叔父様(ゼファード・バルダー)の若かりし頃の愉快な日常 【その1】
外伝が3つほど挟まります。
乙女ゲームが原作から乖離する原因と言いましょうか。
バックグラウンドの様な事なので読み飛ばしても問題ありません。
エルゼリアが学園へと通う事になったはるか前。
国に対する叔父様の経済?文化的侵攻?は始まっていたのである。
ファルスティンの見えない王国への侵攻は、
色々な所で「歪み」を生み出していたのだった。
それを知るのは王国の上層部だけ。
けれどその王国の上層部にとっても、喜ばしい事だったので、
歓迎する事こそあれど、否定する事や対策する事なんてするはずがないのである。
錬金と言う反則技を手に入れてしまったゼファードは、
その日も楽しい工作に明け暮れていたのだった。
その時期の彼の日課は耕作地帯の拡大である。
森を切り開き寒冷地でも作物が育つように、
ビニールハウスならぬガラスハウスを立ててその内側で作物を作りまくる。
食生活の改善を目的に、とにかく立てまくっていた。
…立てまくってしまったのだ。
安定した気温と元が山に近い凍土であった事から、温室さえ出来れば
周囲には氷が嫌と言うほどある。
それを溶かせば水源は確保でき、同時に土に錬金を掛けてしまえば、
これまた堆肥だって魔力があれば作り放題なのだ。
食物が良く育つ土へと改善してしまえば、1年目から育つ穀物はいくらでも~
みたいな感じで。
ならば究極錬金で、そこらにある物を食い物に変えてしまえばよいとも
考え付くが…
魔力が無尽蔵に尽きない無限の錬金が出来るのならそれでもOKなのだが…
流石に領民すべての食糧となる物を錬金し続けたら、
いくらゼファードでも魔力が尽きる。
そしてなにより「ゼファード」がいなくなった時、
ファルスティンはただの極寒の地へと逆戻りしてしまうのだ。
いや、それより問題なのは…
極論「う〇こ」を原料に食料を生産できるのだ。
が、しかし!しかしだ!それは許されるのか?
「倫理」的に。
極限の空腹感ならいざ知らず、
そこまで追い詰められて…
いるがそれでも超えてはいけない一線というものはある。
なによりバレたら「なんて物食わせやがるんだ!」と怒られる事は必然。
一応循環しないといけないのでは?
「自然のバランスが壊れて大変だ!
うんきっと大変だよ!そう言う事にしておこう」
「自然?バンランス?」
「あ、いや、独り言だよぉ。
兄さんは気にしなくていいよ」
「あ、ああ解った」
自分がいなくなった時、
また飢餓が起きて、生きられない事は許せなかった。
だから豊かにしたのなら、それを維持できるようにしておいてあげないと
いけない。
それは、始めてしまった人の責任でもあると思ったのだ。
ぜーんぶ投げ捨てて死ぬのは流石にまずい。
この世界で生を受け、比較的安全に成長させてもらったのだから。
「それは流石に無責任だよねぇ」
「なんの話だ?」
「未来の話」
「未来…か。この領地に未来があると思うのか?
ただ王国が都合よく人を捨てる場所と化してしまっているこの場所が」
「あるよ?ないなら自分で作れば良いだけだから」
「ゼファード?お前には、何が見えている?」
「んー「楽しい日常」かな?
