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故郷に帰り公爵家からの婚約破棄は私に大きな変化をもたらした。…具体的には腰回りかな?

「おはようございます。エルゼリア様」

「ああ。おはよう。

そうか...そうよね。

もう学園じゃないのよね」

「はいその通りでございます。

ですので本日より、お召替えのお手伝いをさせて戴きます」

「…よろしくね」

「はい」


自由にお湯が使えてお風呂に入れるという嬉しさから、

昨晩は長風呂をして十分にリラックスして眠る事が出来た。

そのお陰でいつもより深い眠りについていたと思う。

もちろん婚約破棄されて公爵家に嫁ぐことが無くなったという事と、

実家の自分の部屋に戻ってきた事による安心感。

そして見知った人達しかいないから気を使う必要もない事が、

私を解放的な気分にさせていたと思う。

けれど起きるのは何時もと同じ位の時間。

それは生活リズムを徹底的に管理される学生寮での生活の名残であり、

私を起しに来るリリーにとっては嬉しい事だと思う。

寝ぼけて変な事を言う心配もないからね。



学園生活の時は伯爵令嬢として相応しい立ち振る舞いと、

名家であるボルフォード家へ嫁ぐことを決められた立場だったから、

それにふさわしい姿をしろとボルフォード家に代々伝わる、

学生用の制服を婚約者として身に着ける事を強要されていた。

それはボルフォード家の婚約者としての証であり、

その制服を着用した生徒はボルフォード家が守る大切な人なのだと、

対外的にアピールするために着せられる物だった。


のだが結局の所それは次期当主であるカーディルに、

大切にされて初めて意味のある格好になると言えるのだ。

学園の方針状複雑な血縁関係や婚約者同士のトラブルを避ける為、

女子生徒には嫁ぎ先から提供される伝統の婚約指輪ならぬ、

婚約制服が送られる事になっていた。

その婚約制服を拒む事は許されない訳で…


ゲーム上で学園で制服があるにも関わらず、

ヒロインのライバルとなる令嬢達が着ている特徴的な制服の理由は、

そういった形で学園内で認可され特別な物の着用を許可されていのだ。

愛し合う二人で「愛されて」「大切にされている」証として身に着けるのなら、

きっと嬉しい物となると思う。


けど私に与えられたボルフォード家の婚約者としての証の制服は、

そういった物じゃなかった。


用意するのはボルフォード家。

もちろんカーディルは私の着ている制服の意味すら理解していない有様で、

入学式で


「なんだそのセンスのない格好は?俺の婚約者なら、

もう少し格好にも気を遣ったらどうなのだ?

当家の色をこんな形で使うとは、お前の媚び諂いっぷりにも、

拍車がかかってきているな」


お宅の実家が私にこれを着ろと送って来たんだが?

破れても汚しても大丈夫な様になん十着も寮のクローゼットの中に、

これでもかと言う位用意されたんだが?

