書類仕事が効率よく出来る家具の数々を見て思うのよ。あれ?私は公爵家に嫁ぐより楽になってる?
5月14日まで毎日更新します。
「お選びになられた物を領都へお運びいたします。
輸送の手筈も整っておりますので、
どれでもお好きな物をお選びください」
「それは私の執務室の内装がほぼ完成しているという事ね?」
「はい。
お屋敷内の執務スペースの確保は順調に進んでおります。
元々はボルフォード領に納品される予定の品々です。
嫁ぎ先が≪人手不足≫だったとしても何とかなる様に、
仕上げた執務室用の品々です。
どれがお気に召すのか解らないので、
試作品は全て納品予定で作られましたが、
「良い機会」という事で、色々と準備する事に致しました」
用意されていた物の出来の良さと、運びやすい様に分割出来るように作られた、
構造を見ればそれが何のために用意されていたのか解るから何とも言えない。
どんなに大きな家具でも、大きさは馬車に積めるサイズになっていた。
それが指す所。
元々の納品先の予定はどう考えても領都ではない事だけは解ってしまう。
それはボルフォード家に対しての牽制の意味もあったのだろう。
最後までファルスティンの現状を正しく理解しなかったボルフォードの、
認識を変えるための物とも言える。
もちろん公爵夫人としての立ち振る舞いを求められた時、
最低限の雑務をしなければいけないのだけれど…
今までボルフォード家がナチュラルにやり続けた結果から導かれる答え。
ボルフォード家は私をまともに扱わないかもしれないという懸念。
嫁がされた後、最悪の場合は私と宛がわれた少人数の人間で、
何もしないカーディルの代わりに、
公爵家を仕切って行かなくちゃいけないという現実があった。
ファルスティンから手助けの人を呼ぶことは許されず、
私一人で事務作業に没頭させられる事さえ考えて置かなければいけないほど、
婚約破棄される寸前まで、私の扱いは初めて挨拶させられた時と同じだったのだ。
ファルスティン領が普通に生活できるようになったという現実は受け入れられず。
「支援しなければ死滅する極寒の地」というボルフォードにとって、
都合の良い事だけがボルフォード領内には伝えられているのだ。
だから嫁いでくる伯爵令嬢はボルフォードに逆らえない。
どんなにひどい事をしても良い存在。
カーディルとの間に子供が出来るまで適当に扱って、
生まれた子を公爵家が育てれば後は用済みという思惑が見え隠れする。
乙女ゲームの強制力なんてものが頭をチラついた理由でもあるのだけれど。
―どんな事になっても必ずエルゼリアを使い捨てにする―
公爵家にも嫁ぐことが許される、使いつぶして捨てても許される貴族令嬢。
どんなにひどく扱って、酷使しても許される人材で優秀なら直良し。
…逆に婚約を破棄されずあのまま結婚する事になっていたら、
どうなっていたのかと考えるとナカナカえぐい事になったとも思うのだ。
労働基準法なんてない世界でブラック企業も真っ青の仕事を抱える事になれば、
少しでも効率的な作業を行えるようにする為の物だったら何を惜しんでも、
私は入手しようとすると思う。
屋敷の管理に領地の運営。
それから国から指示される雑事を決定して何処に人を配置し何を揃えるのか。
それをやらされた上に夜会で発表する新作のドレスのフィッティングと、
将来生まれてくるカーディルとの子供の世話。
そして貴族社会でやらかし続けるであろうカーディルの尻拭いと、
発生するであろういざこざ。
考えただけでも恐ろしいほどの責任がのしかかる。
決して頼らせてくれない旦那と公爵家の親類関係は、
ファルスティンへの支援を盾にしてミスを許さず公爵夫人を辞められないし、
逃げるなんて許されない。
あれ?私は婚約破棄されて救われた?
公爵夫人として生き地獄を味わう人生が待っていた?
