叔父様(ゼファード・バルダー)の若かりし頃の愉快な日常 【その2】
第2章土曜20時より連載を再開します。
ゼファードがファルスティンの食料事情を改善してから、
数年がたった頃の話。
彼が始めた悪魔的なスピードで建てられ続ける掘っ立て小屋と、
やけに機密性の高いガラスハウスは、
温度を安定させる為に大量に打ち込んでしまったヒートパイプのお陰なのか、
簡易的な住居としても機能し始め、ファルスティンの「開拓の冬」という
悪しき行事を駆逐してしまっていた。
住む所があり種類は少ないがお腹いっぱい食べられるだけの食べ物が、
あるという事だけで領民達は嬉しくてしかたなかったのだが、
ゼファードはまだ歩き出したばかりなのであった。
「やっぱりさ、喰う寝るが確保出来たんだから次は着るもんだよねぇ」
「クーネル?どういう意味だ?」
「備蓄もあるから、衣類を作りたいよね」
「…それは、権益が…。
いやそもそも出来るのか?」
「種さえあれば環境は揃えられるよ?
だって温室だし、外は寒いから空調を調整できるし?
あとは日照条件さえクリアー出来ればいけるでしょ?
極端に日が出ている時間が短い訳じゃないんだから。
それに兄さん、権益って「ドレスを販売する事」であって
「衣服の作成」と「原材料の製造」は禁止されていないんじゃないかな?」
もちろんゼファードは知っていて話しているのである。
幅広い意味で衣類を作るという事は、ボルフォードの権益を侵害する事に。
けれど確信があったのだ。
幅広い範囲で囲う様に書かれた権益関係の書類は、主に金銭面的な項目に
注視して書かれていたから、そこに「製造を禁ずる」とは書かれていない。
つまり、「作る事」は許されるが「売る事」は許されない。
と言った取り決めが大まかな所だったのだ。
ボルフォード側としても「原料」の調達場所は多い方が良いし、
良質な原料は欲しいのだ。
生産性が少しでも上がれば良いと考えているのだから仕方がない。
その辺りは緩く「見なかった事」にしていた部分もあったのだった。
けれど、ゼファードにとっては「だからどうした」なのである。
ただのゴミ箱として、国から扱われる現状に不満しかないのだ。
冬を越えられない。と言う現実が貴族として振舞う事よりも、
現実に領民を生かすための行動を取る事を優先するべきと、
考えてしまっていたのだった。
そもそも、こんな辺鄙な場所で権益もへったくれもない。
それでもアネスに相談するのは、ゼファードにとって理解不能の
貴族の論理があるからだが。
何時どんなタイミングでいちゃもんが飛んでくるのかが解らない。
だから確認はする。
逆に言えば信用できる貴族はゼファードにとって、アネスただ一人なのである。
そして、その「貴族」の柵があるからこそアネスは動けない。
きっと、ファルスティンを救う方法は王国にはあるのだ。
魔法使いの派遣に開拓の方法の伝授。
国が、ファルスティンに対して支援して「まともな生活」を
送らせる手段はあるのである。
ゼファードが魔法を錬金に変質させなくとも、
生活できる環境になるまで支援してもらえればファルスティンは
こんな惨状になっていないのだ。
けれどゼファードが錬金を行うまで、
ファルスティンの生活環境は改善していなかった。
それは言い換えればファルスティンは、国から
成長することを望まれていなかったという明確な証拠なのだ。
領地は発展させろとだけ言われ続ける領主。
その領主となったアネスは、ファルスティンを成長させたいと
人一倍願っている事をゼファードは知っている。
けれどアネスは、同時に爵位を持つ貴族であること。
それ以上に領主と言う立場が、逆の意味で
足を引っ張り続ける事になっていたのだった。
領地を変えたいのだが、行動に移す事が出来ないのだ。
―領地はその地を納める貴族の手によって好きに発展させても良い―
―王国は全面的に協力する―
その王国の協力と言うのも笑わせる話で、
与える「物」は「王国で余った物」を「捨てる」だけなのだ。
けれど王国主導で行われる支援政策が、「余剰人口の廃棄先」として
利用されているなんて醜聞にしかならない。
だから、最大級のオブラートに包んで「王国」は宣伝するのである。
「(人的)資源の供給」と言い張るのだ。
その実態は、王都にいる景観を汚す浮浪者を捕まえて
「開拓者として送り付ける」と言う事なのだが。
それは確かに「支援をしている」という大義名分を王国に与えていた。
言葉だけなら王国は、ファルスティンを見捨ててはいない。
王国にいる貴族として、大切に支援して扱っている様に見えてしまうのだ。
言葉と文章の上では。
―極寒の地で頑張るファルスティンを国は強力に支援している―
―けれど、いくら開拓者を送り込んでもファルスティンは発展できない―
―それは領主が無能なのだから仕方がない―
ファルスティンに送られた人員の「状態」は考慮されない。
送り届けられる人員はほとんどが栄養失調でろくに動けない。
運が悪ければ輸送中に死んでしまうことだってある。
そんな「働けない人」を「開拓者」と称して、毎年数えきれない人数を
生きる希望の無いファルスティンに送り込んでいるのだ。
王国は理解している。
ファルスティンの現状を「正しく」理解している。
その上で続けているのである。
それは、強力なオブラートで包まれた王国の指示と言ってしまっても良い。
―無能な伯爵家当主として領地を運営し続けろ―
―美しい王国の為に犠牲(余剰人員の処分場)になれ―
―それ以上の物を認めない―
そう命令されているのと同じことなのだ。
だからこそ、ゼファードは複雑な心境を抱えながらもアネスに未来を語るのだ。
我々は王国の傘下に居続けるべきなのか?
