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リバース・ワールド  作者: 萩野栄心
第2章 小学校編 〜低学年〜

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第33話 日直当番

 「きりつ、れい。」橋本ちゃんの号令で授業が始まる。かつしが日直の時は、いつも終わりの号令をお願いしている。どうしてこんなに ちがうのかな?しきかんみたいで かっこいいよね?ぼくのときはバラバラで、こんなスムーズにできないよ。


 今朝登校すると、黒板に黒田、橋本という名前が書かれていた。しかも、はしもとちゃんとだ。かつしは日直の仕事を度々忘れる。初めの方は、忘れてるよと黒板を指差していたのが、また忘れてると黒板消しを渡されるようになった。


 一番お叱りを飛ばすのも橋本ちゃんだった。しかも最近は、日直の仕事も増えてしまった。かつしはノートの端っこに、にっちょくの おしごと、と忘れないようにメモをしておいた。


 橋本ちゃんの第一印象は跡形もなく消え去っていた。はずかしがりや?きっと、がまんしてたに きまってる。大人しそう?まったく そんなことない。いつもハッキリはなしている。ぼくとにてる?ぼくは、こんなにルールにきびしくないよ。ぜんぜん ちがってた。


 「くろだくん、わすれずに ごうれいできるじゃん。きょう、しっかりしてたよ。」橋本ちゃんはこうして日直の終わりに声を掛けてくれることも多い。きょうは、よかったみたい。


 「これぐらい かんたんだよ。つぎは、なんの じゅぎょうだっけ?」


 「つぎは、ずこうだよ。きょうしつの いどうだね。くろだくん、みんなと さきに いってて。」橋本ちゃんは席に戻っていった。


 「くろだくん、ずこうしつへ いこうよ。」かつしはどこかの声に誘われ、動き始めた。


 「ちょっとまって。ぼくも、じゅんびしなきゃ。」移動教室は、荷物を持ったり、教室を間違えないようにと忙しい。でも、ワクワクするから、ぼくはすき。わからなかったら、みんなに ついていけばいいんだもん。


 「ずこうしつって、なんでこんなに四かくだらけなんだ?」辻ちゃんは四角い椅子ごと抱えて、何度も跳ねていた。


 「こんなにおっきな つくえ、すごいよ。なんでもできちゃう。」班のみんなが使っても、余裕の広さをしていた。机から椅子まで教室の全てが、削り出した木を使用しているようだった。教室より大きい黒板は、ここだけ緑の壁と一体化して、一面全部が黒板に見えた。かつしは職人になった気分だった。訪れるだけで、色々触るのが楽しい場所が図工室だった。


 「きょうは、なにするの?」伊藤ちゃんは、教科書と筆箱を端に寄せて座っていた。


 「でっかい えに きまってる。ここに くるんだよ?」辻ちゃんが机を叩いた。


 「もしかしたら、みんなで1まいの えを かくかもしれないよ?」木村ちゃんは鉛筆を動かしていた。まだはじまってないよ?おえかきでもしてるのかな?


 「ねぇ。れなちゃんまだかな?」たしかに。かつしが図工室を眺めても見当たらなかった。


 「もう じゅぎょう はじまるよ?」木村ちゃんも顔を上げて言った。


 「れなちゃんって、たまに おそいよね?」辻ちゃんが言った。


 「ごめんね、おそくなっちゃった。」橋本ちゃんはパタパタとやってきた。


 「ギリギリじゃん。」


 「ごめんごめん。」辻ちゃんと橋本ちゃんが話を始めた。


 「はしもとちゃん。ぼくよりおそかったね。じゅんび、たいへんだった?」チャンスはいましかない。かつしも会話に参加した。


 「くろだくんには いわれたくないよ。きょうぐらいじゃない?はやかったのって。」かつしは黙らされて、班のみんなには笑われてしまった。


 「今日は、初めての粘土に触ってもらおう。どんな使い方をしてもいい。いずれ粘土で作品を作ってもらいたいから、考えながらでもいいよ。まぁ、とにかく一杯触るといい。」樹里先生は各班ごとに粘土、粘土板、ヘラを人数分手渡した。


 「よーくこねて、カチカチになったら、ちょっとだけ水をつけるんだ。つけすぎると、べちゃべちゃになるからね。」樹里先生の声を耳に挟みながら、かつしは力一杯こねていた。


 「そんなに いっぱい ねん土を つかっても だいじょうぶ?」橋本ちゃんは両手に収まるサイズの粘土を捏ねていた。


 「つじちゃんもいっしょだよ?」辻ちゃんの巨大な粘土は何度も机に叩きつけられていた。


 「あれでも、ちょっとずつだよ?」


 「そうそう。くろだくんとはちがうの。わたしは、かしこいからね。」うししと辻ちゃんが笑って、かつしはムカっときた。


 「ぼくと たいして かわらないのに。」かつしはさらに粘土を増やした為、後片付けが大変なことになってしまった。


 「まだ かたずけが のこってたの?バイバ〜イ。」辻ちゃんは言い残すと、さっさと教室に戻ってしまった。固まった粘土のせいで、かつしは授業が終わっても片付けをしていた。


 「なんでこんなことに。どうして、ぼくばっかり。」かつしは粘土板を割る勢いで何度も擦ったが、こびりついてなかなか離れることはなかった。


 「わたしも手つだうよ。」はしもとちゃん!


 「いいの?」たすけてくれるの?橋本ちゃんが光って見えた。


 「早くしないと。おくれちゃうもん。」


 「そうなの?ありがとう。」あれだけこびりついていたのが、あっという間になくなっていった。片付けが終わったかつしは、橋本ちゃんと教室に戻った。



 次の授業の終わり、かつしが教室を出た後、暗くなったことを視界の端で捉えた。また別の日には、かつしがプリントを書く間に配布する姿を、日直が忘れている時に代わりに行う姿を、色んな人と会話する姿を、かつしは目撃するようになっていった。


 ぼくが下手で、いやがらせをしてたんじゃなかったんだ。ずこうしつのときみたいに、みんなを たすけてたんだ。かつしは、橋本ちゃんの顔を見づらくなり、話しづらくなった。


 「恥ずかしいなら、かっちゃんも一緒に手伝えばいいんじゃない?きっと、わかってくれると思うわ。」秋穂お母さんに聞いてみると、名案が返ってきた。


 かつしは次の移動教室の時間、机の整理をするフリをして待つことにした。


 「はしもとちゃんだけだと、できるかわからないよ。」かつしは電気を消した。


 「ありがとう。」橋本ちゃんはそれ以外何も言わずに、一緒に教室を移動した。


 その日の図工の授業では、橋本ちゃんと一緒にイルカの作品を作り、辻ちゃんをあっと驚かせることができた。樹里先生に地団駄を踏みながら文句を言う姿を見れたのが、かつしの一番のご褒美になった。


 かつしは黒板に書かれた黒田、吉田の文字を消すと、橋本、辻の名前を新たに書いて、帰宅した。



樹里(じゅり)秋穂(あきほ)

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