第22話 小学1年生
「小学校は、はんたいなの?」3年前のぽっちゃり体型からは卒業しても、かつしの車内の様子からは、それ以外の変化を感じることはあまりなかった。
「そうね。東男幼稚園は東京の中心だったものね。今までとは真逆の方向だけど、西区内の移動だと人が少ないから、少しは楽になるんじゃない?」秋穂お母さんはベージュのスーツに身を包んでいた。
「そうなの?ぼく、いったことなんてないからわかんない。」
「騒ぎになりすぎて行けなくなっちゃったわね。知ってる?小学校の近くで、1日中待っていた人もいたみたいよ?こっそり進めていたのに、どこで漏れたのかしら?本当に油断の隙もあったものじゃないわ。」
「ねぇ、ママ。早くぬぎたい。」動きに制約があり、ぴっちりと締め付けるスーツに、かつしは飽き飽きとしていた。
「ダメよ、ダメ。せっかく、アタトスで買ったんだから。これからなのよ?せっかく、かっこいいのに台無しになっちゃうわ。」
「え〜。もういいよ。」かつしはぶーたれると、物思いに耽った。
「今日はみんなが、かっちゃんに注目するのよ?幼稚園の時とは全然違うのよ?真っ赤っ赤になっても知らないわよ。」
「もう小学生だよ?だいじょうぶに きまってる。」秋穂お母さんの声は遠くに聞こえた。かつしは当たり前のことを言うと、どんどん過去を思い出していった。
もう1人のかつしは存在する。だけど、かつしにとっては、忘れていた赤ん坊の記憶を思い出したぐらいの感覚だった。
だから驚きなんかはなく、むしろ呆気なかった。ああ、そっか。そうなのか。かつしはそれぐらいに感じていた。かつしはかつしで、現実では何の変化も起こっていなかった。
ふと、かつしは車窓から外を眺めた。広い車道の両脇には、草花がアクセントなレンガ作りの歩道。落ち着いた色合いのお店と、すれ違うことも多かった。
「こっちは大きいたてものがないんだね?」もうくびが いたくないよ?やったね。かつしは窓の縁に手を置き、じっと視線を走らせていた。
「西区は、かっちゃんがまだまだ知らないような綺麗な自然がたくさんあるわ?ママも都区より西区のこういう所が気に入って、お家を選んだのよ?」秋穂お母さんの表情が和らいだ。
「いいな〜。いってみたいな〜。」おうちの ちかくか、ちかくの こうえんしか しらないもん。いいな〜。
「これからよ。入学したら、いろんな場所にお出かけできるわ?それにここは、お友達と仲良くしたり、遊んだりするのにもってこいなんだから。」秋穂お母さんは微笑んでいた。
「ホント?たのしみだな〜。」これから どんな せかいが ひろがっているのかな?ひょっとしたら、ぼくがこんなに おそとが すきなのも、もうひとりの ぼくが すきだったからかもしれないね?もうひとりの ぼくって、どんなのだったのかな?
「それより、お友達の方が大変よ。本当に大丈夫?かっちゃん。」まただよ、ママ。
「だいじょうぶ。みんなと おともだちに なれるよ。」かつしは笑顔で答えた。
「きっと大丈夫よね?警備は万全だし、問題のある人もいない筈。うん、大丈夫よ。まだ知らないからよね。うん。」秋穂お母さんは何度も呟いていた。ママ、だいじょうぶ?ママが おかしくなっちゃった?
かつしはあまり心配をしていなかった。ほんとうは みんな なかよくしたいと おもってるはずなんだ。男の子も、女の子も。きひろちゃんみたいな女の子もいて、ケンカばかりになっちゃうのは いやだ。
だから、女の子の気もち。うれしいこと、いやなことを しるためにも、小学校にいくんだ。みんなが いってることだけじゃなくて、ぼくが見てみたいんだ。
そうすればケンカなんかしないで、きっと なかよくなれるよ。男の子も、女の子も、みんなの気もちがわかったら、きっと なかよくなれる。だれもできないから、ケンカをしてるだけなんだよ。きっと。
「かっちゃん、小学校に着いたわよ。」秋穂お母さんの声で、かつしはハッと気がついた。
「どこどこ?ねぇ、ホントに小学校についたの?」かつしが辺りをキョロキョロと見回しても、パンフレットで覚えた校門はどこにも見当たらなかった。
「ほら、入り口が目の前にあるでしょう?今通ってる最中よ?」秋穂お母さんは目の前を指差したが、車一台がようやく通れそうな狭さの柵だった。その上、ハゲまであり、随分こじんまりとした門構えをしていた。
「ここ?」かつしは素っ頓狂な声が出た。ようちえんより小さいよ?ホントにここなの?
「そうよ?表はすごい騒ぎよ?マスコミに、警備に、人がたくさんだったでしょう?校門は危険で目立つから、裏門から入るって聞いてなかった?」
「ぼく、しらない。」かつしは秋穂お母さんの腕を引っ張った。小学校は校もんから入るものでしょ?どうして?
「ごめんなさいね。でも仕方がないのよ。ここは幼稚園程のセキュリティがあるわけではないし、安全の為にもね?」秋穂お母さんは両手を合わせて謝った。
「たのしみだったのに。」かつしはぶつぶつと呟いた。
「落ち着いたら、校門から来れるわよ。さぁ、降りましょう。」車が停車すると、秋穂お母さんの声に従って、かつしは降りた。
「お待ちしておりました。鈴鳴小学校へようこそおいでくださいました。ご入学おめでとうございます。」小学校の裏口で、1人の女性が頭を下げていた。
秋穂




