契約書
家に帰るとすぐに部屋に行きパズレンを始める。
少し経った後、ノックもなしに部屋の扉がバンッと開いた。
それから繰り広げられるのは親が勉強をやっているかの確認ではなく、
「僚太くん、一緒に勉強しよ」
という凛花からの言葉だった。
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「嫌だ」
一言断り追い出そうとする。 すると一枚の紙を差し出された。
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契約書
これよりテスト期間中は僚太と共に勉強すること。
なお、僚太が全教科80点以上とれなかった場合野宿すること。
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承諾 立花 凛花
見届け人 田中 美奈子
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何てもの作ってんだ!
印鑑まで押してるし。切り取り線まである。提出するわけでもないだろうに
内心そう思いつつため息を吐く。
毎回欠点ギリギリのやつにこのお題は通常高すぎるものだ。
しかし、僚太にとって80点以上は勉強すれば普通に取れるということを美奈子は知っていたのだ。
なぜなら高校入試の結果が全教科45点以上。
さらには50点満点の教科もあったのだ。
単純計算で全教科90点以上で100点満点であったということになる。
それだけの実力がありながら勉強をしないために前回も欠点ギリギリだったのだ。
通常の親ならそれを何とかするために背水の陣を構えたと思えるのだが、うちは欠点さえとらなければ問題ないというのが今までの方針だったはずだ。
何か他の意図が混ざっているのかもしれないが、お母さんは絶対に約束を守る人だ。
僕が全教科80点以上とれなかったら本気で野宿させる可能性がある。
まあ、それはさすがにないにしても格安のホテルとかに泊らせる(お金は凛花負担)まではやる可能性がある。
それを無視して生活し続けられるほど僕は落ちぶれてはいない。
もう一度大きなため息をした後、
「勉強道具は?」
「僚太くんの使う」
凛花は僕が受け入れるのを完全に読んでいたかのごとく普通に話を進めた。
そう言いながらトコトコと部屋に入ってきて鞄の中に手を突っ込みテスト時に回収されるワーク(宿題)を確認し始めた。
もちろんのことだが、一切やっていない。
「これは・・・・・・ひどいね」
「ストレート過ぎだろ!」
「じゃあ、早速始めよっか。早く私に追い付こう~!」
「どれくらい終わってるんだ?」
「え?全部だけど?」
・・・・・・そりゃあ、他の人を教える余裕がある訳か。
こういうところは本当に優等生だよな。最近壊れていたイメージが若干修復された。
◆
「あ、そこAじゃなくてBだよ。何でだと思う?」
凛花の教え方はワークを解かせ間違った答えの本当の正解を先に言いその理由を答えさせるというもの。
ワークを後で見直して丸を付ける必要がなくなるため効率的だと言える。
「三人称単数の後にsを付けてないからか?」
「正解。さ、次解いていこ」
こんな調子で夕食の時間までみっちり勉強させられた。
◆
夕食を食べ終え僚太がお風呂に入っていたとき。
「調子はどう?」
美奈子が凛花に問う。
「全然大丈夫そうです。りょうちゃん地頭は良いですよね」
「そうじゃなくて・・・・・・」
「そっちはどうでしょうね。今のところ手応えなしです」
「そう・・・・・・」
気まずさを払い除けるように美奈子が話を変える。
「でも、入試の時国語が満点だったときはあの力のおかげ?せいなのかって考えちゃったけどね」
「色々な感情に触れたという意味ではそうなのかもしれないですね」
「そうなんだけど・・・やっぱり素直には喜べなくてね」
「本人の中で解決しているならそれで良いんですよ」
そういう彼女の瞳はどこか遠い所を見ているようだった。