もしかしなくてもこれ、なんの罰ゲームかって位に悲惨な結末だと思う。
結婚までの間「教育」と言う名の虐めが待っている事が確定している、
ボルフォード領に連れて行かれたら結婚式を挙げるまで楽しい毎日(笑)が、
待っていたのでしょうよ。
公爵夫人としての教育は我々ボルフォードの優秀な人間がやる。
けれどファルスティン領になんて危険な場所に人をやる訳にはいかない。
教育は此方に令嬢が来たら仕込むから問題ない。
エルゼリア嬢は優秀なのでそれまでは立ち振る舞いよりも、
必要な知識を覚えていれば良い。
ボルフォード家に近づかなかった私には、
たっぷりと肖像画付きの血縁関係者の書類と、
その人物が何をしている人なのかを書き記した書籍が送られて来たのだ。
自習をしておけと言わんばかりに。
一応?機密書類には該当するのかもしれない書類すら護衛もなしに、
商人に頼んで送らせる位にはずさんな事をしているのだから。
ボルフォード家の危機管理能力は相当ヤバいかも知れないと思ったものだ。
逆に言えば辺境の人物にそれがバレたとしても「意味のない資料」と、
見られていたのかもしれない。
けれど言い換えれば公爵家の関連人物の相関図なんて要人暗殺の資料だよ。
それをただの商人に輸送させるってちょっとね。
ちゃんと魔法のかかった正式な手順を踏まないと自壊する自爆機能付きの、
箱に入れられて送られて来たけれど…。
(もちろん「箱」はゼファード叔父様に資料として回収されました)
人物の多さと付き合う人の仕事柄を見た時に多岐に渡り調整と忖度が、
ある事だけはその資料を見て理解出来た。出来てしまったからたまらない。
それなのにどれだけ補佐役を付けるのかすら教えて貰えない。
最悪一人でも回せるようにしなければいけなかった。
これからの人生で何十年にもわたり私を補佐し続けてくれる家具。
けれど言い変えれば、もう一人の傍付きのメイドと言っても良い。
ボルフォードで窮屈なドレスを着せられて動けなくされても作業は出来る。
妥協が許されない物でもあった。
王国の正式な貴族として伯爵令嬢エルゼリアは公爵家へ嫁がなくてはいけない。
婚約してしまったのだから格上のボルフォード公爵家が破棄しない限り、
エルゼリアはこの結婚から逃げられなかった。
アネスお父様にとっては痛恨のミスであり、家の立場が悪くなろうとも、
此方から婚約破棄をする事も許してくれた。
けれど私が最後まで婚約破棄をしなかったから、
せめて嫁いだ先で困らない様に最大限の環境を、
ボルフォード領に用意しようとしていてくれたのかもしれない。
幸せにならないと分かっている結婚だったけれど、
ファルスティンの役に立てるのならと私も考えていたし。
乙女ゲームの悪役令嬢として正しい振る舞いをちゃんとしていた。
何より王国の一貴族として言うのであれば、
この歪み切った学園と王国内の「歪んだ正しさ」を守らなければ、
この王国は立ち行かなくなる事が目に見えて解っていた事だった。
私はこの歪みの中で忖度と、調整をし続けた。
それがボルフォード家の求める「王国の正しい公爵夫人」の姿だったから。
国を動かすのは理想じゃない。
現実の中で一番楽で効率の良い「領地運営」をする事。
それが私のやらなければいけない未来。
そこに「正義」なんていらないのだ。
ヒロインのソフィアさんの向ける「正義」は眩しいほどには正しい。
けれどその正しさはこの国にとっては「毒」そのもので。
その毒を国が容認してしまったらこの王国は確実に潰されるのだ。
「素敵な未来を創るのよ!」
ソフィアさんの決め台詞。
乙女ゲーム中で何度となく言われる彼女の象徴ともいえる言葉だったから、
けれどそのセリフの前には、「汚れ切った過去を捨てて」って言葉が付き纏う。
決して彼女はそう言う事は言わなかったけれど、
彼女が否定して新しく求めたのは、古い伝統と厳しく決められた規律だったから。
理想だけを追い求めて現実を見ない言葉だった。
綺麗な学園生活の「乙女ゲーム」の中だけだったら素敵な未来だろうと思う。
悪役令嬢の不正をあらわにした「正義」は、
あの混沌とした設定の学園の中だから許されるのだ。
それでも現実を妥協せず正義を貫いた先には血の雨が待っている。
そう考えればあの断罪は学生たちの最後のガス抜きだったのかもしれない。
現実を知り、家を守る事を考えなければいけなくなった時、
その正義は確実に毒となるのだから。
カーディルは…ボルフォード家は公爵家だ。
その公爵家の下には持ちつ持たれつの汚い利害関係が腐るほどある。
主産業としている「流行る貴族のドレス」は、その利害関係から逃げられない。
ボルフォード公爵家に必要なのは「正義」だったのか…
その答えは自ずと明かされていくのでしょう。
私の効率的な生活の為に用意されていた物は数知れず、
その場に用意されていたのは、家具だけじゃなかった。
書類を挟んで置けるバインダーから、ペーパーカッターやクリップなど、
現代の事務作業で使われる小物が用意され、
穴あけ用のパンチャーまで作られていたのだから。
筆記用具にしたって、試作品なのか滑りの良いガラスの万年筆や
良く解らない素材で出来た色鉛筆の様な物まで…
多種多様に作られていた。
この世界ではまだ使われていない事務用品。
あったら便利で困らない。けれどその利便性を理解できる人はまだいない。
そんなラインアップでもある。
「領都のお屋敷にお嬢様が嫁がなくなった場合に備えて、
ゼファード様が準備する様に指示を出していたようです。
私達にはいまいち使い方が解りませんが…
エルゼリア様なら使いこなせるだろうとの事でした」
「そう、ね。
使い方は解るわ…
きっと重宝するでしょうから、全て運んで置いてちょうだい」
「仰せのままに畏まりました」
本当にゼファード叔父様の手際の良さと準備には頭が下がる。
私はそうして製作された小物の数々を懐かしみながら見ていたのだった。
そうしている内に隣の部屋でお着換えをさせ続けられていたギネヴィアの声が、
どんどん小さくなってきている。
騒いでいるのも疲れるからね。
一通り抵抗したらあの無数に伸びてくる手にきっと良いように、
扱われ始めるとは思っていた。