自分の家のセンスの無さを私のせいにするな!と叫びたくなった。

けれどまだ入学式だ。

3年間で私達の関係もどうなるか解らないから、


「申し訳ございません。

けれど、わたくしの制服はこれしかありません。

ご容赦くださいませ」

「まったく…これからはもう少し嫁ぎ先の家の事も考えで行動しろ」

「はい」


とっても腹立たしいお言葉を戴いたのだった。

そのデザインは普通の制服をベースにボルフォード家の色である、

赤をふんだんに取り入れた派手なドレスもどきだった。

気品溢れるデザイン…と言えばまあ口触りは良いと思うけど実際、


ー高貴な女性は肌を晒さないー


美しい体を何時でも愛しの婚約者様に捧げる為といった理由で、

私の制服にはコルセットや体の形を整える無数の矯正具の様な物が、

仕込まれた着用者の事を一切考えていない苦しい物だった。

理想の公爵夫人の形を作る為の型が仕込まれた制服。

それが表現としては正しいかも知れない。

普通の生徒なら泣いて逃げ出すスペシャル仕様。

異常な括れを見せる腰回りに踝まである長いスカート。

内側に着込むように身に着けさせられるベストの形をした矯正具のお陰で、

撫で肩を強要され腕を上げる事もままならない。

入学前からコルセットで腰を括れさせる準備をしておかなかったら、

着る事すら許されない。それはそれは苦痛あふれる素敵な制服だった訳だ。

動けない・苦しい・痛いと、3拍子揃った制服でも、

婚約者なのだから着ない訳にはいかない。

成長する体を抑え込めるように頑丈に作られた制服を毎日、

ボルフォード家のメイドがしっかり身に着けているのかを、

寮の入口まで確認しに来るから着崩す事も許されない。

悪夢の様な苦しい制服生活を3年間耐えきった。


式典ともなればその制服に取り着けるように、

中に着込むベストが豪華な光物が縫い付けられた重ね着用の2枚に追加され、

一段と長いスカートやそのスカートを広げるパニエなんかも用意されていた。

高すぎるヒールを穿かされ、

カーディルとの身長差を丁度良く見せる為の物まである始末。

未来の公爵夫人としてカーディルに尽くすための制服がそこにはあった。

そういった意味ではファルスティンで用意した制服を着ていた、

ギネヴィアが羨ましくて仕方がない。


私の異常な括れ方をしている腰を見て、

コレ本当に着ているの?どうやって細くしているの?

