時間は着実に動いていて。その速度は私の考えているよりも早いみたい。
次回の更新は明日の20時です。
初動をかけてからの2カ月間。
それはそれは楽しい観察の時間を私は過ごす事になったのだった。
ライセラスお兄様中心の領地運営へと切り替われば、
自ずとファルスティンの正しい姿が近隣の領地へと伝わる事になったのだ。
それが何を意味していたのかは言うまでもない。
ファルスティンお抱えの商人達による製品の領外への「売り」が、
始まったという事でもあったのだ。
流通のコントロールをすると言う意味でも領内に本拠地を置く、
ファルスティンの商人にしかその販売物は下ろさない。
もちろん大きく儲けたいのであれば、外商を使うべきなんだろうけれど、
現段階において領の外部へ深く繋がる事はあまり良しとしないみたいだった。
ブランドという立場で言うのであれば「ファルスティン製」という事を、
信じることはできないだろうし、それ以上に「ゴミ溜め」という、
印象がファルスティンには付いて回る以上、
無印で販売していた食用品に対しては大半の人は何も考えずに購入していた。
けれど、産地を主張して販売したら嫌悪難を抱かずにはいられない。
その意味で長年、王国で作られた不のイメージが商品に付く事になるのだけれど、
お兄様としてはそんな事は関係ないのだ。
ファルスティンの製品が売ろうとしていた物は「残り物」なのだ。
別に売れなくたって構わない。
処分するだけ。
その意気込みでやっている以上、売り切らなくちゃいけないなんて気持ちもない。
ファルスティン製の古い小麦は領内ならほとんどいらない余剰製品なのだ。
年々領内の人口も増えているけれど、
消費する以上の速度でに生産されてしまう小麦は、
増設され続けたファルスティンの倉庫で大量に眠っている。
2~3年不作で全く小麦が取れなかったとしても、領民だけなら飢える事のない、
盤石な備蓄量を保持している辺りは領の運営を任されているお兄様は揺ぎ無い。
さて在庫一掃セールの様な小麦なのだけれど、長年ファルスティン領から、
垂れ流され続けた小麦は今や王国民にとっては、無くてはならない食べ物へ、
変化している訳なのだけれど…
嫌悪感を持っていたとしても、食べないでいる事に耐えられる、
王国民はいるのかと言われれば、そう言う訳にはいかないのだ。
王国の国民のプライドは何処まで持つのかな?
新人商人と言う触れ込みで国中に下ろして回っていた「小麦」の「袋」は、
今までは無地で使われていた。
国で使われた何処にでもある汎用品の袋だったのだ。
けれどその袋をお兄様は少しだけ変えてやる事にしたみたいだった。
汎用品だった袋よりほんの僅かに量が多く入る袋を領内で生産して…
堂々とファルスティンと言う焼印を押してドコ製の小麦なのか、
それを教えてやることにしたみたいだった。
その結果がどうなるかなんて解りきっていたけれど。
もちろん買い主となる領外の商人の気持ちとしては「汚物」を、
売り付けられていたとして大激怒する。
なにせファルスティンだから王国民は何をしても良いと何処に行っても、
誰に聞いても思っているのだからね。
そのファルスティン産の小麦なんて食えたもんじゃない。
だから、産地が分かってしまったら王国国民というプライドが邪魔して、
買う事が出来ないって解りきっていたんだけどね。
それでもお腹はすくから買わない訳にはいかないのだけれど…
感情が追い付かないから、買いたいのに変えない生殺し状態になる商人がほとんど。
売り側の商人としても、本気で捌こうとしてないから交渉は直ぐに終わってしまう。
けれど、それが自分達の生活を脅かす事になるなんて、
交渉をしていた商人達は考えもしなかったと思う。
各地で行われた購入の交渉が決裂したことは一つ一つは小さなことだけれど、
同時かつ多発的に行われたからその波は直ぐに大きな波と変わってしまう。
ライセラスお兄様はたぶんこの波を起こしたかったのだと思う。
元々売れなくても良い食用に耐えられないギリギリの品質だった小麦。
捨てられても損はないという事でお父様と叔父様達がやっていた、
「小遣い稼ぎ」は何時の間にやら大きな変化を、
王国にもたらしていたって事だったのだ。
―安く小麦が手に入るから別の付加価値の高い作物へ―
―綿や綿の生産に切り替えてしまった―
利益を求めた王国民の農家達はこぞって小麦を作るのを辞めて、
もっと高価で利益が出る物を生産し始めていたのだった。
それで得た利益で安い小麦を買うと言うサイクルが、
王国内には出来上がっていたのだった。
繁栄の下支えをしていた小麦の出所を始めて目撃させられてしまった王国国民。
ファルスティン製の小麦を買っていた王国国民はその袋の焼印を、
信じる事は出来なかったけれど、
ファルスティンという響きだけで飼うのを辞めたのだ。
そしてファルスティン製の小麦と言う事実を突きつけられた買い手の商人達は、
