序章-1話 邂逅
初投稿初小説になります。
よろしくお願いします。
最初は未来からきた少年視点で話が進みます。
「ここは…何だ…?」
上を見上げれば、錆色の高層建築郡が連なり、和再構計画の無視された旧式の建築様式。視界を下げれば枯れた木々が生えそろい、夜寒の大地に広がる深雪は静寂をさらに深めていた。私は眼前に広がる風景に一瞬立ち尽くした。見渡す限り、今いる場所は私が先ほどまでいた光景とは全く異なる。建物や自然の雰囲気、すべてがどこか『古びた』印象を漂わせているが、それ以上に私の心を揺さぶったのは空気そのものにあった。地脈…霊脈の力を感じない。まるでその力が存在そのものを忘れ去られたかのように希薄であることに、私は息を飲んだ。しかしすぐに知ることとなった。この場所がどこか。自分は過去に飛ばされたのだ、と。
背後から新雪を踏み抜く小さな音が聞こえ耳を立て振り返ると、月も見えぬこの暗闇に、地上の満月が近付いてきた。彩色が飽和していた時代…。今は見慣れぬ黄色の傘である。大きさと背丈からして小さな人間であると推測する。その足元が私の側まで近づくと、ふと傘上の雪が払われると傘は降ろされて、その隠されていた姿がぼんやりと闇夜に浮かび上がった。
「アストラノヴァ……?」
その名は、無意識に私の口を突いて出た。私の頭の中を駆け巡ったのは、あの大災厄。黎明の花災により多くの人々が亡くなり、生き残った者からは色が失われた歴史の出来事だ。それにより先祖は新たに作り変えられ、あの出来事を境に濃い髪色…黒髪はこの世から消え去り、髪も肌も「色」という概念が生まれ変わった。色を失い生存者がみな等しく異能を得ることで、異能に応じた色を取り戻したからだ。以降私たち人類はその異能をこう呼んでいる‥。「霊導」と。
未来において濃い髪色を持つ者は特に少なく、黒髪を持つ者においては一人も存在しない。異能の種別で色を得ることになったとしてもだ。しかし、目の前には黒髪を持つ幼い少女が立っている。それは異端とも言える存在であり、決して目にすることのない失われた色だった。その一瞬、彼の胸の中に伝説が蘇った。彼が幼少の頃から何度も聞かされた、オルディステラが語る伝説の存在――アストラノヴァ。
否違う。ここが過去であれば、もし座標も変わらず日本のままであれば当時は皆髪が黒かったという。それでも…あまりの珍しさに少女を凝視する。目の前の少女の黒髪が、どうしてもその存在を思い起こさせたのだ。すると少女は彼の言葉に反応し、無邪気な笑顔を浮かべ、
「ノヴァ!」
と元気に返してきた。その姿は、まるでそれが自分を呼ぶ名だと理解しているようだった。私は一瞬戸惑ったが、その反応を見てそれでいいのだと自然に思えた。この世界において、彼女を「ノヴァ」と呼ぶことに何ら違和感を覚えることはなかった。
私も自分の名前を名乗ろうとした。しかし、私の発音する言葉は、微妙にこの時代の言語とは異なっていた。私は名乗ったつもりが、少女の耳には「シオン」と聞こえてしまったのだ。少女…ノヴァは「シオン!」と私に呼びかけ、私は一瞬その違いに気づいたが、すぐにそのまま受け入れることにした。今は些細なことだと思ったのだ。自分が「シオン」と呼ばれることに、特に違和感を感じることもなく、それがこの時代での自分の名前になるのなら、それも良いだろうと。
その後、私は目の前の少女が一人で暮らしていることに気づいた。深夜に少女があの公園にいることを不審に思い、手を引き夜の帳を抜けて街並みに出る。自宅を尋ね今度は手を引かれるがままに共に行くと、その集合住宅には誰もおらず、リビングの食卓机の上には紙幣やら金銭が置かれているのみで殺風景。ふと棚に視線を移すと、大人2人に挟まれる少女の写真立て。玄関の靴の数、生活感から察するに、少女は一人のようだった。
