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リバース・ワールド  作者: 萩野栄心
第1章 幼稚園編
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第18話 クラウドタワー 出会い編

 ピカピカに磨かれた黒塗りの車が走行していた。後部座席の一角は、空想世界と見紛う程に華やかな光景が広がっていた。


 「はぁ…。」お人形さんの寛ぐ姿に見惚れていると、すぐに現実の世界であると引き戻された。今日もまた、ため息をおつきになりました。


 「お嬢様。せっかくお気に入りの場所へお出かけになるのに、浮かないお顔をなさっては勿体ないです。」小さなご主人様は革張りのシートにお行儀よくお掛けで、微動だにしない。執事はそぐわないお姿に心を痛めた。


 「きょうもでしょう?まさか、あのばしょなんて。えがおになれると おもいますか?」外をご覧になりながら、深いため息をおつきになった。あぁ、また思い出させてしまった。


 「きっと、お嬢様と気の合う方がいらっしゃいますよ。」顔に刻まれた皺を精一杯動かして励ました。執事はどうにかして取り戻したいと、常々考えていた。


 「さゆりは、いつもそうね。せいぼのように、しずかに わらうの。」対抗心をあらわになさるお嬢様のお姿に、執事の沙悠里は微笑ましい気持ちになった。


 「お嬢様がご存じになさらないお方の方が圧倒的に多いです。きっと出会えるでしょう、お嬢様。」それでも沙悠里は、なおもむくれ続けるお嬢様をいつも通り見守り続けた。




 展望台の扉が開いた瞬間、様々な出来事が重なった。狭く密閉された空間に耐えかねたひまりは泣き出した。エレベーターの停止のはずみでコーヒーが溢れて、伸利子さんが身代わりになった。その一瞬の隙に、かつしは激しい人波の中へ、するりと消えてしまった。


 「ど、どうしましょう。あの子、ひまりの声すら聞こえていないわ。ずっと、控え目にしていたのが仇になってしまったの?あぁ、悪い事に巻き込まれていないといいのだけど。」秋穂はエレベーターの周囲をグルグル回っていた。嫌な予感が浮かんでは新たに浮かび上がり、どんどん心を重くさせた。


 「申し訳ございません。目を離した私の責任です。すぐに警備に連絡し、私も捜索に向かいます。ご安心ください。このための今日です。迂闊な真似はそうそうできないでしょう。」伸利子さんは身を翻すと、突風のように駆け抜けていった。


 「そうね。こんなことをしている場合じゃないわ。早く見つけないと。」秋穂はぐずるひまりをあやしながら、探しに向かった。待ってて、かっちゃん。




 もう へいきなのに、どうして。かつしは顔を俯かせながら壁沿いを歩いていた。見渡す限りどこまでも広がっている。探しても、探しても見当たらない。ぼくだけ、ひとりだ。とりのこされちゃったんだ。かつしは今にも泣きそうになっていた。


 「ママ?どこなの?」かつしは身体を縮こませていた。おしゃべりする人も、景色を眺める人も、視線は揃って一緒。研ぎ澄ました牙をいつかは向けてくるかもしれない。やっぱり、みんなが あってたんだ。わるものなんだ。ママといたときは、しらなかった。かつしはまた、すれ違う1人をこっそりと見た。


 「つかれたよ。どうしたらいいの?ママ?」かつしは、すみっこの方に横長い椅子があるのを見つけた。1人1人思い出していると、伸利子さんの言葉を思い出した。きっと、きてくれるよね?ウソじゃないよね?かつしは椅子に座ることにした。


 「おや坊や、困ったことでも?お姉さんが助けてあげようか?」かつしの呼吸が落ち着きを取り戻す間近に、大きな影が覆った。


 「え?」やっぱり、みんなが あってたんだ。怪物は実在した。ピカピカした赤いドレスを着て、ギラギラと輝く力強い目で、かつしを上から見下ろし、今にも牙を剥いている。かつしは動けなくなった。


 「おやおや、反応なし。せっかく声をかけたのにつれないねー?安心して、声も出ないかい?」怪物はパサついた髪を押さえながら、大笑いした。


 「こないで。」なんとか言葉を絞り出した。かつしは腕を抱いて俯いた。


 「なんて?聞こえないよ。私に着いてくるといい。お母さんの所へ連れてってあげるからさ。」手が差し伸べられていた。


 「ほんと?ママが?」


 「本当さ。」もう一度だけ顔を上げたが、希望の花は散ってしまった。かつしは秋穂お母さんの教えも思い出してしまった。


 「やだ。」かつしはささやかな抵抗しかできなかった。こんな こわいのと たたかうことなんてできないよ。目の前に立たれると、かつしの身体は正常に働かなくなっていた。


 「何してんだい。そんなことをしてると、お母さんに会えないんだよ。さぁ早く。」怪物はしきりにキョロキョロしていた。徐々に声の抑えが効かなくなって、最後にはものすごい圧力だった。


 「ひぃ。」ど迫力の凄みを間近で貰い、かつしは涙目になった。もう必死に頭を抱えることしかできない。


 「仕方ない、もうやるしかないか。連れて行くしかないね。」小さな呟きが聞こえた。


 「やめたほうがいいわよ?いのちが おしくないならね。もう ておくれでしょうが。あなた いっしょう でてこれないわね。」凛とした声が遮った。


 「なんなんだい。」言葉尻が悲鳴のような声に変わっていた。


 フワフワの髪の毛は舞い、綺麗なワンピースを着ていた。後ろには執事を連れて、別の時間の中に佇んでいるように見えた。正反対ではあるものの、かつしには、サキナちゃんにそっくりだった。


 「おさないこを こんなに こわがらせておいて、ただですむわけないでしょう。さっさと あきらめなさい。」かつしの涙は止まってしまった。このフワフワした女の子から、こんな言葉が飛び出してきたのが、かつしには本当に信じられなかった。


 「このっ。何でも与えられたガキの分際で、調子に乗りやがって。」肩を怒らせて、顔まで真っ赤っかになっていた。今にも飛びかかりそうで、かつしは身体を背けた。


 「できるならやってみなさい。それができないから、こざかしく おどすことしかできなかったんでしょう?わたしが さけんだら、あなたどうするの?」


 「なにっ。」怪物は周囲を窺うと、何度も足を止めながら去っていった。かつしはあまりの恐ろしさに、目を向けることができなかった。


 「わたしが あのこを みておくから、さゆりは かかりのものに つたえて。」すごい。あんなに おおきくて、こわいのを やっつけたんだ。あたりまえみたいに。かつしはしばらくボーッとしていた。


 「かしこまりました。お嬢様。」執事は静かに歩いていった。




 秋穂は警備の者と一緒だった。かつしの捜索手配が済んだところだった。再度捜索を進めていると、1人の人間が近づいてきた。


 「沙悠里さん?」


 「秋穂ちゃん?」


 秋穂にとって、身に覚えのある人物だった。



沙悠里(さゆり)秋穂(あきほ)伸利子(のりこ)

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