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リバース・ワールド  作者: 萩野栄心
第1章 幼稚園編
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第16話 お願い

 車を叩く雨音。アスファルトを踏み締めるタイヤの音。信号が鳴らす音に、傘を差した人の足音。車内にはよく響き渡っていた。


 「かっちゃん、機嫌を直して?ごめんなさい。」秋穂お母さんが座席を詰めて、かつしの側まで移動した。


 「だって、ママがはなしを きかないんだもん。」かつしは外を眺めたけれど、何も見えなかった。


 「心配だったのよ。大変だったでしょう?許して?お願い。」かつしがこっそり秋穂お母さんを見ると、頭頂部が見えた。


 「それじゃあ、ぼくが へいきって わかったでしょ、ママ。」かつしはもう一度見た。


 「そうね?でも、お絵描きの時間に、お友達の絵を破っちゃったんでしょう?どうしたの?本当にそんな酷いことをしたの?かっちゃん、優しいから信じられないの。」


 「ちがうよ。ふたりが ひどいんだ。」かつしの頭はグツグツと煮えてきた。


 「なにがあったの?」


 「うう。ぼく、もうわかんない。」かつしは大声を出した。かつしの頭はグチャグチャで、何が何だかさっぱりだった。


 「そうなのね?達秀先生が上手く纏めてくださって良かったわ。もちろん、かっちゃんは凄い絵を描いたんでしょう?まさか、ここでもぼーっとして、何も描けなかったなんて言わないでしょうね?」あれ?ママがかわった?さっきと ちがうよ?


 「もちろん、かけたよ。」口からそのまま出てきた。なにをかいたかな?


 「本当かしら?」秋穂お母さんの圧力がさらに強くなった。


 「ほ、ほんとだよ?」かつしは汗をかいてきた。何も描いていなかったことに気がついた。


 「まぁ、いいわ。かっちゃんも大きくなったのね。」


 「そうだよ。ママもわかった?」かつしもつられて笑った。


 「それなら、お外も大丈夫よね。行きたい場所はどこかある?」


 「おそと?いいの?」かつしは身を乗り出したが、シートベルトに戻されてしまった。


 「ずっとお願いしてたのに、ママは全然聞かなかったでしょう?」秋穂お母さんも曇り空を眺めた。


 「やったぁ。」かつしはシートベルトの抵抗を物ともせずに飛び跳ねた。一緒に車も揺らしてしまったため、すぐに秋穂お母さんに止められてしまった。


 かつしはお行儀よく座り直した。車は青信号に変わると、ビルが立ち並ぶ交差点を曲がり始めた。しばらく眺め続けると、やがて住宅や緑がチラホラと現れ出した。


 「お外だと、やっぱり公園がいいの?」


 「あれっ。あそこにいきたい。あのふわふわ。」空が暗くても、お構いなしに突き抜けていた。


 「クラウドタワーねー。」秋穂お母さんは黙り込んでしまった。


 「もういいでしょう?もう おおきくなったんだよ?ぼく、あんなに たかいところから みてみたい。」かつしは両手を大きく広げた。


 「確かに、あそこの高さは凄いわよね。かっちゃんが住んでいる街がよーく見えるわ。」


 「おねがい、おねがい、おねがい。」かつしは秋穂お母さんに割り込んだ。


 「見せてあげたいんだけど、とにかく人が多いのよ。あそこは観光地なのよね?大丈夫かしら。」


 「だいじょうぶだよ。」


 「かっちゃんはそうでしょうね?伸利子さんはどう思います?」秋穂お母さんは頭を振ると、手で前の座席を掴んだ。


 「やはり人混みが心配です。かつし君の周囲全てが人に溢れてしまいます。この前の事件もあります。私からは初めての人混みでお勧めはできません。」


 「やっぱりそうよね?」かつしは合唱を続けていた。


 「はい。ただ、判断は難しいところです。かつし君のこともありますから。」車のスピードはゆっくりになり、見慣れた景色が目につくようになった。


 「やくそくしたでしょ?」かつしの声は、車内に反響した。


 「せっかくなので行きましょうか。かっちゃんには大変な思いをさせたものね。」秋穂お母さんは手を叩くと、しっかり目を開けた。


 「やくそくだよ?」


 「もちろんよ。ただ、ママの試練をクリアできたらね?」


 「しれん?」なんのこと?


 「1つ目。ママが帰りましょうと言ったら、大人しく帰ること。2つ目。お外で騒ぎを起こさないこと。3つ目。人混みに慣れること。全部クリアできるかしら?」


 「できるよ。」かつしは手を上げた。


 「ママ的には、この子が産まれて万全の状態で出かけたいわね。」秋穂お母さんは膨らんだお腹を撫でていた。車はさらに速度を落とすと、マンションの地下駐車場に到着した。



 かつしが試練をこなしていると、慌ただしい春がやってきた。幼稚園は集大成に、小学校の説明会と見学会、そして妹の誕生。


 まず手近な公園から始まると、徐々に範囲が増えて、遠くの公園にも訪れるようになった。かつしを一番驚かせたのは、スーツ姿のお姉さんが泣きながら公園に入ってきた時だった。伸利子さんの助言通りに撤退すると、急に泣き止み、しきりにキョロキョロして、手も地面につけそうな勢いだった。


 最後にSP養成所を訪れた。とにかく大きい人しかいない。伸利子さんと同じか、それ以上。そこで、人混みを体験させてもらうことになった。もちろん、へいきだったよ?


 かつしが試練をクリアして、クラウドタワー行きを実現したのは、夏のことだった。そうして、待望の日がとうとうやってきた。



伸利子(のりこ)秋穂(あきほ)

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