始まれば後は見守るだけ。
指令室として機能し続けるこの部屋で一定のリズムで刻まり続ける、
時計のカチカチと言う音。
その音と報告を静かに告げていく伝令の人々。
その報告を頼りにテーブルの上に広げられた地図の上で、
小さな駒たちは縦横無尽に動き回っていた。
窓の外からは砲撃音が鳴り響き…
同時に高周波の様な甲高い音が良く響き聞こえてくる。
けれどそれだけ。
それだけしか私には解らなかった。
駒が動かされる度にアルフィンの周囲にいる参謀の、
ポシジョンにいると思われる部下達は一喜一憂…ではないわね。
不快感と苛立ちを覚えているみたいだった。
その苛立ちも不快感も戦況が、
自分達の想定の範囲内でしか推移していない事への落胆なのかもしれない。
勿論自分達の予測した通りの動きをしてくれるに越した事はないし、
町に被害が出ない事も喜ばしい。
ただ…
アルフィンの考えで言うのであればこちらが持っている物を、
相手が持っていないなんて思わない。
だから同じかそれ以上の力を行使してくるに違いないと言う、
いわゆる相手の「技術」を見る事が出来ると言う不謹慎ではあるけれど、
知的好奇心を満たす様な隠し玉を期待していたのかもしれない。
あれだけ尊大で高圧的な使者を送って来たのだ。
こちらの戦力や町の状態を確認しようとしないで、
一方的に町に向かって砲撃するれば降伏しなくてはいけないレベルでの、
損害を与えられると言う「確信」があったという事なのでしょう。
普通の小さな漁村ならその考えも解らなくはない。
けれど碌に調べつ桟橋の根元で会合を開いただけですべてが解りきったつもりで、
戦列を組んで入稿してきた時点で相応の「覚悟」は持っていてもらいたい。
私としても、万が一を考えて魔石を駆使して大規模な「結界」を維持しているのだ。
その私の発動させている結界に船舶からの大砲の弾の一発でも届くかと、
身構えていた部分もある。
けれど全てグラファイスの部隊が防ぎきってしまっているみたいなのだ。
変な良い方だけれど「弱すぎる」のだ。
外洋を渡る巨大船舶を見せびらかして示威行動を取った割には、
脆すぎると言うのがこの場を指揮するアルフィンの素直な感想で、
私もその考えに同意せざるを得なかった。
相手の戦力が丸裸になりつつある現在でもまだ油断はできないし、
するべきはない。
それでも、遠目から覗き込むテーブルの上で動かされる「敵」を占めず駒の動きを、
眼で追えば追うほど艦隊のの動きは散漫で軍としての練度が喉程度なのかを、
脅威評価の結果を変えなくてはいけないのかもしれない。
アルフィンは未だ敵の強さに裏があるのではないかと悩み続けているみたいだった。
私も、別の所で腕に力が入る。
「ふぅ…」
「大丈夫?」
「ええ。問題ないわよ」
ギネヴィアとしても私が魔力を結界に送り続けている事で、
疲れていないか心配をかけているみたいだけど、
攻撃を受けない以上私から放出される魔力は一定で、
結界はその特性上ダメージを負わなければ一定の魔力の供給量で済んでしまう。
それは普通に歩くだ程度の疲労感で済むのだ。
そして結界を楽に張れるようになる為に作られた、
重たい魔石が無数にも取り付けられたドレスは、
いかんなく魔力を結界に向けて放出する端から蹴った分を、
私の体へと補填していくのだ。
取り付けられた大量の魔石から供給される魔力によってその疲労感も、
そうとう減らされるのだから今のままなら何日だって、
結界は解除しなくても済みそうだった。
結界に負担がかかっていない事。
その事に気付いたギネヴィアは私の態度を伺う様に確認てくるのだ。
「グラファイスのお陰ね」
「そうかもね。きっと初の実戦だから張り切っているのね」
「それだけかしら?」
「さぁ…どうでしょうね」
ギネヴィアの問いかけにリチェルチェとリラーナもニヨニヨとした、
何とも言えない表情を私の方に向けてくる。
勿論ギネヴィアの表情もそうだ。
扇子で顔を隠しているけれどそれでも隠しきれない、
何かを言わせたい気持ちは伝わってくる。
他者の色恋沙汰に面白おかしく顔を突っ込むのは辞めてほしい。
好いてくれるのならそれに越したことはないが…
