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クロノスフィンクス  作者: まる
序章
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序章-8話 覚醒

 夕方の空が徐々に紫色に染まり、冷たい風が頬に刺さるたびに冬の厳しさを実感する。私はノヴァと一緒に、数百年に一度の「木星と土星の大接近」を観に行くため、静かな丘へとやって来た。私は新しく購入した天体望遠鏡を携えて、ノヴァと特別な思い出を作ることができる喜びが胸を満たしていた。


 夕焼けが空を紫から橙色に変え、やがてその色彩が深い紺に溶け込んでいく頃に私たちは到着し、冷たい風が一層強さを増していた。私たちは冬の厳しさを感じながら、急ぐようにテントの準備を進めた。しかし、慣れない手つきでテントを広げる私は、思った以上に苦戦していた。


「シオン、大丈夫?いっしょにやるよ?」


 私の様子にノヴァが微笑みながら提案してくれた。お願いし、手伝ってくれることになったものの、寒さで指がかじかんでなかなかうまく進まない。お互いに息を吹きかけて温めながら、何とかテントを組み立て終えた。やがて太陽が完全に沈み、夜の帳が静かに広がり始めると、空には無数の星々が現れ私たちを包み込んだ。


「ふぅ、なんとか完成だね。」


 ノヴァの笑顔は、まるで寒空の中でも凍りつかない一筋の光のようだった。寒さは少しずつ和らいでいき、私たちの周りには静かで穏やかな時間が流れ始めた。


 テントを張り終えた私たちは、小さなコンロを取り出し、持参した食材で夕食を作り始めた。ノヴァが手際よく野菜を切り、私が肉を焼いていると、まるでキャンプのような空気感が漂っていた。二人で一緒に食事を作る時間は、普段とは違う特別な雰囲気を醸し出し、夜空に浮かぶ星々の輝きがその時間をさらに特別なものにしていた。


「ねぇシオン、すごく美味しい!外で食べると、なんでこんなに美味しく感じるんだろう。」


 ノヴァが嬉しそうに笑いながらご飯を頬張る姿に、私は自然と微笑み返した。この何気ない瞬間が、これから訪れる壮大な天文現象をより一層輝かせるだろうと期待していた。


 しかし、その穏やかな時間は突然、予想外の展開で破られることとなる。


「ん?」


 ノヴァの声にふと気づき、視線を落とすと、テントの隅から闇の中で光るその瞳が私たちをじっと見つめていた。心臓が跳ね上がるような驚きが私を襲い、思わず声を上げそうになる。――クロだ。


「クロ、君、いつの間に隠れていたんだ?」


 クロはまるで最初から一緒に来るつもりだったかのように、リラックスした様子で尻尾を振っていた。彼の目線は私たちの背後に向いている…どうやら私たちの食事に興味を示していた。


 私たちが出発する際、気づかぬうちにクロも一緒に来ていたらしい。少し驚いたものの、クロがここにいることが、私たちの時間をより楽しいものに感じさせた。


 ノヴァも驚いてクロを見つめていたが、すぐに笑顔が広がった。


「もう、クロったら…!まいごになっちゃだめだよ?」とノヴァはクロを抱き上げ、優しく撫でた。


 その言葉を理解しているのかいないのか。クロは小さく鳴くと、鼻をひくつかせた。


「まったく…」


 私はまだ残る材料をかき分け、猫でも食べられるものがあったかと、思案する。はからずして、クロがいることで一層和やかな空気が広がり、二人と一匹の旅はさらに楽しいものになるはずだった。




しばらくしてテントの周りに食器を片付け、いよいよ「木星と土星の大接近」の観測に移った。私は慎重に天体望遠鏡をセットし、ノヴァに木星と土星が見える位置を教えた。寒さの中でも、彼女の興奮した表情が心を温かくしてくれる。


「すごい…!こんなに近く見えるなんて、まるで本当に目の前にあるみたいだよ!」


 ノヴァの声が夜の静寂に溶け込み、その喜びに満ちた瞳は星の輝きと同じくらい美しかった。その瞬間、私はこの時間が永遠に続いてほしいと心から願った。彼女の喜ぶ顔を見るために、この夜を計画して本当に良かったと感じた。


 だが、その静かな幸せは、突然の出来事によって打ち砕かれる。


————————————-


クロが突然、夜空を見上げて何かを感じ取ったかのように、驚くほどの勢いで飛び出した。私もノヴァも予想外の出来事に驚き、すぐに後を追いかけたが、クロはあっという間に夜の闇に消えてしまった。


「クロ!どこなの!?」


 ノヴァは必死にクロの名前を呼びながら、暗闇に消えた彼を追いかけた。私も必死で彼女の後を追いかけるが、足元は滑りやすい岩場が続いており、危険が迫っていた。クロの姿はすでに見えなくなり、ノヴァの声が夜の静寂に飲み込まれていく。


「クロ!おねがい、もどってきて…!」


 その声は切実で、まるで星空が彼女の祈りを聞き入れてくれるかのように響き渡る。しかし、クロはその声に応えることなく、さらに闇の奥へと消えていった。焦りと不安が私の胸を締め付け、寒さが体を通り抜けるように感じた。


「クロ!いた!」


ノヴァが、ついに遠くにクロの影を見つけ、夢中で追いかけた。しかしそこは崖の縁で、足元の悪い岩場でバランスを崩した彼女は、足を滑らせて崖下に転げ落ちそうになった。


「ノヴァ!!!」


 私は咄嗟に彼女の手を掴もうとしたが、力が足りず、彼女を抱えたままそのまま崖下へと転がり落ちてしまった。


 全身を強打し、冷たい岩肌が私の体に鋭い痛みを走らせた。未来で…霊導のある世界であれば肉体も強くまだ軽傷だったろうにと、ふと考える。視界がぼやけ、意識が遠のく中で、私はかすかにノヴァの声を聞いた。彼女の聞いたこともない叫び声が、静かな森の中に響き渡る。


