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其のキズ  作者: 尾骶骨
2/2

2話 冷めたコーヒーのように

最近、よく話しかけられる。


それも、同じ人に。


「おはよう」

「レポート、もう終わった?」

「今日の講義、眠かったな」


そんな他愛のない会話。

最初は偶然かと思っていたけど、気づけば頻繁に言葉を交わしていた。


蒼大くん――オリエンテーションで同じ班だった男の子。


入学してすぐのグループワークで、たまたま同じ班になった。

寡黙な人かと思ったけど、話してみると意外と優しくて、気遣いもできる。


最初は、ただの班のメンバーのひとり。

でも、何度か話すうちに、少しずつ彼のことを知っていった。


高校時代の話をあまりしないこと。

たまに遠くを見るような目をすること。


そして――彼の顔に残る、大きな傷のこと。


***




「あかり、ちょっといい?」


昼休み、学食で友達とランチをしていると、突然話しかけられた。


「え?」


顔を上げると、そこには蒼大くんがいた。


驚いた。まさか、彼が私に話しかけてくるなんて。

それも、こんな大勢の前で。


「俺と付き合ってください!」


周りの空気が止まる。

まっすぐな視線。少し強張った表情。


一瞬、頭が真っ白になった。


「……え?」


まさか、そんな風に思われていたなんて。


彼のことを嫌いなわけじゃない。むしろ、話していて居心地がいいと思っていた。

でも、それとこれとは違う。


「……ごめんなさい」


即答してしまった。


蒼大くんの表情が固まる。


何か言わなきゃと思うのに、出てきた言葉は、


「ちょっと、受け付けないっていうか……なんというか……」


彼は俯いて、その場を立ち去った。

その背中を見ながら、私は言いようのない後味の悪さを感じていた。


***


目の前に、女の人が立っていた。


白いワンピース。優しく微笑む唇。


「……蒼大」


名前を呼ばれた気がして、手を伸ばす。


――届かない。


「……っ」


息を飲んだ瞬間、視界が暗転した。



「……」


目を覚ますと、天井が見えた。


夢……か。


布団の中で、ゆっくりと息を吐く。


あれから――一週間。


胸の奥が、まだ少し痛む。


……笑える。


たかがフラれただけなのに。


そう思っていた矢先、携帯のアラームが鳴った。


時間か……。


気持ちを切り替えるように、布団から体を起こす。


今日も、大学に行かないと。

***


「そういえば、あかりさ」


講義が終わったあと、友達の奈々がふと思い出したように言った。


「この前の蒼大くんの告白、なんで断ったの?」


「え? いや……タイプじゃないし……」


「いや、それだけじゃなくない?」


奈々はじっと私を見てくる。


図星だった。


「……なんか、怖くない?」


「え?」


「傷……すごかったよね」


「……」


私は答えられなかった。


「事故でできたんだよね? でも、あれだけ大きな傷って、相当ひどい事故だったんじゃない?」


「うん……たしか、お父さんを亡くしてるって……」


「……そうなんだ」


奈々が少し口ごもる。


「なんかさ、そういうのって、話を聞いちゃいけない気がしない?」


「……うん」


「それに……大きな事故に遭った人って、普通に接していいのかもわからなくて……」


「わかる……」


私は、あの傷のことを聞いたことがなかった。


それがいつ、どこで、どうやってできたのか――。


知るのが怖かったのかもしれない。


「なんか、蒼大くんってちょっと近寄りがたい雰囲気あるよね」


「そう……かも」


そう言いながら、私はコーヒーを一口飲んだ。


少し冷めた苦味が、やけに喉を刺した。


***


学食の出口付近で立ち止まる。


俺の傷が……怖い?


心臓を掴まれるような感覚だった。


ああ、そうか。


結局、そういうことなんだな。


やっぱり、変わらない。


高校でも、大学でも。


息苦しくなって、その場を離れようとしたとき――


「お、こんなとこで何してんの?」


後ろから軽く肩を叩かれた。


振り向くと、カズだった。


「お前、めっちゃ落ち込んでる顔してんな」


「……別に」


「はいはい、強がり乙」


カズは俺の腕を引っ張ると、にやりと笑った。


「ドライブ行こうぜ」


「は?」


「お前、なんかウジウジしてるし、気分転換しようや」


「いや、今そんな気分じゃ――」


「バーカ、だからこそ行くんだろ」


「俺も行くわー」


いつの間にか健斗と大智も合流していた。


「お前ら……」


「どうせ暇なんだから、付き合えって」


「……はぁ」


俺はため息をつきながら、結局カズの車に乗ることになった。


車内に流れる音楽、窓の外を流れる景色。

気晴らしには、なるのかもしれない。


でも――俺の中に沈殿したモヤモヤは、簡単には消えそうになかった。


運転席でハンドルを握るカズを、ぼんやりと見た。


カズは、何もかも持っているやつだ。


運動神経がよく、頭もいい。

人付き合いも上手くて、どこに行ってもすぐに馴染む。

おまけに親が金持ちで、車まで持っている。


世の中、生まれながらにして平等なんて嘘だ。


同じ大学にいるのに、俺とカズは何もかもが違う。


「なーにジロジロ見てんだよ?」


バックミラー越しに、カズが目を細める。


「……別に」


俺が目を逸らすと、カズはククッと笑った。


「ま、気にすんな。今日は遊ぶぞ」


そう言って、アクセルを踏む。


俺の人生に必要なのは、気楽さなのかもしれない。


……だけど、簡単に割り切れるほど、俺の気持ちは器用じゃなかった。

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