忠誠を誓われている側としては単純に好意で返すより、
誇られる事で尽くすに値する事を態度で示す事で報いたいと、
私は無意識に思っているのかもしれない。
ブラティーローゼの血のなせる技があろうと現在において無敵のパワードスーツに、
身を包んでいようと前線で戦う以上絶対はない。
だから今は戦って勝つ事だけを私は考えなくてはいけないのだ。
戦いを始めるにしろ終わらせるにしろそれを判断する権限を、
私は現在与えられているのだから。
その戦闘の結果は正しく私に対して決断の代償を責任と言う形で、
支払わなくていけない。
極論を言えば私が、
「もう辞めましょうみんなであの艦隊に命をさしだしましょう」
と言えばそうさせる事が出来ると言う事実。
もちろんそうするつもりは無いしそんなつもりがあったら戦いなんて始めていない。
それでもテーブルの駒の動きの先に本物の
「命のやり取り」をしているという現実が、
自身の後ろにいつも控えていて当然の知っている人が戦っていると言う、
事実に押し潰されそうになって来ていた。
大丈夫グラファイスは叔父様特性の高性能パワードスーツを身に纏っているのだ。
損害として出るのなら死ぬのなら、きっと別の誰かからだと思いたいのだ。
私が考えられるこの戦いを回避する事出来る方法は事はすべてやった。
準備も短い時間ながら最大限出来る事をした。
その結果が此方は無傷と言って良い状態で戦局を推移させる事も出来たのだ。
だからこそ頭をよぎってしまっている私自身がいる事にも気付いてしまっていた。
ここで終わりにしての良いのではないかと。
その考えは否定するべき事でただの希望的観測にすぎない事も解っている。
けれども今現在感じている重圧から逃げられるのであれば、
その選択肢もありなのではないのだろうかと…
ここまで戦っておいてそれ以上をしないで起きたいという甘い言葉が、
喉から出そうになるタイミングを感じているのだった。
今ここで扇子持ち上げて、違った未来を甘い理想を口にしたくなるのだ。
無傷で見逃せばそのまま湾内から退避して母国に逃げ帰ってくれるのではと。
この時を過ぎれば私は剣を振り下ろした側になってしまうという事でもあって、
それは私の代りに「死んでください」と言えるのかって事なのだ。
私自身が準備を指揮してもここまで防衛線を構築する事は出来ない事は解っている。
アルフィンだからこそ膠着させた戦闘状態を作り出せたことも、
当然理解しなくてはいけない。
既に選択して選んだと思っていた。
選んで大切な物以外を切り捨てられると思っていた。
けれど、声が出かかる。
圧倒的戦力差に慈悲と温情をかけるべきなのかとこの命のやり取りの場において、
場違いな考えと解りながらもそうするべきなのかと勝手な倫理観が心を騒めかせる。
それを気にしてかアルフィンはしばしの間沈黙の時間を作ってくれた。
それは私が戦闘を終らせましょうと声をかけるのを待つ、
時間にして一分にも満たない数十秒の決断の時間。
けれど確実にあったその計画な空白の時間。
アルフィン私からの返答を確かに待ったのだ。
返答判断を遅らせ私に確認してきていたのだった。
それは彼の優しさなのか。
それとも別の方法を思いついてそっちにシフトしようとしたのか。
この戦闘を後の争いごとの火種となる事を考えて、
事を大きくしたくないと考えているのか。
―まだ、引き返せますよ―
戦争における防御を辞めて反撃に転じても良いのか?
そう言った事を私に考えさえてくれる時間さえ「用意」出来てしまえるほどの、
圧倒的な戦力差があると言う証明だったのだ。
今私はこの都市における全権を掌握する立場であり…
これから行う反撃は私が「する」と判断したから行われる。
それで良いのかとアルフィンは聞いてきているみたいでもあったのだ。
けれどここで反撃せずに見逃すという事は後々に、
私達に不利に働く事はあれど有利に事を運ぶことができないと。
上に立つ立場となる事によって気弱な態度を見せる訳にはいかなかった。
私にその判断をさせる勇気がないのだと周囲に示してしまう事にもなる。
そう見られる訳にはいかない。
そう見られるのなら、今私がここにいる意味がない。




