ルールを決めた王族がそのルールを無視するのだから守らされてきた方はたまらない。
5月14日まで毎日更新します。
新しい顔ぶれと並びが完成した時点で招待されていた貴族の、
地位の高い人間から優先的に挨拶するというお決まりの出来事が、
始まろうとしていた時に…
第2王子殿下が用意されていた椅子から立ち上がり此方に近づいてきたのだ。
何をとか考えるまでもない。
今日は「王家にとっても、良き日にしなければいけない日」なのでしょう。
それは理解できる。
したくないけれどしなくちゃいけない事だから。
王家としても北に大きな火種を抱える訳にはいかない。
だから精一杯の誠意としてそうしたいと言うならそれは構わない。
私だって貴族の繋がりって意味では納得はしないけれど理解はするから・・・
「これでは列の並びが悪いですね。ここに私が立っても?」
この第2王子殿下は私とギネヴィアの間に立ちたいと言って近付いて来たのだ。
私は目を見開くしかなかった。
何を考えているかは理解できるけれどそれを差し引いても。
今それを言うべき時ではないのに。
今日の主役はあくまでお兄様だ。
私やギネヴィアも任命されたりしたけれど。
それも小さい事ではなく大きい出来事かも知れないけれどそれでも、
お兄様の爵位の移譲と領主任命に比べれば霞む。
同時にギネヴィアと言う叔父様にとって隠しておきたい、
愛娘から視線をそらすためでもあったはず。
その隠れ蓑を第2王子殿下はナチュラルにはぎ取ろうとしている?
列の並びだって新しい領主であるお兄様から近しい血の濃さで決められた。
ターシャ義姉様は妻として。
そしてそこから流れる兄弟の血としてエルゼリア。
そしてその隣には従妹の血としてギネヴィアがいるのだ。
バカなの?
私とギネヴィアの間に立ちたいというけれど、
それが許されるのは伴侶としてか。
もしくはギネヴィア以上私未満の血の繋がりを見せなくちゃいけないというのに。
こんな並びでさえ王家は仕来りにして貴族達に守らせているのに。
自らが決めて守り選定した順番でさえ無視して割り込むつもり?
それともこの瞬間を目出度い瞬間として、
私かギネヴィアの伴侶に内定しているとでも言いたいの?なるつもりなの?
今しがた宣言されたギネヴィアとアルフィンとの結婚に、
異議を唱えると宣言しているに等しいのに。
王家は叔父様を本気で敵に回したいの?
私に個人的な接触をしたいというのであれば、
式典が無事に終わって貴族達が帰ってから、
内密に戻って来ればいいでしょうに。
その手間さえ王族は惜しむの?
国王陛下とお父様がどんな密約を結んだかは解らないけれど、
これ以上王国としての印象を悪くして更に王家の印象さえ最悪になれば、
王国はファルスティンにとって完全な敵となるのよ?
それを理解しているの?
「任命式は終わりました。
これから、私にひと時のお時間を戴けるでしょう?」
そう言いながら第2王子殿下は満面の笑みを私に向けてくるのだ。
終わった?
確かに「式」として宣言は終わっているけれど、
次世代に対する挨拶は終わっていないわよ!
それとも何?先程のお兄様が王子殿下に言った「態度次第」という事への、
牽制のつもりとでも言いたいの?
その第2王子殿下と一緒に来ていた従者らしき人は、
オロオロしている様にも見えないから当然の行動とでも思っているの?
それ以上に王族ならこの手順を無視した行動でも許されるという事なの?
この行動が計算づくだったらこの王子は最悪だけれど…
ゆっくりと近づいてくる第2王子殿下に対して周りは動けない。
この場で動く事が出来るのはただ一人。
私の後ろに控えている彼女。
リラーナが素早く動いて私の前へと回り込み左腕を広げて第2王子殿下が、
これ以上私に近付くのを阻止しようとする。
それでも近づく事を辞めない第2王子殿下に冷たい視線を向けながら、
リラーナは、右腕を腰の後ろに回すのだ。
特別な傍付きの背中には主が必要とする小道具を納める為の革鞄を、
目立たない様に背負っている。
それを自ら伸ばした髪の毛とエプロンの飾りなどで隠して、
主が必要と思えばすぐに道具を手渡せるように持ち運んでいるのだけれど、
その鞄の中身はもちろん主の身を守り相手を無力化する物さえ、
所持し続けている。もちろん刃物だって持っている。
リラーナはその鞄から手早く私にこの場で大切な物を手渡してくれる。
もちろんこの場において私に必要な物であった。
その間も勝手に列に並ぼうとする第2王子殿下の歩みを止めるべく、
彼女は体を張って王子へと歩み寄る。
それはどう動いても私に手が届かない絶対的な安全距離の維持。
彼女は正しく私の盾として動いてくれていた。
何も言わない私に代わってできる無言の拒否行動。
お父様も叔父様も騎士達に守れと命令する事は出来ない状態だった。
この場においてもう責任者はライセラスお兄様。
そしてお兄様もここで騎士を動かすという事は王家(王国)に対して、
物理的に排除する事を宣言する事に他ならない。
だから。
騎士達こそ動かさないが…
私の返答を待っている様にも感じられた。
私は第2王子殿下に試されている?
