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クロノスフィンクス  作者: まる
序章
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序章-2話 食事

2人で会話するとき未来後は『』で、過去・現代語は「」とします。

 昨晩の出来事が、まだ頭の中でぐるぐると渦を巻いていた。夜明け前の薄明かりの中、慣れぬ肌触りの寝具に包まれつつ、朝日に瞼を上げる。幼い少女――ノヴァ――と一緒に暮らすことになったが、生活をどう進めていくべきか。正直見当もつかない。未来から過去に来た自分と、この過去に生きる彼女とは、言葉も価値観もまるで違う。だが、これが今の自分にとって生き延びるための最善策だと信じる以外になかった。


 今朝、ノヴァに朝食を作ることにした。使用人のいた生活と違い、慣れない過去の道具で、自分の手で何とかしなければならない。食材は冷凍保存されたものが多いが、私にとっては勝手が違いすぎる。冷凍庫から取り出した食材を見つめ、少しの間考える。使用人はどうしていたのだろうか。彼らすら私のいた時代では「手動」で料理していたのだろうかと、独り言つ。ここでは違う。料理に置いての刃の扱いすら知らぬのだ。


 ふと食器棚の棚を開けると物理の料理本を見つけた。手に取りめくると、写真での解説がある。このように切り分ければ良いのかと、各工程に分けられた結果の写真から推測する。古い二面の映像を見た記憶が蘇ってきた。


 記憶と今得た知識が紐づいてきた。先ほどまで使い方すら分からなかった包丁を握り、食材を切る。切る。切る。…とは言えども、当然同じように再現できるわけもなく、不格好な仕上がりだった。過去に来たことで、日常の型から外れた初めての経験をすることになろうとは。元より今まで必要もなかったのだが、ここではそんな甘えは許されない。


(……まさか、こんな基本的なことに苦労するとはな)


 油をひき、フライパンに食材を並べると、少し焦げた匂いが立ち上る。慌てて火を弱めようとも、弱める方法を思い出すことで一瞬遅れる。フライパンを揺らすが、既に一部は焦げていた。…まあ食すことはできるだろうと、何とか作り終えたものを皿に盛り付ける。


 テーブルに並べられた料理は、見栄えこそ良くないが、栄養素の摂取に影響はあるまい。ノヴァが目を覚ます前に準備を整え、彼女を起こしに行く。


『ノヴァ、朝だ』


 子供部屋の窓沿いのベッドの中で丸くなっているノヴァは、しばらく動かなかったが、私が肩を軽く叩くと、ようやく瞼を開けた。寝ぼけた目でこちらを見つめる彼女は、少し戸惑っているようだった。


「……おはよう、シオン」


 挨拶程度であれば、時が経とうとも大きく変わらなかったようで、混乱もなく理解できた。本日一回目のコミュニケーションは無事成功したようだ。彼女が私を「シオン」と呼ぶたびに、少しだけ心の中で違和感がよぎる。本当の名は違うが、慣れない発音だったせいか上手く伝わらず、彼女には「シオン」と聞こえてしまっている。それでも、今はそれでいいと思う。彼女に合わせることが最も大事だ。


『おはよう、ノヴァ。朝ごはん、作ったから、一緒に、食べよう』


 そう言ったが、彼女はぽかんとした顔をしている。やはり長い文章になると難しいらしい。私の言葉が彼女にとっては奇妙な訛りにしか聞こえないのだろう。


「……ん?」


 私も彼女の反応に戸惑った。言葉が通じないことを忘れ、つい現代語で話してしまったようだ。焦りを隠しながら、今度はジェスチャーで「一緒にご飯を食べよう」と示してみる。手でリビングを指し、口元に手を運び、食べる真似をしてみる。するとノヴァはようやく理解したらしく、少し笑いながら頷いた。


「わかった、わかった、シオン。ごはんね!」


 彼女の言葉に、私は息をついた。なんとか通じたらしい。部屋を出て食卓に向かい、彼女が座るのを待つ。私も彼女の隣に座り、自分で作った焦げた朝食を眺める。少し不安が胸をよぎるが、今はこれが精一杯だ。


『食べてみてくれ』


 言葉が通じないまま、彼女に手で「食べて」と促す。ノヴァは一瞬、料理を見つめたあと、小さく頷いて箸を手に取り、一口食べた。


「……」


 何も発言しない。一瞬にして己の体温が下がったようだ。料理は決して完璧ではなかった。むしろ、自分で言うのもなんだが、かなり失敗している。それゆえその反応は当然だったかもしれない。


 こわばる体を無理やり動かすように食事を口に運ぶ。…うん。味付けが合わない。思わず眉間にしわを寄せる。すると視線を感じて顔を上げると、ノヴァが私の手元を見つめていた。箸を使えるとは思っていなかったのだろうか。


 途端にノヴァは素早く食事を口に運び、かき込んだ。うつむいており表情はうかがい知れない。だがノヴァは食べ続けている。気を使ってくれたのか、味に問題はなかったのか、こだわりはなかったゆえなのか。どんな理由であるにしろ、少しだけ救われた気持ちになった。


「ありがとう、シオン」


 食べ終えた彼女は笑みを浮かべていた。言葉の壁が横たわろうとも、伝わる気持ち。彼女が嬉しそうに笑う姿を見て、私は少しだけ胸が温かくなるのを感じた。

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