王国の法を守り続けて、救える命を見捨てるのか?
ゼファードがファルスティンをどうにかしようと、日夜
打開策を考えて、王国の腐った法律と戦い続けているからこその言葉だったのだ。
アネスの努力を知っているゼファードとしては、
その兄が無能である事を認められないのだった。
兄はよくやっている。ゼファード自身が投げ捨ててしまった、貴族のとしての
立ち振る舞いをしながら立派に国とやり合っている。
だからそのアネスの頑張りの背中を力強く押すのだ。
「ここは寒いからねぇ。
あったかい物も必要だと思うんだよぉ?
作るのはただの「あったかくなる物」であって、
その材料がたまたま衣類にも使えただけだよ。
だって、作ろうとしているのは「建材」だよ」
「は?建材?」
「そう。これから作る新しいタイプの建物の材料となるんだよぉ~。
ガラスのお家には大きなカーテンが必要でしょ。
その大きなカーテンを作る為の材料が必要だよ。
ガラスハウスって「家」の部品。
ほら「建材」じゃん」
「お前は…」
ゼファードの言い分としては、大量に建ててしまった「ガラスハウス」の
「遮光カーテン」を作る為の材料として、綿が必要になったという事だった。
それは明らかな言い訳ではあった。
ガラスハウスは作物を育てる場所として、大量に建てた物であって、
人が住む住居とは認められない。
「温室」は、確かに最先端の揃う王都の貴族の屋敷にはあるが、
それは高級な嗜好品と言う形で、産業に組み込める様なレベルの
機密性は確保できないのだ。
あくまで観賞用の花などを育てる嗜好品であり、高級品なのである。
貴族宅に作る様な物だから彫刻などが掘られた豪華な物がほとんどだが、
結局産業用品として「温室」はまだ人力では大きな物は作れない。
だから大きなカーテンなんて物は、専用の業者にしか作れない物だった。
もちろん、王都等の場所に行けば巨大なカーテンを作ってもらえる。
けれど大きさに比例して金もかかり、
なにより欲しいカーテンは「大きすぎて運べない」のだ。
なら現地で作って現地で取り付けるしかない。
という言い訳が出来てしまう。
そのガラスハウスの遮光カーテン用の「材料」という事なら、
衣類ではない事は確かなのだ。
「ねぇ兄さん。
俺は、ファルスティンは成長していると思うんだよ。
だから、成長に応じた必要な「作物」を作ろうと思うんだ。
その「作物」を作る許可が欲しいんだよね?どう思う?」
権益まみれの綿の生産ではなくて―――
作ろうとしているのは「建築資材なのだ」とゼファードは言い切った。
あくまで競合する為の物を作ろうとしている訳じゃない。
それは、いかなる権益もファルスティンは犯していないと言い切れる
「消費地」があるという事だったのだ。
ゼファードは、その時点で王国に見切りを付けていた。
このまま王国のよこす腐った餌を食べ続けて、お腹を痛めながら生きる事を
良しとは出来なかったのだ。
跡取りでもない一人の「魔法使い」として、錬金が出来てしまった
ゼファードは、「無能」という罵声を浴びせられるアネスが許せない。
兄の苦悩を知るからこそひねり出した、綿が絶対必要な言い訳なのである。
おちゃらけた会話の中で、ゼファードはアネスに求めるのだ。
王国に従ったままでは大切な領民が殺され続けるのだと。
そして、ファルスティンの豊かな未来を描く。
ゼファードは口には出さない。
領民が冬に死に続ける現実を見続けているからこそ、
改善策があるのだからと安い言い訳まで用意して。
了承してくれと願うのだ。
助けてくれない王国を頼るのではなくて、「今」改善策を用意している
自分を頼ってほしいと。
その先に道は続いているのだからと。
「そうだな建材は必要なものだ。
生産するしかないよな…」