こぞってその事を指摘して更なる値下げを推し進めようとしたらしい。
けれど譲歩する必要を感じないファルスティンの商人達は、
販売しない事にしてしまったのだ。
笑いながらファルスティンの商人を追い返した王国の商人は、
最終的にはファルスティンの商人が泣き付いて来て、
タダ同然で小麦も手に入れられると思っていたのだと思う。
けれど…
次の月から買わなかった商人のいる領地に小麦を持っていく事自体を、
お兄様は辞めさせてしまったのだ。
領内の商人達としても現在は体制が切り替わった事による特需の発生で、
ファルスティン領内の内需を満たすために必死になっている、
ファルスティンの商人達にとって領外への小麦の販売は、
先代の領主であるアネスお父様とゼファード叔父様の思惑があったから、
続けてきたのであって、
代替わりしたお兄様からの「お願い」が無くなればタダ同然の小麦の領外への、
輸送事業を続けるいわれはない。
まして利益ではない慈善事業の様な販売だったのだ。
王国内の各地で行われた供給拒否の問答は、すぐさま王国の国民の台所を、
直撃する事になったのだ。
安い小麦が王国内から消えた。
けれど人は食べなくては死んでしまう。
仕方なしに高級な小麦ですら買わなくてはいけない状態になってしまった王国内。
けれど、慢性的な品薄が始まり小麦価格は更に高騰する事になったのは、
言うまでもない。
便乗値上げが始まり一気に食料全体の価格が上昇し始めたのだ。
同時に食べるだけでいっぱいいっぱいへとなってしまう者も現れた。
元々はファルスティンの慈善事業として王国の経済の底上げをし続けていたのだ。
その補助輪が外されれば、
生活が出来なくなってしまう人々が出て来てもおかしくない。
王国に浸透していたファルスティンの小麦はじわりじわりと王国を「優しく」
締め上げていたのだ。
小さな波は共鳴を引き起こして大波へと変化してしまった。
けれど面白いのは、そうなって食料価格の高騰を招いている現状となっても、
王国は動いている様には見えないのだ。
理由は解らないけれど、この食糧価格高騰は王国にも悪い事だと思うのだけれど。
さっぱり対策らしい行動を取っている様には見えなかった。
波は大きくなり王国全体が危機的状況になりつつあったみたいだった。
たかだか食料と思う事なかれ。
もう少し、大人しく王国の首を絞め始めるのかと思っていたのだけれど…
思いのほかお兄様は好戦的だったみたいだった。
販売価格の推移を見ていれば解るのだけれど、
安い小麦が手に入る事が前提の「王国」の食糧事情はかなりのスピードで、
悪化していく事だけは毎月見ている小麦の販売価格の数字を見るだけで、
誰でも理解できる速度で変化していっているみたいなのだ。
お兄様の敵意を王国は見誤ったとしか言えないのだけれど…
たった2ヶ月間しかったっていないのに。
食糧事情に振り回される王国の経済状態を見ながら、
私は、領内と領外の数字を見て王国がどういった対策を考えているのかに、
思いを巡らせていた。
もしかして本気で何もしないで市場原理に任せて王国内の人口を強制的に、
「減らそう」としているんじゃないかって思ってしまったのだけれど…
確かにファルスティンが持ち上げていた分を失なっただけと思えば、
小麦をばら撒く前と同じ水準まで王国の人口も減るだろうし。
それで王国の「王家」が良いと思っているのならそれで良いのかもしれない。
そのツケは王家ではなくて暮らしている平民だけが支払う事になるだろうけれど。
それが王国の決断ならそこまでだし。
私はのほほんとこの事態がどう収束に向かっていくのか。
王家の威光を使って強権でも発動して、
王国内の食糧の備蓄を解放でもしない限り、この価格の高騰は収まらないと、
他人事の様にとらえていたのだ。
ライセラスお兄様に王家が「命令する権利」は既に失効してしまった訳だから。
ファルスティンから文字通り「無料」で支援する事には絶対できないだろうし、
もしもしようものなら共倒れの「戦争」となる事だけは確か。
放置してしまった問題の対処がどうなるのか、完全に他人事となった場所から、
高みの見物と洒落込むつもおりだったのだけれど…
その日リラーナがライセラスお兄様から「お手紙」を貰って来たのだ。
そのお手紙は「王国」のやんごとなきお方からのお手紙だった。
私の手元には王国の第2王子殿下より、ご機嫌伺いのお手紙が届いたのだ。
さて、この手紙はどうしようかな?
執務室でロウ付けされたお手紙を受け取った私としては、
とっても見たくない物なのだけれど…
念のため受け取って来てくれたリラーナにお兄様が何か言っていたかも聞いてみる。
流石に封を切って読んだ後に対応できなくても困るから。
「好きにしていいそうです。
エルゼリア様が何を言おうと王国に対する対応は変えないとの事です」
「それは心強いわねぇ」
…手紙には楽しい事が書かれていて私と言うより、
私達が笑い転げるには十分な文書だった。