「シオン…やだ…やだ…何で…!!!」


 その声は私の心を切り裂くような絶望に満ちていた。彼女の声に応えたい、助けなければならない――そう思うのに、体が言うことを聞かない。全身の力が抜けていき、視界が暗闇に包まれていく。


————————————-


 その瞬間、ノヴァの身体が白く光り輝いた。


 ノヴァの背中の服が音を立てて裂け、漆黒の巨大な翼が現れる。その瞬間、彼女の手には鋭利な黒い鉤爪が形を成し、まるで暗闇が形を得たかのように冷たい風が吹き荒れる。彼女の背中から広がる翼に反応するように、周囲の空気は凍りつき、木々の葉が震え始める。まるで大地そのものが彼女の圧倒的な力に応えたかのようだった。


 空は彼女の力に引き寄せられるように、強風が巻き起こり、夜の静寂が一瞬で崩壊した。大地が微かに震え、夜空に亀裂が走るかのような音が響き渡り、彼女の体が放つ光が闇を切り裂いていく。その光は、闇夜の中で輝く一筋の希望のようであり、また見たものを導いていくような恐ろし何かに思えた。


「(どういうことだ…!?)」


 大きな翼が一度風を切るたび、木々が軋み、嵐のような風が空気を渦巻かせる。彼女の力は荒々しく、まるで大地そのものを引き裂かんばかりの勢いだ。その存在感は、もはや単なる人間を超え、自然そのものに干渉し、支配しているかのようだった。


 上弦の月明かりに照らされたノヴァの姿はあまりにも神秘的で、普段の彼女からあまりにもかけ離れたその美しさに、息を呑んだ。


「(覚醒している……!?)」


 しかしその圧倒的な力は、彼女自身の体に過剰な負荷をかけたのか、彼女もまた限界に達しつつあるように見えた。彼女の身体が激しく震え、徐々に翼はミシミシと音をたて始めた。目からは血が溢れ、その白い肌には血管が浮き上がり、まるで内側から引き裂かれるようだった。どう見ても体が限界に近づいていた。


 目の前で崩れ落ちていく彼女を見ながら、倒れ込んでいる私の全身は麻痺したように動かない。助けたい、守りたい、そんな思いが頭の中で何度も響くのに、まるで身体は鎖で縛られているかのように一歩も動けない。己の無力さが胸を締め付け、冷たい汗が背筋を伝う。そのたびに、彼女を守れなかったという重い罪悪感が、心をさらに押しつぶしていく。


 するとクロは私を一瞬見やると、そっと彼女の元に歩み寄り、痛々しいその彼女を慰めるかのように静かに額に口づけをした。


「にゃあ」


 クロが鳴いた瞬間、まるで周囲の時間が一瞬止まったかのようだった。空気が張り詰め緊張が走る。


「……!?」


 するとクロがノヴァに口づけをした瞬間、すべての音が消え去り、世界は静寂に包まれた。風の音さえも止まり、時が一瞬だけ止まったように感じた。


 その静寂の中でクロの瞳がゆっくりと輝き始め、まるで時が来たことを告げるかのように、クロのその金色の瞳に黒い時計のような模様が浮かび上がった。


 直後、空気が再び動き出すと同時に、彼の背中からその体躯に似合わぬ大きな黒い翼が広がった。…これは見たことがある。クロは……霊獣(れいじゅう)の域に至ったのだ。


「(なぜこの時代にクロが覚醒したんだ!?)」


 変化したクロの霊導(れいどう)は今まで感じたことのない異様な感覚で、私は何か巨大で圧倒的な力がこの場を支配しつつあるのを感じた。私が何者でもない存在に思えるほどの力だった。


 すると、クロが変化すると同時にノヴァの目にも時計の針の模様が浮かび、彼女の霊導力がさらに暴走し始める。


「う゛…゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 彼女の呼吸が荒くなり、目に手を当て苦しんだ様子になると、時空が歪み、私たちの側に裂け目が現れた。


 私はその力に巻き込まれ、引きずり込まれていく。


「ノヴァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…!」


 引きずり込まれる瞬間、私は必死にノヴァの姿を見つめ続けた。叫ぶ彼女の体は傷だらけで、力尽きて崩れ落ちていく。そんな彼女をクロが黒い翼で優しく包み込んでいるのが見えた。しかし私は、彼女を残して時空の裂け目に飲み込まれていくことしかできなかった。


 叫びたいのに、喉が締め付けられて声が出ない。それが、まるで彼女を守れなかった私への罰のように思えた。ノヴァを置き去りにするという思いが、胸の中で鋭く突き刺さる。


「(何故。何でだ…!)」


 全身が引き裂かれるような感覚に襲われ、視界がぼんやりと揺れ始める。私は、こんな状況でノヴァを残していくことへの絶望感で心が締め付けられた。ノヴァの姿が遠ざかっていくたびに、私の心は引き裂かれた。守れなかった――彼女を助けることができなかったという事実が、胸に鋭く突き刺さる。罪悪感と無力さが胸を締め付け、ゆるやかに意識が遠のいていった。


「(……ノヴァ……)」


 世界が暗闇に包まれていった。

明日9話を投稿します。

今週中に序章を終わらせたいです。

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