通話
僚太と凛花が旅行やら引っ越しやらやっている頃、貴史と沙羅は電話をしていた。
1回1時間以上の長電話である。
そんな長電話を今の2人の関係で出来るわけはなく、宿題を終わらせるという名目があるからこその長電話である。
「昨日はファーストカットの練習をしたんですよ」
沙羅の言うファーストカットはサーブの一種である。
ソフトテニスではサーブを2度打てる。
つまり、1度はミスをしても失点にならないのである。
そのため1度目のサーブは確実に入るものではなく、攻めたサーブを打つことが出来る。
パッと思い付くのは上からの速いサーブだろうが、ものすごく回転がかかっているサーブを打つ人もいる。
それこそ地区の大会で勝ち進んで県大会に進めるような実力者でもこのサーブを苦手とする人はいるくらい習得すれば武器になる技だ。
「室内でやる予定があるんですか?」
貴史としてはファーストカットは室内のテニスの大会でよく見たものだった。
というのも、室内の方が外のコートよりも回転が効きやすく、上手く打てばほとんどボールが跳ねない。
だからこそ、ファーストカットと言われると、室内でのテニスを思い浮かべるのだ。
「あ、ごめんなさい。言ってなかったんですけど、お誘いした大会が室内なんです」
「気にしないでください。僕も中学の頃1時期練習していましたから入ると思います」
「そうなんですか?今度教えてください」
沙羅は全く入らなかったという話をしようとしていたのだが、身近に出来る人がいたためすぐに食いついてしまった。
「良いですよ。明日の部活、隣のコートですよね?部活の後やりますか?」
「ありがとうございます。弁当用意します。貴史さんの分も用意するので貴史さんは持ってこなくて良いですよ」
「そこまでは良いですよ。僕も久しぶりで教えられるか不安ですし」
沙羅が弁当を用意する理由を教えるお礼だと考え遠慮する貴史。
しかし、沙羅は本能的にこの機会を逃すまいとしていた。
弁当を貴史の分まで持っていくと言ったときまでは教えてもらえるお礼として考えていた。
しかし、ふと胃袋を掴むというどこかで聞いた言葉が脳裏によぎったのだ。
これを機会に距離が縮まるのではないか、そんなことを思いながら何とか貴史を説得する。
「それでは、明日は弁当持ってこなくて良いですからね」
電話の最後に釘を刺し、通話を終えた。
そうして沙羅はすぐに弁当を作る材料の買い出しのために家を出るのだった。
宿題をするという名目であったにも関わらず、電話中2人の手はほとんど動いていなかった。