「!…そうなんだよねぇ。必要なんだよぉ。だから作るね」
「そうだな。許可しよう」
その時の二人の決断が、豊かな未来へと続く第一歩だった。
アネスはゼファードが見せる稚拙な言い訳を聞き入れたのだ。
ファルスティンの未来はゼファードが用意すると信じて。
アネスが許可を出した事で、ゼファードは動けるようになったのである。
―遮光用のカーテンを領内で大量に作る事になってしまった―
その言い訳を元に綿の生産が始まってしまったのだ。
実際に作りたかったものは。もちろんカーテンなどではなくて、
防寒着であることは言うまでもない。
厳しい冬を乗り越えるのに温かい衣服は絶対に必要だった。
衣食住をちゃんとした形で整えなければ、新しい命は育たない。
未来に生まれてくる自分の血を引く子供達の為にも、「今」動かなくては
いけなかったのだ。
そしてその決断は密かに行われた。
ゼファードは走りだす。
アネス・ファルスティンの治める領地が豊かで住みやすい場所となる様に。
なにせ許可が出てしまったのだ。
止まる訳がない。
原料は揃った。
地熱を利用した温室が出来た事から、一気に産業機械の生産へと…
産業革命を起こすための下準備を始めてしまったのだった。
動き出したら止まらない。
この世界で衣類が高い理由は簡単だ。
糸を紡ぎ、機織り機を使って生地へと織り上げていく。
その作業は地味で、狂うほどに時間のかかる作業なのだ。
だが地熱を使って蒸気が作れる事。
そしてその蒸気を使って羽根車を回す事さえ出来てしまえば…
その回転を使って歯車を回し、
水に浸かった綿は洗われ、
糸は紡がれ、
そして機織り機によって生地が作られる。
この世界において初めての全自動機械とも言える、
産業機械が2年後には誕生したのである。
ゼファードの手によって作られた精巧に動く機械は、ガシャンガシャンと
大きな音を響かせて、ガラスハウスの近くに作られた木造建築の
別建ての「工場」で生地を生産し始めたのだ。
しかし、ファルスティンに初めて作った工場に浮かれてしまったゼファードは、
「うっかりさん」になってしまったのだ。
そして、残念なことが立て続けに起きてしまって…
失敗しまくってしまったのだ。
何ででしょーねー不思議な事もアルモンダー。
あら不思議。どういう訳か一枚の大きな生地を作る事を
何故か失敗してしまって…
途中で解れてしまってこれじゃあ大きなカーテンは作れないなー
失敗、失敗。ドウシヨウコマッタナー。
ああ破棄するなんてもったいないから、仕方ないね。
貴族様の着る服を作れるほど上質な生地じゃないし、これは仕方が無いから、
平民が着る様な服を作って裁縫の練習をするべきだね~。
もったいないものねー
そんな愉快なノリで、世界で初めての量産品の衣類が誕生したのだった。
防寒着が領内に行き渡るのにそんなに時間はかからなかった。
そうなれば、新しい市場が誕生する事になる。
古着ではない新しく安い平民用の衣類が、市場に出回る様になるのだ。
大量に作られ始める平民用の衣類は、平民用と謳っていながら、
品質が年々向上していったのだった。
けれどそれでも、あくまで作っているのは平民用の衣服。
ゼファードにはそれで十分だった。
今は。
住む所があり、温かい食事が食べられ、寒さをしのげる衣類が手に入る。
5年という歳月こそかかったが、ファルスティンは人並みの生活を送れるように
なっていたのだった。
「お前は、これを狙っていたのか?」
「さぁ?どうだろうね。
でもさ、今度は生地を作りすぎたんだよねぇ。
品質も上昇傾向だしさ…
ドウシヨウネー」
「今度は生地を売りたいんだな?」
「ヤダナー。そんな事思ってないよ。
ただ今のファルスティンの作った品物がどれだけの価値になるか、
ちょっと気にならない?」
「…ふぅ。ほどほどにな?
