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リバース・ワールド  作者: 萩野栄心
第1章 幼稚園編
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第5話 かずきとけいすけ 前編

 かつしの朝は意外に慌ただしい。目をこすっている間に、髪の毛が梳かされ、歯は磨かれ、顔を洗うことで、ようやく目が覚める。


「大きく口を開けて。」「クルッと回って。」流れに乗って、そのまま1歩を踏み出す前に、鏡の前で止められる。


 「もうちょっとよ。」秋穂お母さんは他にも何かを呟きながら、かつしの周りをクルクルと回っている。


 かつしは秋穂お母さんに促されるまま、朝の準備を終えるため、ぼーっと突っ立っているだけだった。きょうは、みんなで おいかけっこできるかな?思い描いている間に、頭は勝手に目覚めている。


 まだ糊がしっかりした紺のジャケットに袖を通し、グレーのショートパンツを履き、帽子を被る。出発前に、お揃いの鞄を肩から下げて、準備は万端。


 玄関を後にしたかつしは、音が消える絨毯のふかふかを楽しみながら歩く。外出時はいつもボディーガードの女性とエントランスで待ち合わせをしている。


 「秋穂様、かつし様、おはようございます。」キビキビとお辞儀をこなすと、への字に口を引き締め、一歩下がった。


 「そんなに畏まらなくてもいいんですよ?むしろ、タメ口でも構いませんよ?」


 「まさか、そのようなことは。」やんわりとした口調だけれど、表情は全く変わらず、松井伸利子さんは微動だにしなかった。


 髪を後ろで一括りにし、表情の変化は乏しいものの、その肉体はガッチリと鍛え上げられていることを雄弁と物語っていた。


 「出会って僅かだもの。仕方ないわね。幼稚園に向かいましょう。」秋穂お母さんは一瞬の間を置き、伸利子さんを一瞥した。軽く息を吐くと、秋穂お母さんの鶴の一声で、幼稚園に向かった。


 後ろには伸利子さんが控え、横からは秋穂お母さんに、お外は危ないと言われている。でもだいじょうぶだよ。だって、おんなのこなんて、ぼく いっかいも みたことないよ?


 車から眺めるだけでも、心待ちにしていた。景色は同じでも、色彩は毎日違った色合いを、窓に描いている。あのみちの さきは なにがあるのかな?どんな いろかな?かつしの頭の中は、いつも騒がしかった。


 ママはいつも いってるよ?だから、ぼくも ホントにあぶないと おもうんだ。それでも、外への気持ちはどんどん膨張して、車を突き破って飛び立ちそうな程に、かつしの心を燃え上がらせていた。


 「ママみて!おっきな ひこうきぐも。」唐突に割って入った飛行機雲を見つけて、かつしはシートベルトなんて気にもせず、窓にへばりついた。


 「どれかしら?」秋穂お母さんは身を寄せると、かつしの脇を抱えた。


 「ほら、あのすっごい ながいの。」


 「ああ。あれは雲じゃなくて塔よ。クラウドタワーって言うの。」


 「え?くもじゃないの?」かつしの声は上擦ってしまった。


 「そうよ?それに、飛行機雲にしては大きすぎるわ。本物はね?もっと、細長く伸びているものよ?」秋穂お母さんは笑い終わると、ゆっくりとつけ加えた。


 「あの塔がいつ建てられたのかは、今でもわからないの。昔の人は何に使っていたのかしらね?」秋穂お母さんは、かつしをしっかりと元に戻してから、座席に深く腰をかけた。


 「そんなところがあるの?いってみたい。」かつしは目を輝かせて、塔に視線を戻した。


 「かっちゃんがもう少し大きくならないとね?全く、あそこは人が多すぎるのよ。それに、国の人達や色んな人が出入りするわ。」秋穂お母さんは頬に手を当てて話していたが、段々と声が聞こえなくなっていった。