って感じの表情が忘れられない。


もちろん卒業パーティーで婚約破棄をされ学生寮に戻った時、

すぐさま王都のファルスティン家別宅から、

何でもいいから着る物を持ってきてと頼んだのは英断としか言えなかった。

婚約が続くなら学園卒業後の予定はボルフォード公爵家へ連れて行かれ、

花嫁修業と言う名の躾が待っている。

それが終われば結婚式を挙げて私はボルフォードの人間となり、

生涯をその土地で生きる事になっていた。

まぁ考えるまでもなくて、

ひっどい人生を送る事になっていたんだろうなぁ。

なんて今更ながら思い出していた。


そう。

そうなのだ。

そんな事を思い出してしまうぐらいに、

リリーの持ってきてくれた着替えは嬉しいファルスティン製のドレスだ。

体をドレスに合わせるんじゃなくてドレスを体に合わせる事が出来る、

調整機能付のドレス。

毎朝力いっぱいコルセットを締め上げて苦しい胸当てを付けてといった、

作業が無くなっただけでも嬉しいったらありゃしない。

けど…


「え、エルザリア様?そのお体は…」

「うん、まあ3年間歪な制服を着続けたから仕方ないわね…」


ベッドから起き上がってテキトーに着ていたネグリジェを脱げば、

姿見の中に写る私の体は歪みまくっていた。

腰はおかしな程括れ撫で肩を強要され過ぎて肩は撓んでいる。

そして細い足を作る為に嵌められていた矯正具のお陰で、

不自然なほど太腿も細くなっていた。

そうドレスを着て初めて美しい体と見られる様にする姿は、

ドレスを脱げば歪にゆがんだ気持ち悪いと、

表現できる体付きとなっていた。

もちろんそう思えるのはファルスティンのメイド達だけだろう。

私ほど酷くはないが婚約制服は大なり小なりその家に相応しい夫人を、

用意する為の物なのだから。

それでもここまで私の体を歪ませたボルフォード家は、

面白がってきつくしていたのかもしれないけれど。

そこには辺境の伯爵家の娘なんて碌な体付きをしていないと、

私の体のサイズを制服を作る時に送ったのだが、

面白おかしく弄くって用意していたのが明白だった。

制服と呼ぶには苦しくてドレスと言ってしまった方が良いデザイン。

それを一学生に着せ続け着替えも大量に用意する辺り、

ボルフォード領で花嫁修業を始めたら碌でもないドレスを、

着せられた事だけは確かだろうね。


「お手伝い…しますね…」

「ええ。よろしくね」


私は動揺したリリーに気付かないふりをしながら、

着替えを進めていった。

息が出来ないほど苦しいコルセットもなく柔らかく私を包んでくれる、

ファルスティンのドレスはデザイン的にもごてごてした作りではなく、

私の年齢に合わせたシンプルな物。

社交界とかで着飾らなきゃいけない場所に行ける格好ではないけれど、

誰の介助もなく何処へでも歩いて行けるドレスは嬉しい物だった。

本音を言えばドレスよりも動きやすいメイド服を着たい位だけれど、

それは立場的に許されない事は理解できているし、

駄々をこねるつもりもない。

私はそのまま朝の準備を終えるとそれなりのドレス姿へとなっていた。

体の歪みを隠すために軽くクッションを詰めたりしたけれど普通のドレス姿だ。

やっぱりリリーは良い美的感覚を持っている。

ただ着ただけなら、形が崩れて、とんでもない形になっていたかもって、

思ってしまう。


ふと自分の体の事を思って考えると、

これからボルフォード家の公爵夫人となるソフィアさんの事を思い出す。

彼女はあのボルフォード家が与えてくる着用者の事を考えていない、

ドレスを身に着けるのだろうかと。

まぁ無理にでも着せられるのだろうなと私は思い直した。

だってボルフォード家の主産業である高級衣類産業のトップセールスは、

公爵夫人の仕事。

美しく立ち振る舞い皆が欲しいと思えるドレスを着続けるのだ。

いわゆるドレスのモデル業なんかをしなくちゃいけない。

公爵夫人の立ち振る舞いはそのまま領内の産業の繁盛と成功に直結する。

その一番の広告塔のスタイルが悪いなんて事は許されないのだ。

次期当主カーディルの我儘で婚約者として納まったソフィアさんの体って、

言っては何だけどごくごく平凡な形なのだ。

まあゲームのヒロインとして言うなら、

ごくごく普通の女の子とシンデレラストーリーなのだから、

プレイヤーの分身でもあるヒロインがスタイル抜群グラマラスボディなんて、

絶対許されない。

それって色々な物を着なきゃいけないモデルとしては地獄な気がする。

細い物を太くするなら何かを挟み込めば良いけれど、

太い物を細くするのは至難の業なのよね。

強制ダイエットと体系補正用の器具を身に着けて、

辛い生活が始まるんだろうなぁ。

少なくともボルフォード領の公爵家服飾担当の人は、

私の3年間で歪みまくった歪な体型に合わせてドレスを作っているだろうから…

確実に大変な事になるわね…



身に着ける衣類一つとっても大きな歪みと影響が出るのだ。

家同士の繋がりを考えながら決められた婚約を、

簡単に破棄する事なんて本当は出来ないのだ。

それでもボルフォード家は実行した。

弱小の伯爵家令嬢なんていてもいなくても同じたという事で。

でも私は黙って婚約制服を着続けた3年間の努力はヒロインの

嬉しい新婚生活に着る物がないと、騒ぐことになるんじゃないかな?

それで体型を補正する努力を始めれば良いけれど。

ドレスの広告塔としての役目から解放する事だけは、

許さないと思うけれど、

ボルフォード家の誇りと伝統を守らないといけないでしょうから。

愛し合う二人の関係だけじゃ済まない「伝統」だからね。

愛しいソフィアさんにカーディルは、

苦しい矯正具生活を送ってくれって言えるのかな?

ちょっと聞いてみたい気がする。


でもソフィアさんが嫌がる事は普通は出来ない。

一応腐っても伯爵令嬢だった私があの苦しい制服を着ていたのに、

その下の男爵位しか持たない家の令嬢が着ないなんて…

まさかね?

それとも乙女ゲームの世界だから苦しい事は許されるのかな?

