表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リバース・ワールド  作者: 萩野栄心
第2章 小学校編 〜低学年〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/79

第37話 お昼休み 後編

 「おはよう、おとね。」登校したかつしは、ランドセルを背負ったまま辻ちゃんの机の前を通り、自分の机に向かった。


 「…。」かつしはランドセルを置き、肩越しに覗いてみた。あれ?そのままだ。ふつうに すわってる。どうして?


 「なにも いえないの?おとね?」かつしは辻ちゃんに近寄った。


 「ふん。ねぇ、アナちゃん。くろだくんのだけ、すっかりわすれてたね?ニックネーム。」辻ちゃんはガタッと席を立つと、橋本ちゃんの席に向かった。


 「そ、そういえば、そうだったね?」


 「いいのがあるんだ、アナちゃん。チビ田だよ。みんなに、まもってもらわなきゃね。」かつしはポップコーンのように膨らんで、跳ね回りそうになった。ぼくより、ちょっとだけ。ちょっとだけ、せが たかいからって!


 「それは、あんまりよくないんじゃ。」橋本ちゃんは、その場で右往左往していた。


 「おとね、おとね、おとね!」


 「チビ田、チビ田、チビ田!」かつしは大きく腕を揺らして、席に戻った。おとねは ひどいよ。あんなことをいうなんて。


 かつしは休み時間に、おとねと聞こえては、声を抑えるのに必死だった。


 「こくごのここ、わかった?」かつしは、文章問題のプリントを見せた。


 「うん、できたよ?れなちゃん。」小走りで離れた木村ちゃんを、かつしは見送った。


 「どうしたの?あかりちゃん。」


 「わたしも、まぜてよ。なにしてるの?こはるちゃん。」


 「え?それはね?」


 せっかくの給食になっても、かつしはあまり食べる気にならなかった。さいしょに もどったみたいだ。かつしは俯き、ひたすら手だけを動かした。橋本ちゃんが小刻みに動く音が聞こえる。きょうはおかわりしないんだね。木村ちゃんの声は全然聞こえない。伊藤ちゃんは、いつもと かわらないかな?


 「どうした。今日は静かじゃないか。」樹里先生は別の班にいたり、先生の机で食べたり、別の先生と交代する時もある。途中からやって来たのは、新しいパターンだった。


 「じゅり先生。ひさねちゃんと、くろだくんがケンカしてます。」木村ちゃんは2人を指差した。あっ、よびかたが もどってるじゃん。せっかく、きめたのに。


 「またか?いつもとは違うのか?」


 「なかなか なかなおりしないんです。」橋本ちゃんが言った。


 「チビ田がわるいんだ。」辻ちゃんはボソッと呟いた。


 「なにをー!おとねが へんなことを いうからだろ。」


 「あー、あー。何となく原因はわかったよ。きっかけを作ったのは私だからね?しっかり見ておけばよかったよ。」樹里先生はため息を吐くと、お箸を置いた。


 「じゅり先生が、わるいんですか?」


 「ちょっと、こはるちゃん。」


 「そうだね。かつしにニックネームを勧めたのは私だ。おっ、丁度いい。お昼休みだ。時間を取るのは悪いけど、ここまでに起こった出来事を、3人で教えてくれないか?」


 3人の説明中、かつしは窓の外を見ることにしたけど落ち着くことはなかった。どれだけ身体を外に向けても向けても、話に吸い寄せられるように、声が聞こえてしまう。ちがうと、かつしは何度も言いそうになった。それでも、かつしはじっとできなくなったとしても、口だけは決して開かないように辛抱した。


 「かつし、どうしてニックネームをつけようと思ったんだった?」かつしは音がした方の頭だけ動かした。え?はじめ?なんだったっけ?


