第12話 初めての外出 前編
秋穂お母さんが初めて休みの日に外出し、ヘルパーの男性とボディーガードの伸利子さんとお留守番をした夜。
「今日は寂しい思いをさせちゃって、ごめんね?」かつしは床に膝をついて、ミニカーを動かしていた。
「ママまた?そればっかりだよ。ひとりでもおるすばん へいきだったでしょ?」かつしは一瞬止めた手を再び動かした。
「それでも、気になるものでしょう。」秋穂お母さんは、かつしを後ろから抱きしめた。
「あっ。あそべないよ。」くるまを うごかせないよ。一気に身体が動かなくなり、かつしは必死にもがいた。
秋穂お母さんがドアを開けて抱きしめられた時は、ホッとして身体を委ねていた。それでも何回も続くと、もうお腹いっぱいだった。さいしょのことなんて、もうわすれちゃったよ。
「明日はお天気も良さそうね?せっかくだから、お出かけしない?」
「おでかけ?おそと?」かつしは手に持っていたミニカーを投げ捨てて、秋穂お母さんの元へと駆け出した。
「前からお願いしていたでしょう?お手伝いもお留守番も頑張ったご褒美にね。一度外に出ると、何かわかるじゃない?何より、かっちゃんからのお願いだからね。」秋穂お母さんはウインクをした。
「ほんとう?やったぁ。」かつしは何度もジャンプしながら万歳をした。どこに いくの?たのしみだなぁ。
「ほらほら。嬉しいのはわかるけど、夜なんだから静かにね。」椅子に座ったままの秋穂お母さんから注意された。
「ママ、ぼくね?あそこがいい。」
「あの噴水の公園ね?確かに少し距離があるから、ちょうどいいかもしれないわね。かっちゃん、前にはしゃいでいたものね?水が飛び出してきたって。」
「うん。とおかったけどビューって、すごかったよ?」1度だけ見たことがあった。それ以来待っても待っても、水が出てくるところは見たことがなかった。
「これだけは覚えておきなさいね?お外は危ない場所なのよ?わかるでしょうけど、ママや伸利子さんから離れたらダメよ?」秋穂お母さんは目の前に人差し指を立てて言った。
「わかってるよ。」かつしは即答した。ようやく あしただ。まどの むこうに。おそとに でられるんだ。どんなところかな?なにしようかな?
「本当かしら…。」
翌日、梅雨とはさよならをすると、隠れていた太陽が燦々と輝く、夏の訪れを迎えていた。
「楽しみね、かっちゃん。」かつしは鼻歌を歌っては、足は交互に動かしていた。
「まだかな?」窓の外がいつもと違う。何よりも、ゴールが違っていた。初めての場所。かつしの外デビューは既に始まっていた。
「今日は朝が早いのに、またさらに早くなってしまって、ごめんなさいね、伸利子さん。」
「いえ、大丈夫ですよ、奥様。その方が都合が良いでしょう。」
「そうね?初めての外出では、絶対に避けたいものね。」
「これほど嬉しそうな、かつし君は久しぶりに見ました。」
「もう朝から大変よ。まだ日も昇っていないのに、早く行こうって何度も。きっと、私の話なんて覚えてないわよ?」
「ねぇ、ママ。まだかな?」バックミラーに伸利子さんが映っていた。
「本当にこの子は。」秋穂お母さんからは、なかなか答えが返ってこなかった。
「到着が待ち遠しいですね。」今度は伸利子さんが答えた。
「危ないことが抜けてないといいんですけどね。」秋穂お母さんはため息をついた。
「まだなの?ママ。」
かつしが文句を言う間に、公園には到着していた。地面に降り立つと、まず公園を取り囲む木々が目に入った。朝日が葉についた水滴を優しく照らし、緑の地面を追うと、あの噴水が堂々と鎮座していた。
かつしはしばらく立ち尽くしていたが、もったいないことに気がついた。いそがなくちゃ。かつしは駆け出した。
「かっちゃん、待ちなさい。あまり離れたらいけないって言ったでしょう。」秋穂お母さんも小走りで追いかけてきた。
「みどりが ふかふかだよ?」かつしはジャンプして、足元の感触を確かめた。
「幼稚園では、こんなに広がっていないものね。草の長さも、どれも違っているわね。」秋穂お母さんは息を整えていた。
「おみずが でないよ?」噴水から水は出ているけれど、いまいち迫力がない。
「まだ時間じゃないのかもしれないわ。遊んで待ちましょう。」
「わかった。」石造りの円形の縁を触りながら、かつしは駆け出した。
かつしの興味が赴くままに、向かっては遊んだ。芝生をグルグル回ったり、遊具を登っては秋穂お母さんがソワソワした。しばらくの間、親子の時間を過ごした。
「ママ疲れちゃったから、向こうのベンチに座っているけどいいかしら?」秋穂お母さんはゆっくりと立ち上がった。
「いいよ。ぼくここで あそんでる。」砂場で、ようやく穴が繋がりそうなところだった。
「伸利子さん、少し離れますけどお願いしますね。」秋穂お母さんは屋根がある場所へ歩いて行った。
「かしこまりました。」
かつしの穴掘りが決着して、額の汗を拭っていると、太陽はすっかり元気に昇っていた。
「かっちゃん、そろそろ帰りましょう。もう十分に遊んだでしょう?」秋穂お母さんに腕を取られて、かつしは立ち上がった。
「えー、やだ。まだ、おみず みてないもん。」かつしは足を踏ん張った。
「すぐ連れて行ってあげるから、今日はここまでにしましょう?」
「いまがいいの。」
「奥様、そろそろ。」かつしが首を振っていると、伸利子さんが入ってきた。
「そうよね?」秋穂お母さんの力が強くなったり、弱くなったりしている時に気がついた。耳馴染みのあるメロディーが聞こえてきた。
「サキナちゃんだ。」かつしは辺りを見渡した。しってる ひとがいたんだ。
しばらくキョロキョロ首を動かしていると、住宅沿いに面した入口から、誰かが来るのが見えた。眩しいけど、かつしと同じぐらいの子が両手を前後に大きく揺らして、ステップを踏む姿が見えた。
秋穂伸利子