まぁ、見ててよ。
訳の解らない便利な物「魔法」なんて物があるから。
本来ならありえない「核融合」と「核分裂」が、この訳の解らない、
「魔法」なんて理論で出来るんだ。
いくらだって、豊かになれるでしょ。
その所為で科学が発展していないんだろうけれどねー」
そう考えるゼファードは、その頃から徐々に
「貴族」とは違う顔を見せ始めていたのだった。
ゼファードには自信があった。
いや確信と言っても良いかも知れない。
歯がゆい思いをし続けた「死」が間近だった彼の日常は、
魔法というご都合主義によって大変革を起こす事になるのだった。
もちろん。
乙女ゲームのヒロインの為に、ご都合主義満載の世界観で作られた事など、
ゼファードが知る由もない。
ただ「魔法」という存在に酔いしれ、
無から有を作り出すその力に惚れてしまったのだ。
念じ思うだけで炎が出現して飛んでいく世界だ。
なら「熱」を出現させる事が出来る。
念じ思うだけで、氷が出現して飛んでいく世界だ。
なら氷の元と「水」を出現させる事が出来る。
大気から水を作りだしたのなら、その空間は急激な減圧が起こるはずなのに、
空間には変化は起こらない。
ならそれは、空間に水の「原料」が現れた事になる。
念じ思うだけで風が巻き起こり敵を切り刻むのだ。
なら空間に「断層」が作られて、斬れるほど細い刃の代わりとなる「ズレ」が
出来ているはずなのだ。そうでなければ斬るという現象は起きないのだ。
念じ思うだけで大地は盛り上がり対象を挟み込んでくれる世界だ。
どんなに土を操作しても、土は土。それでも挟まれた「物」は「潰れる」のだ。
それは明らかに物質の密度を変えているという事に他ならない。
「場」に干渉して「事象」を変化させる物が「魔法」であるならば、
何かを変質させる事を「魔法」はしてくれる物。
僅かに自分が持つ「魔力」を流して周囲を変質させれば、
物は自分の思った通りに「変化」してくれる。
それは、まさしく「錬金」だったのだ。
地水火風の4大エレメントを考えれば考えるほど、
ゼファードにとって、魔法とは「都合の良い錬金が出来る物」となっていったのだ。
だが、彼はそこから別の方向に捻じ曲がる。
「兄さん、魔法ってなんでも出るんだねぇ」
「…何を言っているんだ?」
「このエネルギーがどっから出ているのか解らないけれど、
「寝れば」また使える様になるなんて、良い世界だねぇ」
「そう、だな?」
ゼファードの問いかけに、曖昧に返答していたアネスだが、
それでもゼファードの「工作」は止まる事を知らなかった。
風の魔法を使えば、チェーンソーで何時間もかけて斬る木が
僅か数秒で切り倒され、残った巨大な根は土の魔法で掘り起こして
しまえば良い。
僅か数時間後には何もない平地が出来上がるのだ。
土を変質させて固めてしまえば、その上に切り倒した木を材料にして、
エアカッターで発生させた空間に巨木を突っ込めば、
綺麗な角材の柱に加工できてしまう。
投射する「魔力」を使ってその木に触れれば、加工した木材は子供の体でも、
何十キロもある角材がいとも簡単に組み上がる。
お家が作れたらいいな感覚でやってみた工作は、
わずか一日で家を完成させる事が可能だったのだ。
無から有を生み出して攻撃する攻撃魔法に比べれば、
その攻撃魔法を細分化して、一部しか発動させないと言う手段を取れば、
「魔力」とやらの消費量は劇的に下がる事にゼファードは気付いてしまったのだ。
「ありえねぇ…」
そう思いながら、出来てしまった事にゼファードは喜ばないではいられなかった。
更に発現する力に「原料」である物を混ぜ込んでやれば、更に魔力の
消費量を抑える事が出来る。
では、その力が発動する有効範囲はどれ位かと調べれば…
ゼファードにとって魔法は「戦う為の力」では無くなってしまったのだった。
力の細分化と再結合をしたゼファードは「魔法」を変えてしまった。
やりたい事をやって「形」にする事を続けてしまったゼファードは、
遂に都合の良い「錬金」という、ゼファードの「論理」の下に動く「空間」を
想像できるようになってしまったのだった。
周囲の「物質」を原料に、作りたい物を作る力を手に入れた彼の
豊かになる第一歩は食べる物を作る事だった。
そして作られるガラスハウスと、その中で作られた穀物は、
安定して領民達に供給される事になったのだ。
ゼファードの成長と共に増大していく魔力は、
更に彼の「錬金」に磨きをかけて行く事になる。