 「ぼくだけ、みょうじなのが いやだったから?」


 「そうだね?それで、何が嫌でニックネームをつけようと思ったんだい?もうちょっと考えてみな。」なんのこと?かつしは樹里先生を見た。じゅり先生、こたえを おしえてよ。ぼく、わかんないよ。


 「ひさね、いつもはすぐ文句を言うのに、今回は大人しかったんだね?」樹里先生の言葉が、かつしの頭の中に入ってきた。たしかに!いつもは しばこうとしたり、大きなこえを出してたのに。


 「だって、できなかった。」辻ちゃんはグスンと肩を揺らした。え?かつしの身と心は凍ってしまい、全ての活動が停止された。やがて、急速に解凍され始めた。そこまで、いやだったの?ぼくが、なかせちゃったの!?


 「本当に辛かったね?できなかったんだね?」そうだったの!?樹里先生は、辻ちゃんの背中をさすっていた。ぼく、わるいことをしちゃったの?こんなに、きずつけたの?いつもハキハキしてるつじちゃんが…。そんなことを おもってたなんて…。ジワジワとかつしの中に後悔が忍び寄ってきた。


 「やっと言えたね?さぁ、かつし。思い出せたかい?」かんがえるの、わすれてた。でも、いま おもいだしたよ。辻ちゃんの元に1人、2人と集まる姿を見ていたら、かつしは思い出した。


 「なかまはずれみたいで、いやだったからだ。」かつしは呟いた。


 「そうだね?それで仲良くなれた?」


 「なれなかった。」かつしは俯いた。ぼくだけ なかまはずれは いやだった。でもいま、ホントに なかまはずれみたいだ。


 「そうだ。本当は仲良くなりたかっただけなのに。どうして、こうなってしまったと思う?かつし。」もういいじゃん。そんなに いわなくても。かつしは顔に力を込めていた。


 「いやなニックネームだったから。」飛び出したがらない言葉を、かつしは何とか絞り出した。


 「かつしも傷付いただろう?ひさねも傷付いていた。相手の気持ちがわかってきて、本当は悪いことをしてしまったと反省しているんだろう?」目を腫らした辻ちゃんと、汗を流すかつしは目が合った。


 「なぁに、今回はちっとばかし加減が効かなかっただけさ。今ならしっかりと話し合い、仲直りができるよ。世の中には、こんな簡単なこともできない大人がわんさかいるんだ。今の内に練習するといい。今だからこそだよ?何が悪くて、何が良いかを体験できるのは。」


 「チビ田っていって、ごめん。いやなこと、わざといった。」辻ちゃんが頭を下げていた。あっ、先にいわれた。


 「ぼくも、ごめん。いいすぎた。なかよくなれたって、はしゃぎすぎた。」なかよくなったら、なんでもしていいわけじゃないんだね。かつしも頭を下げた。


 「さぁ、仕切り直して、ニックネームを決めようじゃないか。」樹里先生が手を叩いて、大きな声を出した。


 「え〜。またへんなことになったら いやだよ?」木村ちゃんは伸びをした。


 「何を言う。失敗した今だからこそ、きちんとできるだろうに。このままの方が勿体無い。いいかい?ニックネームとは、親愛の意を込めてつけるものだ。要するに、友達を大切にしたいという想いが、形となって表れるのがニックネームだ。呼ぶ度に、グッと仲が近づくぞ?」


 「やろうよ!わたしも、もっと なかよくなりたい。」橋本ちゃんが手を挙げた。


 「でも、くろだくんの なまえを よぶのも はずかしいのに、ニックネームをつけるほうが むずかしくない?」木村ちゃんは椅子に座り直した。


 「くろだくんの なまえを よべるのも、じゅり先生ぐらいだもんね。いいニックネームはないですか?」橋本ちゃんが言った。


 「自分達で決めないと意味がないだろう。」


 「そういえばじゅり先生、ぼくと けっこんしたいの?」かつしは身体を揺らして待っていると、引っ掛かりを覚えた。


 「なにバカなことを言ってるんだい?」


 「ちがうの?」あれ?ちがった?


 「じゅり先生。くろだくんは男の子のなまえを よぶのは ふうふだけだと おもっているんです。」そうそう。それだよ、きむらちゃん。ちがうの?


 「いつの話をしてるんだい。そんなの今のご時世あるわけないだろう。誰だい?そんなことを吹き込んだのは。」樹里先生の言葉の後に、今日一番の悲鳴が教室に響き渡った。



樹里(じゅり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