間違っても小麦の時の様にばら撒くなよ?」
「ワカッテイルヨー」
こうして、生地もまたファルスティン産であることを隠して…
余剰生産分を捨て値で売る事にしたのだった。
良好な育成環境の中で作られた綿を、人力ではなくて機械を使って
均一に糸にして、疲れを知らない自動の機織り機で織り上げられた生地は、
それはもう良い「生地」だったのだ。
「…まずいよな」
「…うん。まずいと思う」
「これ以上出荷するなよ」
「しない」
小麦の時と違って、品質のコントロールが難しい生地は
品質を落とす事が出来ず。集荷したものは勿論、高級品として何故か
王都の服飾屋に下ろされてしまっていた。
もちろん流出させた量は微々たる量ではあったけれど…
極力解れが多い生地を選んだつもりではあったが、
それでもボルフォード家の傘下が作る生地よりも品質は勝ってしまっていた。
たたき売り状態で出荷された生地が、国の一流の服飾店に納品された時点で
言い訳など聞いて貰えず、権益を持つ貴族からいちゃもんを付けられるのは必須。
これ以上の放流は出来なかったのだった。
ただ、ゼファードが作り上げた機織り機からこの世界で、
ファルスティンの中で産業革命が始まったのだ。
動力を得るために煙突から蒸気を噴き出す煙突が、
ファルスティンに一つ出来たという事だったのだ。
その生産の息吹を感じつつ、
これから続くファルスティン中心の領地作りの基礎を築くため、
なんとしてでも衣食住を自己完結するだけの物を揃えたいと、
ゼファードは魔法の可能性に酔いしれながら考え始めていた。
いや、考え始めないといけなかった。
ファルスティンが発展し続けられる未来を。
改めて衣類を作ってみて思ったのだ。
ファルスティンには「何もない」のだ。
物を作りたくたって、その原料が無いから作れない。
錬金と言う訳の解らない魔法が使えるようになったから、
機械を作ったりは出来たけれど…
けれど「魔法」は個人の特殊技能。
そんな物に頼っていたら、今この「瞬間」はどうにかなるかも知れないが、
けれどこの「先」が無いのだ。
いや、無かったと言うべきなのかもしれない。
ガシャンガシャンと大きな音を立てて動き続ける機械は、
紛れもなく人の力だけで動いている。
魔法のような特殊技能は使っていない。
誰にでも使える「機械」が誕生したのだ。
ここからがファルスティンの本当の自立へのスタートが始まる。
アネスは、毎年王都から運ばれて捨てられる「開拓者」を止める事はしない。
だから、毎年王都から捨てられて増え続ける「余剰人員」を生かし領民とするには、
その棄てられる人々以上の食糧の確保をして、
働き口を用意しなくてはいけない。
更なる環境の整備は必須なのだ。
王国に捨てられた新しい領民もアネスは見捨てられない。
最低限の命を保証するセーフティーネットが無いと脱落は死を意味する。
国に忠義を尽す模範的な貴族を演じて穏便にしていれば、
ファルスティン領をその裏で飛躍的に発展させる事はできるだろう。
その基盤はゼファードが用意した。
用意してしまえたのだから。
ファルスティンはこれから王国のゴミ箱として何とか生きていけるだろう。
アネスがゼファードの暴走を許した話でした。
この後、ゼファードはフルスロットルで、
領内を走り抜けていくのです。
蒸気機関の原型の様な産業機械の初歩の初歩。
自動機織り機が出来てしまいましたから。
そしていつでもドレスの原料となる生地を市場にばら撒ける準備も、
始めてしまった話ですね。
この下地があるから、ゼファードはボルフォードに針子とデザイナーを、
派遣して領内でドレスを作らせる事にするのです。
軽く丈夫な生地はこの自動機織り機で使える様にする為に、
糸巻機を調整しまくった産物なのです。
そしてその生地があるからエルゼリアのドレスは豪華なのに軽いのですよ。
時系列で言ったらまだエルゼリアもギネヴィアも生まれていませんが、
それでも、ゼファードもアネスもまだ見ぬ我が子の為に懸命に、
領地を整えていくのですよ。
この努力の成果が表れて王国と対等に渡り合えるのが、
エルゼリア達の代なのです。