 「えー?また?じゃあ、おおきくなったら つれてってよ?」ママはこの おねがいだけは きいてくれない。いつも いっしょ。


 「もちろんよ。大きくなった時の楽しみが増えたわね。」はやく おおきくなりたいな。おとなになったら、たくさんの おともだちと いろんなところで あそべるって、ママも いってた。


 かつしと秋穂お母さんが指切りをしていると幼稚園に到着した。同じ制服の流れに従って、警備員のチェックを受けて、幼稚園を囲む高い門を潜った。辺りには、スーツを着用した背の高い人がそこかしこに立っていた。


 敷地を跨ぐと、真っ白で、真っ直ぐな建物が目に入った。木々が整列して道を譲り、来訪を歓迎しているようだった。


 入り口で待つ達秀先生とは、おはようの挨拶を行う代わりに、秋穂お母さんとはお別れの挨拶で惜しみつつ園内に入った。


 「おはよう、かつし!」かつしが廊下を歩いていると、大きな声と軽快なステップで、駆け抜けていった。


 短い髪はツンツンと主張し、自然と立っているのか、もっぱら疑問の三浦かずき君。初めてできた友達だ。


 「おはよう、かずきくん。すごいね。」肩を叩かれた勢いで、ずれた帽子を戻しながらも、かつしは吹き出してしまった。


 「すごい?それより、アニメみたか?きのうも、さいこうだったよな?」かずき君はすぐに調子を取り戻し、前のめりで話を始めた。


 「かっこいいよね。」


 「かっこいい?まぁ、そうか。」かずき君はしばらく首をかしげていたが、やがて頷いた。


 「こんなところで、なにしてるのさ。めいわくになるよ。」姿勢を正して、ゆっくりと歩いてきた。顎を引いて、半目でこちらを眺めているのは篠原けいすけ君。さらさらの髪の毛をきちんと整えている。かつしは、こういう人を大人と呼ぶのだろうと思っていた。


 「そんなこと いうなよな。」かずき君が肩に腕を回そうとして躱されていた。


 「きみは もうすこし まわりを みたほうがいいよ。」けいすけ君は淡々と告げた。


 「なんだと?」


 「ほ、ほら。はやく いこうよ。」ぼくも、もうだいじょうぶ。言い争いはしょっちゅうなのに、すぐ元通り。あたふたしていたかつしだけが後には残され、何かあったのかと尋ねられるのが、いつものことだった。


 落ち着きを取り戻すと、並んで保育室に足を向けた。クラスの友達とも挨拶を交わし、先生の助けを借りて、準備を完了させた。終わると向かい合わせに座って、達秀先生を待った。


 「ねぇ、どうなるかな?」ぼくもアニメの おはなししたいよ。


 「たのしみだよな。」


 「きっと、たくさん でてくるよ。」


 「でてくる?」けいすけくんは なにを いってるの?ぼく、わかんないよ。


 「なかまが ふえてよかった。」


 「あたらしい こは おきにいりだよ。」


 「なんの、おはなしをしてるの?」もうついていけなくなって、かつしは割り込んだ。


 「なにって?」


 「きのうのアニメでしょ?」2人はピタリと動きを止めた。


 「そうだよね?魔法少女サキナちゃんのことだよね?」


 「え〜、あんなの みないだろ。なんでだよ。」かずき君は椅子から仰け反った。


 「おとこのこで みているひとはいないよ。」けいすけ君は目を閉じながら首を振って俯いた。


 「どうして?」かつしは机を叩きながら立ち上がるも、大きな声を出すことしかできなかった。


 「なにが、そんなに おもしろいの?」けいすけ君にじっと見つめられた。


 「だって、わるい かいじゅうから みんなを まもるの かっこいいでしょう?」2人をキョロキョロと見直しながら説明した。


 「なにがいいのか、わかんないなー。」かずき君は笑い出した。


 「かつしは かわってるね。」


 「そ、そうなの?」かつしは目を見開いた。


 「みんな、おはよう。」達秀先生がやってきたことで、このことはかつしの頭から抜け落ちてしまった。



秋穂(あきほ)伸利子(のりこ)達秀(たつひで)

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