本来なら植物の育成なんてものは、
膨大な経験と時間を使ってトライ&エラーの果てに効率を追い求めるのだが、
ゼファードはその「効率」の果てに作られた結果を初めから「知っていた」
だから、何年もかけてようやく上手くいく成功例を1年目から出来てしまう。
苗を手に入れて、広大に作り上げたガラスハウスの中で、
錬金で「調性」した土と堆肥を使って作った作物は、
一年目から成功を収めてしまっていた。
それが2年3年と続けば、作物の生産量は加速度的に増えていき…
それに対してファルスティンの領民は「王都からの供給」があるにせよ、
そこまで爆発的に増えたりはしなかったのである。
その結果、余るのだ。
領内で消費しきれない穀物が。
不作やトラブルを考慮して、貯蔵される予備を含めても溢れてしまう倉庫。
そんな上手く行き過ぎる状況を見ながら、
彼は次の段階に発展を加速し始める準備を始めていたのだった。
ついでに、王国に要らない物(余剰生産物)を売り付けてやろうとも。
この頃になり始めると、アネスはゼファードの「やらかした」領地改変を、
ファルスティン後継者として把握するようになり始めていたので、
アホの様な「成果」を片手に、
領内の政の兼ね合いをアネスに「お願い」し始めていたのだった。
「兄さん?実験して良いかな?」
「何をする気なのだお前は…」
「食料を腐ってダメになる前に王国に放出したい」
「…詳しく聞こうか?お前が「王国」のために慈善事業を行う訳がないからな」
「ヒドイナーワタシはオウコクヲアイシテイルンダヨー」
「ふざけるな」
「はいよ」
まだまだ不足する物の多い中、一番最初に手を付けてしまった「食料」の
生産量はオーバーフロー気味。
なら、その食料を売り付けてもいいんじゃないかとゼファードは考える。
けれど、そう簡単な問題ではなかったのだ。
アネスはこの時点で「国」というモノにある程度の見切りを付けていた。
豊かになる為の手助けをしてくれないで、余剰人員の廃棄場所としての
価値しか見出して貰えない、ファルスティンと言う地に対する評価に。
だからこそ。
ゼファードが言った「内部循環型の領地」という考え方に賛同した。
そしてその為には、「今」のファルスティンの変化を、
王国に知られる訳にはいかない。
けれど、その辺りの加減をゼファードが出来ない事も、なんとなく理解していた。
王国に対する1の矢と言う考え方も、将来の為には必要とも考えていた
アネスは、慎重に行動を起こす事にしたのだった。
だが、その効果は思った以上の効果を出す事になってしまう。
そう…
大量生産で作られたファルスティン産の食糧の捨て値での販売。
それは王国内でも食料の価格下落と安定化をもたらした。
そして、王国の生産物に変化をもたらし始めてしまったのだ。
叔父様のちょとした悪戯と言う名の「市場調査」が目的の小麦の流通の開始。
それは、じわりじわりと「王国」にしみ込んでいくのだった。
ファルスティン領内で、すでに余り始めてしまった小麦の行先…
捨てる位なら。
と、気軽に始めた「市場調査」は、それはそれは良い情報を
ファルスティンにもたらし続ける事となった。
毎年の物価をどれだけ安定させられるのか?
どれだけ食料関係を放出したら、どれだけの物価低迷が起こるのかを調査。
あくまで調査だったのだが…。
手始めに倉庫に眠っていた在庫。
大量生産が始まった初期の出来の悪い2年前の小麦を生成して馬車に積載。
10回ほど小麦を各領地に捨て値でばらまいたのだ。
たった10回。
されど10回。
ばら撒かれた小麦は、その土地の人々の食糧事情を僅かだけれど向上させ、
王国の食糧事情の改善に大いに貢献できた。
明らかな、取引価格の下落が現れたのだ。
一番高い価格がつく王都で。
「これは…」
「面白い事になるかもね?」
ファルスティンの執務室で兄弟は笑っていた。
その効果の出方に。
どう言う訳か捨て値で売った小麦は、別の商人に買われ別の場所で
転売されていたのである。
それを王都の屋敷の料理人が購入し、ファルスティン兄弟へ報告された。
違法小麦とか言って罰則がと思いきや…
その小麦の価格は、それ以上に面白い価格が付いていたのだった。
―高級小麦!安定した荒さを持つ上質な小麦!―
…その触れ込みと共に。
確かに精製する機械は人力ではなしえない安定した出来であった。
が流石に3年前ともなれば質はお察しなのだ。
お察しなのに?高級?
