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リバース・ワールド  作者: 萩野栄心
第1章 幼稚園編
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第4話 おかあさん 後編

 「今日は逃げないの?珍しいわね。」戻ってきた秋穂お母さんの両腕には、色とりどりの食材が吊り下げられていた。


 「ママはぼくが こわいんだ。コソコソして かくれてる。ぼくが かっちゃうから。」


 「怖い?何のお話なの?かっちゃんは、ママにどうして欲しいの?」食材は迷うことなく、次々と冷蔵庫に収納されていった。あれ?ママがおどろかない。どうして?ひみつなのに。


 「ママができるか、ぼくがみるよ?」


 「それなら、ヨーイドンで一緒にやりましょう?男の子で料理ができないと、みんなに笑われちゃうわよ?」秋穂お母さんがやってきた。キッチンを見ると、食材が並べられていた。


 「そ、それは いやだ。やっぱり、ぼく。テレビにするよ。」


 「かっちゃんの方が怖そうよ?料理では勝てるかもしれないのに逃げちゃうの?また負けちゃうわよ?」秋穂お母さんの声に、かつしの足は止めさせられた。


 「ちがうもん。まけてない。かてるもん。」


 「大きくなった時のために、一緒に作りましょう。」秋穂お母さんは無地のエプロンをつけて、腕まくりをしていた。


 「はーい…。」かつしはキッチンへ、ロボットのように足を向けた。これじゃあ、いつもとおなじだ。きょうは さくせんを かんがえたのに。どうして?


 「ズルはダメだよ、ママ。」台所に届かないかつしは踏み台に立ち、子供用の包丁を握っていた。いっしょだとズルはできないよ?


 「もちろんよ。猫の手よ。猫さんね。」かつしはおっかなびっくり食材を切り始めた。


 「ふぅ。」かつしは半分まで切り終えた。ライバルの秋穂お母さんを見ると、覗き込んだり引っ込んだりをしていた。


 「ママはできたの?」かつしは交互に足踏みをした。


 「できたわよ?切らないようにね?ゆっくりよ?かっちゃん。」隣を見ると、他の食材まで切り終わり、綺麗に並んでいた。


 「ママはズルしたんだ。」かつしが包丁で切ろうとすると、肩に両手が乗せられた。


 「滅多切りにする勢いじゃない。それじゃあ、美味しいお料理は作れないわよ?ゆっくりでいいのよ、ゆっくりで。」秋穂お母さんの手が重なり、もう一度切り始めた。


 「ねぇ、ママ。だいじょうぶ?」鍋はグツグツしていた。かつしはキッチンの陰に退散し、遠くから声を掛けた。


 「どうしたの?」


 「おなべも ひも あぶないよ?」


 「怖くない火だから大丈夫よ。お鍋も爆発なんかしないわ。こうすることでね?グッと美味しくなるんだから。」秋穂お母さんは再び鍋をかき混ぜ始めた。


 「ママはもえないの?」


 「ママが守っているから大丈夫よ?美味しくなーれ、ってかき混ぜるのよ?やってみる?最後まで作るのと、作らないのとでは全く味が違うわよ?」


 「そうなの?やるやる。」かつしは踏み台に乗った。


 「ちゃんと みててね?」かつしは鍋の前で調理スプーンを握り、後ろを振り返った。


 「大丈夫よ。きっと美味しい料理ができあがるわ。」かつしは大きな円を描いた。一混ぜするごとに、スパイシーな香りがふわっと立ち込め、かつしは次々に混ぜていった。


 「もういいでしょう?ママ。」


 「まだよ。あともう少し。」


 「まただよ。もう たべたい。」


 「ここでしっかり耐えないと、美味しい料理はできないのよ?食べて、がっかりはしたくないでしょう?」


 「そうだけど。まだかな?」かつしがさらに何回も尋ねると、ようやく料理が完成した。


 かつしはもちろん山盛りにした。両手で運んでいると、お皿の端やキッチンに、ポタポタと跡が残っていった。


 「ご飯を食べる前には?」かつしと秋穂お母さんは隣り合わせで席についた。


 「いただきます!」かつしは両手を合わせると、スプーンで真っ先に食べ始めた。


 「火傷しちゃうわよ?いただきます。」秋穂お母さんは音を立てずに、食事を始めた。



 「お料理は楽しかった?自分で作って、食べると美味しいでしょう?」


 「でも、ちがうよ?」かつしは椅子にもたれかかった。


 「あんなに、はしゃいでいたのに?楽しくて美味しかったからいいんじゃないの?ママにはしっかり届いたわよ?かっちゃんが頑張って、美味しくしたいって気持ちが。」秋穂お母さんはニコニコと笑っていた。


 「ママがかったからだ。」ママとちがう。こんなにボコボコだし、ママのほうが おいしいもん。どうして?


 「ママはかっちゃんの作った方が美味しかったわよ?すっかり元気を貰って、何でもできちゃうわよ?すごいわ、かっちゃん。」


 「うそだ。いつものようにはいかないぞ。」


 「へ〜?それなら、どうだった?今日ずっと見てたでしょう?何かわかったのかしら?」


 「ママはズルしてるんだ。どこかに かくしてるって、ぼくは しってるもん。」だから、かてないんだ。じょうほうだ。ちがったんだ。


 「ほうほう。それが何かわかった?」秋穂お母さんは、目の前のお皿を持っていった。


 「わかったら、ぜったい かてるのに。」かつしは椅子の上で、手足をばたつかせた。


 「もっと大きくなって、もっとお料理をやってみたら、何かわかるかもしれないわね?楽しみね?」秋穂お母さんは台所へ歩いていった。


 「にげた!まてー。」かつしは動けなくて、秋穂お母さんを追いかけられなかった。こうしてかつしの日常は、今日も過ぎていった。



秋穂(あきほ)

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