第17話 クラウドタワー 入場編
クラウドタワー。綺麗に整備されたオフィス街の中で、ポツンと異質な塔が立っていた。
ぐんぐん伸びるクラウドタワーに歓声を上げていたが、かつしが真下に到着した時は声すら出なかった。
晴天の中、悠然と佇むクラウドタワーは日の光と相まって、輝くような白さをしていた。ずっと憧れていた気持ちと、かつしの想像を軽く吹き飛ばす程の迫力だった。
ただ、今のかつしはぐったりしていた。つばの広い麦わら帽子を目深に被り、肌をびっちり覆い隠した服装。窮屈な視界の上に、暑くて仕方がない。ほんの少しの隙でも、すぐにバレてしまうと変なスプレーもかけられた。
そんな事情はお構いなしに、人はどんどんと押し寄せる。初めて人だかりを見たことが既に懐かしい。訓練を積んだのに、かつしはしばらく動くことができなかった。
「ママの手を離したらダメよ?」クラウドタワーに入場するために並んでいた。
「ぜんぜん みえない。」かつしは小声で話した。背の低いかつしにとって、周りの大人達は立派な障壁になった。なかなか進まない上に、見えるのは大人の背中ばかり。かつしはつまらなくなってきた。
「少しだけ上を見るといいわ。真下だから、よく見えるはずよ?ほんのちょっとだけよ?」秋穂お母さんは妹を抱え直して、伸利子さんがかつしの前に立った。
「すごいっ。」かつしは帽子を押さえながら見上げると、声を出してしまった。手で口を塞いだが、もう一方の声が掻き消していた。
「ひまりは本当に元気ね?」今はかつしの妹が声をあげて笑っていた。ひまりはとにかく忙しい。泣いたり、騒いだり、笑ったりと、周囲の目を一斉に惹きつける。今も横の人から話し掛けられている。
「それにしても人が多いわね。これ程とは思わなかったわ。」秋穂お母さんはハンカチで、額の汗を拭った。
「本日は休日ですが、警備の数が特に違います。人も多くて紛られますので、最もベストだと思います。」
「そうよね?早く中に入りたいわ。」
「まだ体力は戻っていないでしょうし、無理せずにお飲みください。」伸利子さんがお茶を差し出した。あれ?いつもとちがう?
「ありがとう、伸利子さん。」やっぱり、へんだ。なにかあったのかな?
「のりこさん、どうしたの?ふくが ちがうよ?」伸利子さんの別の服装は初めて見た。
「人がたくさんいますので、いつもの服装では目立ってしまいます。今日はひっそりと見学する予定なので、この服装で来ました。」伸利子さんは、かつしの汗も拭いてくれた。
「そっかぁ、よかった。」わるいことじゃなくて、よかった。かつしはスッキリした。
「朝からずっと一緒だったじゃない。今気付いたの?」秋穂お母さんはひまりをあやして、落ち着かせていた。
「いま いっただけだよ。まえから きづいてたからね。」かつしも列を詰めた。
「はいはい、もうすぐ中よ。はしゃいで、走り出さないでね。帽子も脱いだらいけないからね。」かつしはクラウドタワーの中へ進んだ。近くで見ると、重すぎてひとたまりもなさそうな扉がパックリと開き、上ばかりではなく横の広大さにも、声を上げるところだった。
タワー内は空調が効いて、ひんやりした空気が漂っていた。カフェで花咲かせる声、お土産をのんびりと物色する声、テキパキ進む足音。かつしも流れに沿って歩き出した。
「ぼく、はじめて みたよ。」知らない世界に迷い込んでしまったようだった。
「フラフラしていると危ないわよ。」秋穂お母さんに手を繋がれた。
「みてみて。サキナちゃんだよ。」かつしはストラップが並んでいるのを見つけた。
「コラボしているのね。ここも大岩グループだったの?サキナちゃんも割と新しいし、最近の勢いは凄いわね。」かつしはしばらくお土産物をゆっくりと見て回った。
「一番上に行かなくてもいいの?ずっと言ってたでしょう?あそこから見てみたいって。楽しみにしていたんじゃなかったの?」かつしはお菓子の箱に描かれたサキナちゃんを見ていたところだった。
「そうだった。はやく いこう。」かつしは駆け出した。ぼくは どうして わすれてたのかな?こんな たいせつな ことなのに。
「上の行き方は知ってるの?」秋穂お母さんの言葉に足を止められた。
「しらない。」かつしは元の場所に戻った。
売り場で購入したチケットを片手に、展望行きのエレベーターに乗り込んだ。ふわっと浮く感覚と共に、エレベーターは動き出した。
「未知と歴史溢れるクラウドタワーへようこそお越しくださいました。展望台に向かう間、より楽しんでいただける歴史のお話はどうでしょう?」人はぎゅうぎゅう。エレベーターはグングン昇り、止まる気配を全く見せない。
「当施設は、世界に点在する由来不明の建造物の1つです。歴史の鍵を握るのではないかと現在も調査を行なっています。とにかく頑丈な作りで、製法も素材も不明です。ただ、発見時も動いたことと、大がかりな設備が見られたことから、研究施設の可能性が高いのではと見られております。」かつしもムズムズしてきた。
「昔の方はどのようなことを考えていたのでしょうか。展望台の景色と共に、ぜひご堪能ください。」エレベーターが開き、かつしは一目散に飛び出た。
一面ガラス張りの窓からは、地平線までひたすらに青い。かつしは空の世界へ、一歩足を踏み入れた。
「すごい、すごい。」かつしは窓に手をつけると、外の景色を見つめた。
今まで見上げるばかりだった建物はミニチュアサイズ。いつも乗っている車は米粒サイズ。かつしよりも大きい大人ですら、全く見当たらなかった。
かつしは展望台の窓に沿って歩いた。こんなに おっきかったんだね〜。ぼく、しらなかったよ。ぼくが かんがえていたことって とっても ちいさかったのかもしれない。
「ママも、そうおもうでしょう?」なかなか返事が返ってこなかった。
「ねぇったら。」かつしがイライラと振り返ると、そこには誰もいなかった。
こうしてかつしは、生まれて初めての1人っきりを体験することになった。
伸利子秋穂