二人は頭を抱える事になる。
「どう思う?」
「好きにやっていいなら量を増やすけど?」
「価格が…いやそれより3年前の物だぞ?
処分するくらいなら売れた方がマシだが?これはいいのか?」
「高級品に化けるとはねぇ。質は落とせるよ?
ついでに嵩増しも出来るけど?」
「もう少し様子を見るか」
「じゃあ来年もやるよ?」
「解った」
次の年も順当に「安すぎる」小麦は王国に出回る事になった。
ただしちょっとした叔父様の「うっかり」で「間違って」放出量は、
2倍へと引き上げられていたのだが。
もちろん小麦の価格は大きく変動する事になるのだが、
王都で奇跡が起きてしまう。
国は大いに間違った見方をしてくれたのだ。
貴族は、商人が大量に払う事になった税収に酔いしれ、小麦の生産量と
市場に出回る量の差に気付けない。
税収が合って国が損をしていなければ、それ以外の事は放置される。
結果何が起こったのか―――
この錬金術の正体は、全て責任者の手腕という事になったのだった。
臭い物、原因の解らない物を見なかったことにした瞬間である。
「農業大臣は食糧事情を大いに改善させた」
その触れ込みの果て、大臣は表彰されてしまった。
何が「革新」だったのか解らないが、通常なら減価割れを引き起こす
安さの「小麦」達は、農業大臣の手によって
「生産効率が向上」したことにされたのだった。
年々増え続けるファルスティン内の小麦の余剰生産量。
もちろん領内での備蓄を増やしてもしもの備えを差し引いても、
それ以上のスピードで開拓される田畑の関係で在庫が減らない状態は続く。
そして、倍々的に捨て値の小麦の放出量は増やされ…
王国内の食糧事情を改善してしまったのである。
安定供給される小麦の量が増え1年2年と続き…
成長期だった子供達はすくすくと育つ。
とても良い事だ。
5年もたてば国民全体の栄養状態も一段階良くなって、
男性は「良い体」へとなり、
女性も「魅力的な姿」へと変わっていた。
それは、男爵令嬢として生活していた彼女にとっては、
良い事であったのだろう。
けれど同時に、国の定める品格からは遠ざかる事になるのだった。
成長期にソフィア・マリスは満足いくまで食べる事が出来てしまったのだ。
それが何をもたらしたかは言うまでもない。
彼女もまた「健康的で魅力的な成長」が出来たのである。
すくすくと育った彼女は学園で夢の様な出会いをして…
そして、素敵なドレスを着る「世の女性が憧れる」素敵なドレスの前に、
「今」彼女はいる。
無数のお針子さんに睨まれながら。
国際的に厳格に決められ見栄を張り合う社交の場で、
厳しく定められたドレスをパートナーが着用するのは、
ルールで義務なのである。
未来の公爵夫人として立ち振る舞う事が許されたソフィア・マリスは、
その日現実を知る事になるのだった。
彼女はボルフォード家の針子に睨まれながらドレスに袖を通す。
地獄の様に苦しく締め上げられるコルセットと矯正具を毎日身に着ける。
日々の幕開けだった。
そして、そしらぬ間に国の食糧自給率は急激に下がっていく事になる。
それに国が気づけるのは、麦の価格が急激に上がり始めた時だった。
叔父様はとんでもない事を仕掛けていました。
王国の食糧事情はファルスティンの手が入っていたのでした。




