。
かつしはフォークで近くに寄せたが、かずき君はいまだに止まったままだった。
「いらないなら仕方ない。神様のプレゼントを大切にしない子は、怒られちゃうかもね?」
「うそだ。かみさまなんて、いるもんか。」かずき君が声を上げた。
「神様はいらっしゃる。いつもみんなを見ているだろう。」達秀先生はゆっくりと言葉を続けた。
「それにね?せっかくのプレゼントを捨てられたら、どう思う?嫌な気持ちにならない?」
「にがてなんだ。どうしたらいいの?」かつしは伏目がちに尋ねた。
「そうだね。ありがとう、と思いながら食べるといいよ。それでもダメなら、ごめんなさいをすればいい。頑張る子には、神様も許してくださる。神様は厳しくもあるけど、優しい方でもあるよ。」
食事が再開すると、かつしは大半を平げて、かずき君のお皿の山は少し盛り下がっていた。
お腹が満たされた後には、お昼寝で一休み。固まった身体と頭は、絵本の読み聞かせで、ほぐしていく。
絵本は多様なジャンルの中から、日替わりごとに選ばれる。今日のお話は守り方だった。接し方を知るだけでも、大きく話が変わった物語だった。ただ、最後までじっと聴いていた子は1人もいなかった。
最後のお遊戯はお絵描き。大きな画用紙に、クレヨンで思い思いに絵を描いていた。
「すごいだろ?かつし。」かずき君は両手で画用紙を広げてみせた。
「なにこれ?」画用紙の一面では窮屈そうな様子だった。青い人らしき存在が中央で、万歳のような格好をしていることはわかった。
「わかんないのか?かつしが、わるものを やっつけてんだ。」
「あおいのが、ぼく?へんなポーズ。」
「けって、やっつけるんだぞ。うしろには まもってるひとも いっぱいだろ?」
「そうなの?ぼく、かっこいいなぁ。」確かに小さいのが沢山あった。絵を見れば見るほど、段々かつしに見えてきた。
「そうだろ?」しかも、ぼくがどんどん やっつけるんだ。サキナちゃんみたいに。
「すごいよ、かずきくん。」かつしも万歳で飛び跳ねた。
「それじゃあ。このツノ?があるのは?」けいすけ君がやってきた。
「もちろん、かいじゅう。つよそうだろ?」
「これがそうなのか?じゃあ、オオカミみたいなのは?」
「せんせいが いってた おんなのこ。」
「にてないよ。つぎはこれ。ほそながい ぼうみたいなのは?」
「なんだよ。うちゅうじんに きまってるだろ。けいすけは、なに かいたんだよ。」かずき君は保育室をうろつき始めた。
「ここだよ。」
「なんだ。ただの、どうぶつとけいすけか。こっちのほうが つよそうだ。」
「ちがうね。ぼくのほうが じょうずで きれいだ。」かずき君とけいすけ君はくっつくぐらいに、顔を近づけていた。
「だいじょうぶだよ。ぼくが わるいの ぜんぶ やっつけるから。」かつしが2人の間に割り込み、押しのけた。
「なにいってんだよ、かつし。」
「まったくだ。うんどうのじかん じゃないよ、かつし。」
みんなで笑い合っていると、降園の時間になっていた。かつしは秋穂お母さんと手を繋ぎながら車に戻った。今日はかつしが目一杯話して、秋穂お母さんが静かに耳を傾けていた。
秋穂達秀