表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リバース・ワールド  作者: 萩野栄心
第1章 幼稚園編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/79

間話 1 秋穂の思い 前編

 確かあれは冬の終わりの方。そう、春の訪れを心待ちにしていた6年前のあの日の出来事。小さな病室で発せられた一言が、私の人生を一変させた。


 「黒田さん。お子さんの性別が判明しましたよ〜。なんと男の子です!おめでとうございます!こんなことは滅多にありませんよ〜。素晴らしいですね〜。」担当医のお子さんかしら?思わず錯覚してしまう程の喜びようだったわ。飛び跳ねる度に、花火が飛び出てきそうでね。だからだと思うわ。唖然とする私に全く気付いていなかったのでしょうね。


 「すごいことですよね?」突然大き過ぎる衝撃を受けてショートしてしまったわ?まともに働かない私の頭をせっつくと、ようやくおうむ返しに尋ねられたの。


 「何を言ってるんですか黒田さん!すごいに決まってますよ!一大事ですよ?一・大・事。男の子は国の宝なんですからね?大丈夫です?こんな風に、のんびりなんてしていられませんよ?」素早く詰め寄られると、私は説教をされてしまった。待って?こんなに速く動けるの?


 「男の子を迎える準備は大変ですよ〜。まずは転院手続きが必要ですね〜。ああっと。国にも連絡しないといけなかったですね。楽しみですね〜、黒田さん。」今度は弾かれたように立ち上がった。今まで、のんびりと世間話に花を咲かせていたのが嘘みたいよ。


 「大変そうですね?え?転院?」嘘のような話をボーッと聞いていたら、恐ろしい言葉を耳にした。


 「当然ですよ〜。男の子ですから〜。指定先の病院でしか出産は認められていませんよ?どんなお名前にされるんですか?お子さんと会えるのが待ち遠しいですね〜。」まさに処刑執行人。満面の笑みで告げる姿が、私には余計にそう見えて仕方なかったわ。


 私はこの小ぢんまりとした関係を、いささか気に入っていた。都会の一角にポツンと残り、錆が所々に良い味を出している病院なの。


 右も左もわからないまま家を飛び出し、厳しい女社会に入ったわ。熾烈を極める競争をなんとか生き残ったけれど、ふと思ったのよ。最後にまともな暮らしを行ったのは、いつだったのだろうかと。


 私は人生の意味を考え始めた。将来を考えると、今しかないと思ったわ。ゆっくりできそうなタイミングだし、子供を産むのは早い方がいいに決まっているもの。それに人工授精は女手一つで可能よ?肩の荷を下ろして、産まれる子供とゆっくり過ごしたいって思うのは、いたって普通のことでしょう?


 そんな時に見つけたの。年季の入った椅子によく座ったものね。古びたPCやベッドに囲まれて。そこには、気の合う年配のお医者さんがいたのよ。たわいのない話をすれば、将来についても。お腹の子を交えて、よく語り合ったわ。癒しだったのよ。殺伐とした毎日の中のね。


 こうして振り返っていたらね?実力重視の女社会も、そう悪くなかったなって。ただ、目の前の仕事に追われて、気付かなかっただけなのよ。むしろ性に会っていたんじゃないかしら?


 心機一転。これからは、ひっそり暮らしながら子育てをするわ。自分のこともやりたいことも理解したもの。この時の私は、のびのびとした未来に希望を抱いていた。




 お腹の子の性別が判明してからは、崖から転がり落ちるように、元の慌ただしい生活が舞い戻ってきたわ。やることが多過ぎるのよ。


 まずは都内の大病院への転院でしょう?次に病院の会議室で面会が始まるのよ?政府の役員さんと新たな担当医師が並んで座っているの。それだけならよかったわね。ただ、想像と全く違ったのよ。目の前では演説が繰り広げられていた。すっかり熱量に押された私は、首を縦に振るだけのマシンになってしまったわ。


 「いいですか!何をおいても!ご自分の身体を守ってください!国の施設、もしくは病院の施設で過ごしていただきますが、いかがなさいますか?」政府の役人って、もっとお堅い人だとばかり思い込んでいたわ。さも当然のように進めているわね。


 「その2択しかダメでしょうか?今まで通り、仕事を行いたいと思うのですが…。」私はそろそろと手をあげた。


 「ダメです。」役員さんに即却下された。微塵の余地もなさそうね。


 「突然過ぎて、黒田さんも混乱されているんですよね?大丈夫ですよ。そういう方もいらっしゃいます。ただですね?激しい社会で受けた肉体や精神の疲労というのは、直接お子さんに響いてしまうんです。ですので、どうかお休みください。」お医者さんは穏やかそうだけど、こちらも鋼鉄の意志を持ってぶれなさそうね。というか私、責められたのかしら?


 「そうですか。しかし生活もあります。それほど長い期間、職場を空けるわけにもいきませんから。」どんどん思わぬ方向へ進んでいる気がするわ。本当に大丈夫かしら?


 「ご安心ください。それならば問題ございません。男の子と確認され次第、法律により、あらゆるサポートを受けることができます。」しまった。何かいけないスイッチを押してしまったみたいよ?待っていましたとばかりに、嬉々として話しているもの。


 「黒田さん。これからは育児が最優先事項になります。これは権利ではなく、義務です。不安に思うことはありません。健やかに育んでいただくためにも、国をあげてバックアップをさせていただきます。」勢いが止まらないわ。堰を切ったように話し続けているもの。


 「それでも無理でしたら、喜んで引き取らせていただきますが、そのような方はいる訳がありません。それでは次ですね。」ダメよ。もう止まらないわ。役員さんは眼鏡を光らせると、書類を手渡された。えーっと、サポート内容?




 結局私は、国の推奨する施設で息子を出迎えることに決めたわ。ここは、かなり長閑な場所でね?同じ立場の女性と仲良くなったり、トレーニングなんかも行ったわね。施設が充実していて、私もしっかり息子と向き合うことができたの。本当にありがたかったわ。


 どうやら国のサポートは、私の想像を遥かに超えていて、思わず飛び退いたわ。仕事時間の短縮でしょう?それに、退職金もあったわね。生活で苦労しないようなサポートや、セキュリティ対策が万全の家への引越し。さらに、社会保障の優遇まであって、何でも揃っていたわ。


 今までの頑張りって何よ。あまりの高待遇ぶりに、私は完全否定された気持ちになったわ。だからでしょうね。最近、社会問題にもなっているのね。しっかり理解したわ。


 そういえば明日、久しぶりに彩とランチの予定だったわね。相変わらず競争の激しい婚活を頑張っているのかな?会うのが楽しみ。



(あや)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