第11話 かつしの気付き
かつしは鞄をかき回していた。登園すると、まず最初に来園シールを押してもらうのに、スケジュール帳がなかなか見当たらなかった。
「やっぱり、さきに きていたか。」けいすけ君が隣に立つと、帽子を脱いで、机の上に鞄を置いた。それから、チャックを開けていた。
「やっぱり?」かつしは提げている鞄に手を突っ込んだまま目を離した。
「かつしの おかあさんが せんせいと おはなししていたんだよ。」けいすけ君は一度手を突っ込んだだけで、スケジュール帳を取り出してしまった。
「ママが?なんで?」
「さあ?ぼくもしらないよ。なにがあったんだろうね?」けいすけ君はスケジュール帳を手に取ると、待機している先生の元へ向かってしまった。
「ちょっとまってよー。」いまだに見当たらないかつしは、そのままけいすけ君を追った。
かつしは先生と一緒に見つけてから、来園シールを貼った。無事に朝の準備を切り抜けると、いつものテーブルに戻って、おしゃべりを再開した。
「そういえば、おんなのこって きこえたような?」けいすけ君は見上げながら呟いた。
「ほんと?ぼく、おんなのこなんて しらないよ?」きっと おおきくて、キバがあるんだ。ツノもあるの?ぼくを にらんで、たべようとするんだ。かつしはブルっと震えた。
「そっちのほうがいいよ。」けいすけ君の声に、かつしはビクッとなった。
「なんで、こんなに しずかなんだ?」かずき君が勢いよく鞄を置いたはずみでコップが跳ねて、水がこぼれてしまった。
「うわっ。」
「ちょっと。」2人共、声が出てしまった。
「どうしたんだ?」かずき君は鞄の中を探し始めた。
「きみは もうすこし おとこらしくしたほうが いいね。」けいすけ君は両手でコップを抱えて、避難させていた。
「おれは りっぱな おとこだ。」かずき君はスケジュール帳と他の物まで一緒に取り出していた。
「おんなのこと あったことがあるか はなしてたんだ。」ふくが ぬれちゃった。きがえたばっかりなのに。ちょっと、つめたい。
「そんなことか。あるわけないじゃん。いや?いたっけ?」かずき君は反転して、先生のところへ歩いて行った。
「けいすけくんは、あるんだよね?」かつしは身体を揺らして、けいすけ君が話すのを待った。
「まぁ、あるよ。」けいすけ君はたっぷり間を置いてから答えた。
「すごいね、けいすけくん。」かつしは笑顔で拍手した。
「ウソついてるんだ。きいたこともない。おれだって、ねぇちゃんが ふたりもいるだけだ。」かずき君が戻ってきた。
「えー。そうなの?けいすけくん?」かつしはがっくりと肩を落とした。
「あるよ。おかあさんに つれていかれた。ごはんを たべた。つまんない。」けいすけ君は顔を背けた。
「ほらね?いったでしょう?」
「ほんとか?どんなんだったんだよ?」かずき君は机に腕を乗せた。
「いいものじゃない。なにされるかわからない。いやだよ。」けいすけ君は早口で喋ると、黙って話さなくなった。
「やっぱり、そうなのか。おれもさぁ。いえで ついてくるんだ。せんせいの いうとおりだよな。あーあ、あわなくてよかった。」かずき君は椅子に持たれた。
「そっかぁ。こわいんだぁ。ぼく、あいたくないよ。」ママのいうとおりなんだ。みんなすごいなぁ。ぼくなんて、みたこともないよ。
「だいじょうぶ。ふつうは、あうことなんてないよ。せんせいの いうことを まもっていたら、そんなことにはならない。」けいすけ君がじっと見ていた。
この日も、達秀先生のお話から始まり、昼食を食べると、午前の活動は終わりを迎えた。
「きょうは、おそとじゃないんだね?」かつしは食器の返却列に並んでいた。かぜが きもちよさそう。くもが いっぱいだけど、おもいっきり はしりたいなぁ。
「そっちのほうがいいじゃん。」かずき君は右往左往していた。
「そうだよ。おえかきのほうがいい。」けいすけ君はじっと立っていた。
「えー?みんな へんだよ。おそとのほうがたのしいよ?」かずきくんも、けいすけくんもほんとなの?うそじゃないよね?
「いやじゃないけど…。」
「ぼくもあんまりだね。」
「おへやのほうが つまんないよ。」そうなの?どうして?
「かつしのほうが へんだよ。」けいすけ君は一歩進むと、食器を手渡し始めた。
「そうなの?ぼくだけなのかな?」もう、わけわかんない。かつしはしょんぼりした。
「だって、アニメもサキナちゃんが すきだろ?」
「そうだよ?サキナちゃんも?ぼくが すきなことって、そんなに へんなのかな?」ママがいったとおりだ。そんなぁ。
かずき君とかつしは食器を返却して、席に戻ってきた。
「だいじょうぶか?げんきだしなよ。ぼくはきにしてないよ。とにかく、はみがきしないと。」けいすけ君が、かつしを引っ張った。
「だって、すきなんだもん。みんなと ちがったんだ。しらなかったよ。」かつしは、されるがままに歩いた。
「さっさといこうぜ、かつし。」かずき君が、かつしの肩を組んで、さらに引っ張った。
「ご飯を食べたら、歯磨きの時間ですよ。虫歯は痛いですからね。さぁさぁ、3人も行かないと。」達秀先生が後ろから、他の園児を連れてやってきた。
達秀