これは子供でいられて、そして理想を語る事が許される最後の時間。
5月14日まで毎日更新します。
三人で食べる緊張感のある夕食は食後のお茶が出されるまで、
ほとんどしゃべらずに終わる静かな時間が続いたのだった。
用意された自室に戻れば…
着なれないドレスから解放されて湯あみを済ませたギネヴィアが、
私の部屋にやってくる。
その手にはワイングラスと赤ワインのボトル。
何処でそんな物を手に入れてきたのだか。
そんな物用意する時間はなかったはず。
「私達もう子供じゃないのだからね?」
「確かに大人なら、堂々と飲めるわね」
この国ではお酒は成人した時から認められる。
それは、大人扱いされた人なら年齢は関係なく飲んで良い事になっていた。
だからこれは一種の意趣返し。
周囲が大人として扱うならもう酒を飲んでも構わないでしょう?
「おめでとうございますエルゼリア・ファルスティン伯爵令嬢」
「ありがとうギネヴィア・バルダー男爵令嬢。
そして私からも。
おめでとうギネヴィア・バルダー男爵令嬢」
「ありがとうエルゼリア・ファルスティン伯爵令嬢」
「私達も大人なのね」
「そうね。だから最後に夢を語り合いたいなって思って来たのよ」
「それは良い考えね」
これからは領内を発展させるために全力を傾ける事になる。
そこには希望も夢もあるけれど、
それ以上に現実と言う高いハードルがあるのだ。
自分の考えを実現するためにこれから私達は妥協と調整をし続ける。
もう夢と希望だけを見ていられる時間は終わりを告げるのだ。
その夜は私達に残された夢を見られる最後の夜だった。
長い長い語らいの始まりで…
私とギネヴィアが考えていた理想が思い出されれる。
これが出来たらいいな。
これがあったらいいな。
実現できる訳のない高すぎる理想だけを語る事が許される最後の夜は、
楽しくそして美しい理想だった。
夢を見る時間は終わった。
現実が始まる。
領都で行われる任命式。
それはギネヴィアの為だけに開催されるはずだった、
ファルスティン領内で働く爵位持ちの人間に役職を与える大切な日。
王国の法と規律に則り行われる。
正式な行事なのである。
全ての爵位を持つ貴族は領主か国王からその役割を与えられる。
そして、長い役割を全うするまで続く人生が幕を開けるのだ。
次の日は朝から、領都に戻るお仕度が始められる。
もちろん、私達が着せられたのは正装のドレスで、
時間をかけて丁寧に着つけられた。
苦しくても動きづらくても着続けなければいけない、
ゆがんだ王国の象徴のようなドレス。
ここに来てもうギネヴィアも私も変な声は上げない。
完璧に仕上げられた私とギネヴィアは、
予定されている任命式に間に合う様に領都へと帰るのだ。
数日間お世話になった行政施設を後にして、私とギネヴィアは駅へと案内される。
専用の通路は磨き上げられ私達の着ているドレスを汚さぬようにカーペットまで、
床に敷き詰められていた。
すれ違う人、一人一人が今日の私達出立の為に用意された正装をして、
見送りに来る。
専用のホームで私達を待ち受ける用意された車両も、行きに使用した
貴族用に作られた車両とはまた別の車両だった。
正装した私達の姿でもゆとりある状態で乗り込む事が出来る大きい入口と、
車両の室内を最大限広げた空間に、外から私達が座っている姿を確認できる、
大きな窓が配置された乗っている人が誰なのか一目で解る様に作られた、
いわば、「お披露目」の機能も兼ね備えている車両だった。
広い解放感を与えてくれる室内だったけれど、その実車両の端には、
防御用の結界石をふんだんに使った、一握りの人間しか使わない要人用の
設備をフル積載した特装車両であることはあきらか。
その室内に設置してある二人掛けの椅子に私とギネヴィアは対面に座る。
もちろんアルフィンはギネヴィアの隣だ。
けれど、抱き上げて膝の上に乗せる事は許されない。
用意された場所は、「プライベート空間」ではなくて「公共の場」なのだ。
すべての機器のチェックと、発進の準備を整えた鉄馬の責任者。
車長ともいえる男が、私に深く一礼する。
「発進いたします。宜しいでしょうか?」
「ええ。出して頂戴。
以後、鉄馬の運航を全てあなたに委ねます。
万事問題なく私達を領都へ送り届けて下さい」
「はい。その願い確かに聞き届けました。
一泊二日程度の日程です。
ごゆるりとご乗車くださいませ」
この場で一番地位の高い人間の号令を必要とする、
命令を実行せよという言葉は私が「貴族」として認められている証拠。
そしてこれから私に生涯にわたって付き纏い続ける「責任」がある事の証明。
私は求められる立場を演じる。
迷う事は許されない。
私達3人は、忙しなく動き続ける係りの人達の動きを見つつ、
ゆっくり鉄馬が動き出すのを待った。
特別列車だから優遇はされる。
けれど待ち時間ゼロで即日発進なんて事は無理だ。
大きなドレスを翻しながら野外を移動するのは初めての経験で、
貴族令嬢らしくドレスを乱さない様に慎重にかつ大胆に歩いてきたのだ。
予定の発車時刻なんて既に過ぎている事は解っている。
私達がモタモタしていたら列車の発車時刻は遅れ、
他の鉄馬の運航にも支障が出ているのだろう。
それでも発車してもらわなければいけない。
運行管理者の腕の見せ所と言った所だろうか?
傍付きの世話係達は私達を飽きさせないために動き始める。
臨機応変に状況を組み変えて良く動く。
アマチュアではない「プロ」の動きを見せる傍付き達がいた。
自然と用意される紅茶をのみながら一息つけば…
ガタンと大きな音を立てて、鉄馬は動き出したのだ。
流れ出す車窓と発進直後なのにカップの中の紅茶はその振動を覚えず、
波打つことなくカップ内でとどまりつつけた。
それを見たギネヴィアはアルフィンとにこりと笑う。
きっと彼等が関与した何かが「実を結んだ」瞬間を実感したのだろうね。
私達は領都へ戻る。
鉄馬の鳴らす鉄輪の音を聞きながら。
私の役割と、お兄様とお父様の決断を聞く時が来たのだった。
何方になるのだろうか?
まだ一領地として王国に尽くすのか?
それとも独立してやっていくのか?
それとも…