「パパとママはもういないけど、ごはんとかは、たくさんたくはいのおにいさんがもってくるの」
昔の言葉…あまりの訛りのきつさに理解が難しいが、様子を見るに生活には困っていないようだ。部屋には自動で掃除をする機械がこの時代からあったようだし、キッチンを見ると備蓄も充実しており、冷凍庫には冷凍された弁当が大量に詰まっていた。親が死んだあと保護者…後見人が手配だけしているのだろう。養育は嫌だが最低限の面倒のみは見ているということだろうか。時代が違えど人の愚かさは変わりないようだ。状況さえ整えれば人が育つと…そういった浅はかな人間は、子がどうなろうと人が増えようとも気が付かないのだ。
この少女の境遇は見るに忍びないが、私には大変都合が良いものであった。私は自分が生き残るためにも、この少女と一緒に暮らすことを選ぶことにした。この時代では霊導力がまったく使えない。私は自分の力が通用しないことに戸惑いを覚えつつも納得はしていた。だからこそ今の自分にはこの少女との繋がりこそが、生き延びる術になるであろうことを理解していた。
『ノヴァ、私を、ここに、置いてくれないか』
私は彼女と同じ目線に合わせて膝を折り頼み込んでみる。まだ12歳とは言え私の背は当時の人間と比べると、ましてや少女と比べるととても大きいのだ。するとノヴァは立ち尽くし目が点になっている。世界が一変した日…さらには長い年月を経た差なのか。日本は黎明の花災以降、人口の激減により移民が増え、血の混ざり合いが急増したためか、言語も大きく変質した。彼女には私の言葉が酷い訛りに聴こえて、理解しがたいのかもしれない。机上にあった紙とペンを使い、棒人間が一緒に食事をし、寝る様子を描いてみる。
『どうだろうか』
眼前に紙をかざし、首を傾げ問いてみる。すると途端に泡を食ったように部屋を走り回り、足を止め落ち着いたかと思うと、私の腰に飛びついた。小躍りだったらしい。どうやら理解したようだ。こくこくと頷きしがみつく様子がいじらしい。
『これからよろしく頼む』
了承してくれたであろう様子に胸を撫でおろす。私がこの時代に飛ばされた理由や原因が分からないから、いつまでここの時代を満喫することになるかも想像がつかない。けれどもこの少女…ノヴァとしばらく共に過ごすのは、私の人生においての暁鐘だったのかもしれない。寝具に共に入り私の胸に抱かれ眠るノヴァを見て、静かに眠る彼女に聞こえぬように、何とも言い難い息を静かに吐き出した。警戒心があるのかないのか。同じ子供とは言えども、この時代の人間から見れば大人びた顔立ちで背も高く、白銀の髪色、翡翠色の瞳といった見慣れぬ容姿。その上先ほど知り合った赤の他人である。そもそもノヴァはなぜこの宵闇にあの公園に一人いたのだろうか。時代とは言えそれほどまでに穏やかな時勢だったのかと。はたまた、親の死か何かに関係していたのか、それとも…。
「……」
否、止そう。黎明の花災前である。霊導のまだない時代。この幼子を訝しみ何を探ろうというのか。幼くして親の愛と庇護を失い、赤の他人にひと肌を求め、縋りつく。愚かでか弱く愛しい、子供として当然である姿だと。己に言い聞かせるように、真黒のノヴァの髪に指を通しなでる。ほつれ乱れた髪の感触に気も抜け、ああ、これからは私が梳いてやろうと瞼を落とす。明日からは己の想像もしなかった時が紡がれるのだろうか。それともこれは己の願望が見せた夢なのか。
『おやすみ、ノヴァ』