どっちになっても一度でいいから、

ソフィアさんのドレス姿は見たい気がする。



楽なドレス姿になった私は特に予定も入っていないので、

1人で遅めの朝食を取った後、

城に設置された蔵書の確認をしに書斎へと足を向ける事にした。

お兄さま夫婦とお母さまはもちろん書類仕事に忙殺されている。

3人の執務室付近には鬼のように書類を持った人が並んでいて、

受領印・確認印の順番待ちをしていた。

…うん。

見なかった事にしよう。

私は昨日領内に帰って来たばかり。

少し休憩も必要だし領内の状況も確認したいしね。

足取りも軽く歩き始める私の後ろをリリーが付いて来る。

そして気付いてしまった。


「エルゼリア様どちらへ向かわれるのですか?」

「えと、書斎に行きたいの」

「ご案内いたします」


その、なんだ。

自分の部屋の大きさと置いてあるものがほとんど変わっていないから、

部屋から出て歩き始めても昔の屋敷の様な気分でいた。

もう部屋の外はまったく違う作りになっていて…

信じられないほど広くなっているという事を忘れていたのだった。

私は当分リリーの後ろをついて歩く事になりそうだった。

向かった先の書斎でもその大きさに圧倒される事になった。


「これ、は…」

「お屋敷が広くなるタイミングに合わせて、

収集・管理する書籍が大量に増やされました。

ほとんどはゼファード様のお書きになられた、

技術書ですが、一部、領都ではやり出した物語等もあります。

もちろんファルスティン家の書斎ですので、

ご家族と親類。それからごく一部の使用人しか、

足を踏みいれる事は許されません。

なので極秘資料も多々置かれる事になりました」


リリーの説明の先開かれた扉の先には大量に並んだ本棚と、

綺麗に製本された本が大量に並んでいる。

蔵書の量だけで内容を気にしないのであれば、

たぶん学園近くにあった国営の図書館よりも規模は大きくなって見える。


「すごいわね…」

「はい、特にゼファード様関連の書籍が大量に増えました。

バルダー家の資料庫がいっぱいになってしまったらしく、

アリア様がおまとめになられた資料の保管場所に困っていたらしく、

急遽、此方に保管される事になったようです」


学は力なりを地でいく素晴らしい資料庫がそこにあった。

試しに一冊手に取って中をのぞいてみる。

その中にはゼファード伯父様がお作りになれた機械の部品の詳細と、

作り方が書かれていた。

つまりこの本を持っていけば叔父様の機械を作る方法が解る。

機械の完全なマニュアルだったのだ。

アリア叔母様の綺麗な文字と絵が美しく描かれていた。


描かれていたのだが私が今日ここに来たのは、

領内の発展具合を知りたいからであって、

機械の作り方を調べに来た訳じゃないのだ。


「えっと、広報誌の様な物はあるかしら」

「はい。御座います。

直ぐにお持ちしますので奥のテーブルでお待ちください」


リリーはもちろんその事を私の考えを理解してくれている。

だから私を書斎の奥の窓際に用意された席へと向かうように促した。

彼女はすぐさま私の読みたいであろう領都のニュースをまとめた、

本を持ってきてくれる。


「こちらです」

「ありがとう」


早速ページをめくるとそこにはここ4~5年で出来上がった、

文屋と呼ばれる文書を書く事を生業とした情報屋が集めた、

出来事がまとめられたいわゆるニュース雑誌の様な記事が書かれていた。

私と同じ世代より少し年上から領内の識字率は急速に上昇している。

それはゼファード叔父様の作った機械のマニュアルを読めなければ、

仕事にならないからというのもあるが、

娯楽としての一面も出始めているという証拠でもあった。

記事は大げさに誇張しながら面白おかしく書かれている。

それは一種のエンターテイメントであり、

少しずつだけれど文化も発展してきている。

本は次代の者に知識と経験を残す。

途絶える事のない蓄積されたより高度な文化を築けるようになるだろう。


「新しく販売された著者の体験談を書いた本は面白い様で、

飛ぶように売れているそうです」

「そう、それは嬉しい事ね」


知的産業が領都で芽吹いた。

それは3次産業が出来つつあるという事で、

豊かになっている事の証明でもあった。

王都にしか存在しない貴族しか見る事のなかった、

オペラや楽団員による音楽鑑賞等も近いうちに、

始まるかも知れない。

私はそれが嬉しくて仕方なかった。


ファルスティン領は次の成長段階に入っているって実感していた。

それは領内の産業の変化を意味し、

新しい物に新しい価値が生まれていく瞬間だった。


ファルスティン領内は次の時代へと入った。

産業革命が起きて限定的ではあるが、

物の価値が変動し始めている。

まずは食料。

次は衣服。

そして最後に住居。

人として必要な最低限の衣食住が揃い娯楽が生まれれば、

領内の経済は加速度的に回っていく。

内需だけで完結した経済圏が出来上がってしまう。

そこに王国の影響は見えてこない。


ファルスティンはこの時、王国と同じ立場を手に入れていたのだった。


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