けれど回答なんて決まっている。
式典の続行が優先だ。
この場においてまだ挨拶は始まっていない。
私が何も持っていなくて、
第2王子殿下に対してお話をしなければいけないのであれば。
それは私にとって明確に最悪の事態となっていた。
普通なら任命式の間中、私は何も持つ事を許されない。
それはどんな小物であってもね。
もちろんスカートの中に仕込んで持つ事も出来るけれど、
それは王国の法が許さない。
任命されるまではあくまで半人前。
半人前に何か持たせてトラブルになるのは王国の歴史が証明し続けたから、
そう言った事まで厳密に決められているのでしょうけれど。
それ故に何も持たない令嬢は無防備でいるしかない。
貴族として任命された瞬間、義務と権利が発生した段階で、
私は礼儀作法として、絶対に持っていなければいけない、
令嬢として「正式にお断りする為」の道具を持つ時間的余裕はなかったのだ。
だから第2王子殿下はその私が返事を断れないスキを突いた格好となっていた。
それに普通ならどんなになれなれしい態度を取っても王家の人間なら許される。
だって全貴族の憧れであり爵位としては最高位。
王族からのお話なのだから断るという選択肢は与えられない。
王族にとって、強制的に貴族達に言う事を聞かせられる瞬間でもある。
王国の「法」は、どんな法律でも王家に対して有利に働くように、
細工されて法の間に遊びが作ってある。
貴族には許されない。
けれど王族なら無礼講となる逃げ道。
だからかもしれない。
強引に意見を通すため、無茶をしてでも無防備な断る道具を持たない、
エルゼリアの隣に自分をねじ込む為に無礼であっても動いたのだろう。
けれど第2王子殿下の考えは遅かった。
私に特別な傍付きがいなければ王子殿下を止める人間はいない。
けれど私と王子殿下の間に体を入れた時、
既にリラーナは私を守る全ての行動を完了していたのだから。
私に大切な道具を既に渡してくれていた。
そう…
扇子だ。
私が「伯爵令嬢エルゼリア」として立ち振る舞うのに絶対必要な道具。
本来なら式典後にターシャ義姉様から私の領内の身分を証明する為に、
授けられる大切な身分証でもありその身分証を見せながら話す為に、
一個人として認められ「正式な権限を持つ貴族」つまり、
自分の意志を陳べる事の出来る証明を私は手にしていた。
特別な傍付きに持たせている物として「私の代わり」である事の証でもある。
私達爵位持ちの令嬢達にとって絶対一本は持ち歩かなくては、
正式な場において意思表示する事が難しくなるほど大切な「道具」となっている。
私は、それをリラーナから手渡されて手にした事でちょっとほっとする。
そしてその扇子を開いて顔の半分を隠すのだ。
令嬢の顔の隠し方にさえルールが定められていて、
顔全体を覆えば会話の意志はないと拒否できる。
目だけ見せれば会話する事は許すけれど返事はしない。
そして片手で扇子持ち反対の腕でそのセンスを支える姿を取れば、
その扇子の表す身分で一貴族としてお話をしましょうという意味となる。
もちろんパーティー会場で、扇子を体の何処で保持しているかによって、
なんの話題を話すのかを決めたりする事が出来る。
例えば扇子を閉じてドレスにある刺繍を指している場合は、
領地の事を話しましょうとか。
逆にアクセサリーを指していればファッションの事だったりする。
そのパターンを覚えるのも淑女の嗜みとされ出来なければ、
本当の夜会の時とかに恥をかく羽目になるのだ。
その扇子を広げると私は口だけを隠す。
王族だから会話はするという意思表示。
そして特別な傍付きの行動を諫めないという意味でリラーナの牽制行動は、
私からの明確な拒絶の意思表示だ。
「いいえ。式はまだ終わっていませんわ。
これからお兄様の大切な挨拶の時間が始まりますの。
「王国の定めた任命式」を軽んじる事は出来ませんわ。
列の並びは「王国の法」によって定められているのですから。
その王国の顔とも言える王子殿下が法を破るなんて事は、
許されるはずがありません。
殿下に相応しい正しい位置に戻るべきですわ」
私は睨みつけるような視線を送りながらお兄様の方へ、
一瞬だけ視線を移したのだ。
アンタはマテの出来ない犬ですか?
美味しいご飯を食べたくて涎を垂らす駄犬ですかと問いかけたい。
私の回答に第2王子殿下の表情は明らかに歪んだ。
そして同時に殿下はお兄様の方に視線を移す。
チラリと。
けれどしっかりとお兄様の表情を確認した第2王子殿下は、
ふふっと笑みを受かべながら話し始めた。
「これは失礼しました
このような美しい方を前に気持ちが前のめりになってしまったのです。
どうかお許しください」
わざとらしい演技と、それに付随する言葉を言いながら、
第2王子殿下は定位置へと戻って行くのだった。
それを確認してリラーナは私から離れ後ろへ戻り扇子を受け取った。
お兄様の挨拶の列が終わるまで私やギネヴィアはお腹の前で手を重ね合わせて、
微笑み続けるのが礼儀なのだ。
たとえ相手がいけ好かない人物であってもね。
多くの貴族が初めて見る王都以外の高層建築と、
ファルスティン家のお屋敷の大きさに驚いていた。
当然であるけれど屋敷の設備自体の大きさと整いぶりは公爵家並みに、
作り上げられていた。
場所によっては、王都を凌駕する高層建築の建物があるのだ。
そして他の領地にはない鉄馬の発着場。
特別な移動手段を持つ領地は、その広がり方も他の領地に比べても、
違った物へと進化している。
ここまで来た時に見た街並みは今まで見てきたどの町よりも、
大きく違う物として、貴族達には映っている。




